起床×通販

 薄目を開けると綺麗な初の横顔が視界に映ってしばらく見惚れてしまう。日の光がカーテンの端から漏れ出ていた。

 起きあがろうとするも、寝ている間も手は繋ぎっぱなしだったことに気がつく。


 離してしまったら起こしてしまうかもしれない。そう思って手を繋いだままにするが、もしかしたら起こさないためというのは初と手を繋いだままにしたい言い訳かもしれない。


 自分の気持ちを誤魔化すためにスマホを手に取って時間を見ようとすると、俺と初の保護者ということになっている親戚から「上手くやっているか」という旨のメールが来ていたことに気がつく。


 正直に答える……わけにはいかないか。初はかなり頑固なようで、無理矢理迷宮から引き離したらひとりで行きかねないし、俺とも離れることになりかねない。

 色々と危ういし、まぁ最終手段だろう。


 適当に誤魔化すメールを返信して、迷宮について調べていっていると突然初の手がピクリと動いて「んぅ」と可愛らしい声を出す。


「……ひゃっ!? あ……に、兄さん。すみません、隣に人がいることを忘れていて」

「ああ……よく眠れたようで何より……結構図太いな。俺は何度か目が覚めてたから」


 初は恥ずかしそうに頷き「……ずっと、手を握っていてくれたんですか?」と尋ねる。


「……まぁ、嫌だったか?」

「い、いえ、おかげでよく眠れて……昔、お母さんもこうしてくれていたんです」


 初の母は……親戚が少し話していたが、確か病死だったか。

 両親が消息不明で逃げていった俺と、両方とも死別の初ならどちらの方がマシなのだろうか。


 俺には初がとても羨ましく思えたが、初からしたら両親が生きている俺の方が恵まれているように見えているかもしれない。


「……お母さんにはなれないぞ? 性別が違うし、あと家事能力は低い」

「そこに期待してないです……。えっと、どうします?」

「俺としては学校に行ってほしいが行かないんだろ? 飯食ったら研究室に籠るか」

「はい。えっと、じゃあ着替えたらご飯作ってきますね」


 俺は学校に……というか兵頭先生に休む連絡を入れるか。

 初が着替えられるように廊下に出て、自室に戻って服を着替える。そんなに服も持っていないので洗濯しないとなぁ…….明日は休みだから纏めてするか。


 そのあと適当に身支度をしたあと兵頭にもらった電話番号にかける。


『んー、あー、もしもしー?』

「あ、西郷です。朝早くにすみません」

『おー西郷か、いや、もう学校にいるから平気だぞ。どうした?』

「初がまだ不安定で昨夜も泣き腫らしていたので……今日はちょっと休ませます。勉強とかは遅れないように俺が教えておくので」

『あー、休むのはいいが、お前も受験生だろ? あんまバタバタしてて大丈夫か?』


 俺に対しても初に対しても心配そうな声色、内心感謝しつつ話をする。


「まぁ、今の学力でいけるところでもいいんで」

『……あんまり無理するなよ? 明日ラーメン屋にでも連れて行ってやろうか?』

「行き帰りで三時間とかの手間をかけてまでラーメン食いたくないですね。あと、家の片付けとかもしたいですし」

『そうか……。ああ、そういや、通販で買い物するならそろそろ注文しないと二週間後とかになるから注文しといた方がいいぞ』


 あー、トラックが二週間に一回しか来ないんだったな。研究室に入る前に初と相談して注文した方がいいか。


 リビングに戻るとトーストとベーコンエッグが並んでおり、シンプルだが美味そうだ。


「おにぎりの方が良かったかもと思ったんですけど、お米がなくて……」

「あー、朝のことを考えてなかったな。悪い」

「いえ、そう言えば、苦手な食べ物とからありますか?」


 初の前の席に着き、麦茶をコップに注ぎつつ首を横に振る。


「特には……。昔は偏食だったけど、それはなんとか直してな」

「偏食ですか?」

「ずっと、食パンしか食ってなかったから、他のものが受け付けなくてな」

「ええ……大丈夫なんですか? それ」

「今はちゃんとなんでも食える。あ、洗い物は俺がするから。あと通販の仕方教えてくれ、普通のサイトからだと無理だろ?」


 初はこくりと頷いてからエプロンを外して席に着く。


「じゃあ、リビングに私のパソコンを持ってくるので研究室に入る前に一緒にお買い物してしまいましょうか」

「……パソコン三台も持ってるのか」


 すげえ金持ちだな……と思いながら朝食を食べ進めていく。

 なんとなく雰囲気は昨日よりもよく、出会って三日目にしては親しくていい空気に思える。


 朝食を食べ終えて、初がパソコンの用意をしている間に洗い物を済ませていく。

 初の元に戻ると既に通販サイトが開いていて、初はこてりと首を傾げて「パソコンって使えますか?」と尋ねる。


「あー、学校の情報処理の点数はよかったぞ」

「頼もしいとか不安なのか微妙な回答ですね。えっと、まぁお気に入りに登録してあるのでそこから飛べばいいです」

「これ、アカウントから作らないとダメだよな」

「何でですか?」

「いや、家計は別だろ?」

「一緒でいいですよ? よほど高いものを買うのでもなければ」


 いや……ダメだろ。

 ポリポリと頰をかいて首を横に振る。


「初の家計は親父の遺産だろ? 使えば当然目減りしていくし、俺が恩恵を受け取るようなものでもないだろ」

「……でも、兄さんって収入ないですよね?」

「うぐ……まぁ、いや、初の面倒を見る約束で月に二万もらってるんだよ。日用品費とか食費として」

「少なくないですか?」

「う……奨学金も……」

「それ借金ですよね」

「うぐぐ……いや、まぁ……金があんまりないのは事実だけどな……。兄の威厳として……」


 俺がそう言っていると、初は呆れたように俺を見る。


「そもそも、日用品や光熱費とか食費とか、厳密に誰がどれだけ使ったなんて分けられませんし、無駄なロスが発生しないようにまとめた方がいいでしょう」

「……それはそうなんだけど」

「別に後から返せとは言いませんし、色々と手伝ってくれているんですからそういうのは言いっこなしにしましょう」

「……後で返すからな」


 迷宮の探索をして金を稼いでやる……。同じようなことを言い返してやる。

 そう決意しながら初と隣同士に座ってパソコンの画面を見ていく。


「んー、一通り、いつも通り買えばいいですかね。兄さんは欲しいものとかありますか? あ、おにぎりが好きならふりかけとか」

「ふりかけはいいや。シャーペンの芯が欲しい」

「えっ……食べるんですか?」


 食べねえよ。


「食品は特に気にしない。あー、でも、多分親父より飯を食う量が多いと思う。いざとなったら研究室に保存食があるから平気だろうが」

「じゃあ色々と多めに買っておきます。服とかはいいですか? そろそろ暑くなりますが」

「いや、大丈夫だ」

「私は買おうかな……。去年より背も伸びてますし」


 長くなりそうだな……。と察してスッとフェードアウトしようとすると、初の手がガッと俺の袖を掴む。


「兄さんはどんなのが私に似合うと思いますか?」

「えっ、いや、普段の初の服装、ほとんど知らないしな……。好きなのを選んだら……」


 俺がそう言うと、初はパソコンで綺麗なモデルが着ている服を見せて「こういうのとかどうです?」と尋ねてくる。


 逃げられそうに……ない。

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