話し相手

満員、という程ではない。座るスペースは人一人分ほど存在していた。

仕事疲れで足も痛いし、眠気だって襲い掛かってきている。

だけれど、僕は「その場所」に座ることが出来ない。

右隣りは普通のおばあさんだ。とても優しそうで、穏やかな顔。

そっちは別に問題は無い。僕が気にしているのは、左隣りの乗客。


「うんうん! それ分かるよ。私も同じだったからさ~」


なぜ、誰も気づかない? ここまで大声で電話をする、この、若い女性に。

周りに対して気にも留めずに話している彼女に言い知れぬ恐怖を感じる。

幽霊、なんかではない。実際に存在し、俺の目の前で今もなお電話を続けている。


「嘘でしょ!? 本当に嫌だねそういう奴ってさぁ」


非常識な人だから、周りが無視をしている可能性も考えた。

もしそうならば、僕はは苛立ちながらも隣りに座っていただろう。

でもそうじゃない。明るい声色で話しているのに、この女性……


なんで無表情でこっちを見ているんだ。


つり革を掴む手が汗で滲む。目を逸らし、自分のぼろっちい靴を見て心を落ち着かせたその時。


電車がガタンと揺れた。つり革から手が滑り、座席に倒れ込んでしまう。

心配そうに声を掛けてくれるおばあさんの声と、変わらぬ声色で電話をする女性の声。

周りの迷惑にならないように僕は慌てながら顔を上げ、再び立ち上がって気づく。


優しい声を出すおばあさんも、無表情で僕を見ていた。

理解できない。先ほどまで普通だったはずなのに。

俺がおかしいのか? 自分だけが、別世界に飛ばされたような気持ちの悪い感覚に襲われる。


二人は、僕のことをじーっと見つめて何も言わない。

やめてくれ。こっち見ないでくれ。誰か、誰か、誰か助けてくれ。

身体を動かすことが出来ず、金縛りかのように指の一本も動かない。








その時、大きな衝突音と共に電車は事故を起こした。





○○県-○○-逢狂町の日常 恐の章-FIN

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