擬態

「それ」は、多分どこにでもいる存在。

普段は気づかないし、向こうから干渉もしてこない。

だから大丈夫。私達が出会おうとさえしなければ。




「あーだるっ」


苛立ちながら、愚痴を言いながら、彼は道を歩いていた。

深夜二時。辺りにある明かりは、数件の家に灯っている光だけ。

なぜこんな状況になったのか? 理由を思い返して、更に苛立つ。


「なんで俺が買い出し担当なんだよっ……くそが」


ポケットに突っ込んでいた手を強く握りしめる。

家からコンビニまで1キロ。酒を飲んだため車にも乗れず、歩いて向かっていた。

全てはじゃんけんで負けたせいである。


「……あん? なんだ、あいつ」


歩き続けてある程度酔いが覚めた頃、目的地に到着した。

酒のついでに煙草でも買おうかと考えながら入口に近づき、そこで気付く。

駐車場を挟んで奥にあるコンビニの店内に、一人の人間が居た。

真夜中とはいえ真夏の時期に、その人物は全身着込んで佇んている。


(気味悪ぃ奴もいるもんだな)


店に入って横目でチラっと、そいつを見た。

入り口側に設置されている雑誌コーナーに立っているが、よく見ると肝心の本を見ていない。

ただ、ぼーっと立っている。理由なんて分からないし、どこかが変な人かと察する。


(げ。メビウス売り切れてるじゃねえか……)


友人からお願いされていたツマミと諸々をカゴに入れ、レジまで持っていく。

立ち読み(ではないが)してる奴をちゃんと注意しろ。と、商品を袋に詰める店員の心の中で愚痴る。

煙草が無かった事もあり、少しづつ苛立ちが溜まってきた。

推定50代くらいのよわよわしい男性店員に代わって、自身が奴に注意してやろうか。

そんな深夜テンションが心の中で湧き上がってしまい、奇妙な度胸試しで話しかけてみることにした。


「おいあんた。立ち読みすんなって」


馬鹿みたいな正義感を晒し、未だ雑誌コーナーに佇んでいた奴に言葉をかける。

近くで見ると分かるが、服をたくさん着込んでいることもあり体格がかなり良い。

それに加えて顔までもマスクとサングラス、帽子を被っているため肌が見えなかった。


「無視すんじゃねえよ。こら」


何度声を掛けてもこっちに振り向こうとしない。

次第に腹が立ち、強引に退かそうと肩に手を置いた。

そのコートに手が触れ、握って力を入れた瞬間にハッとする。


服の中に何もない。


「は…………?」


まるで服だけが勝手に動き出し、人の形を作っているかのように。

中身のない抜け殻とも表現できる「それ」は、ただそこに佇む。

レジ袋を掴んでいたもう片方の手から汗が滴るのが感覚で分かる。


こいつは、見なかったことにした方がいい。直感で感じ取った。

一歩、一歩ずつ後ろに下がり、自動ドアがセンサーで開いた瞬間店から出る。

ただただ怖かったから。駄目とは分かっていながら、赤信号も無視して逃げ出す。

今が深夜で良かった。車を目にすることもなく自宅付近までたどり着き、ようやく一息ついた。



結果から言うと、それ以降自分の身には何も起きていない。

友人たちにその話をしても、分かってはいたが一切信じてくれなかった。

彼もあれは悪い夢か酔っぱらっていたからと、忘れようと努力しているが。

今になって思い出したことがある。見間違いの可能性は、絶対にありえない。


あいつが纏っていた身体は、友人が着ていた衣服で構成されていた。

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