風船

仕事が終わり、へとへとになりながら帰路に就く。

今日も今日とて煩い上司に色々言われた。くそったれ。

苛立ちから、鞄を持っている手を思い切り握りしめる。

毎日憂鬱な時間が訪れることの悲しみを、空に打ち明けたい。


そんな思いで上を見上げると、そこには「何か」があった。

良く見るとそれは、風船だった。赤色の、シンプルな風船。


多分30mほどの高さだろうか。何であんな所に浮かんでいるんだ?

近くのマンションに住んでる人がうっかり手放した。とも考えたが。


それにしては妙である。多少の風が吹いている状況にもかかわらず、その風船は動かない。

まるで時間が止まってるかのように、一切の干渉を受けずに留まっている。


思わずその異様な光景な目を奪われていたが、終電が迫っていたため足を動かした。




次の日、上司が死んだ。死因が分からない不審死とのことだった。

確かに嫌いではあったが、まさか知り合いで死者が出るなんて。

どこかいたたまれない気持ちに包まれながら、少し早いが帰路に就いていた。



そして、またしても俺は目にする。空に浮かび上がっている二つの赤い風船を。

昨日の今日で不気味に思い、それを見た瞬間に駆け足で駅へと向かった。

近々行われるお葬式も、無事に終わってくれれば嬉しいんだが……どこか不吉だ。





隣に住んでいた老夫婦が亡くなった。二人揃って心臓発作らしい。

俺は今、恐怖に震えながら荷支度の準備を進めている途中だ。

これが偶然な訳がない。きっと、あの赤い風船を見たからだろう。

一つの時は一人、二つの時は二人が亡くなった。理由なんてしらない。


もし勘違いが巻き起こした跳躍的発想ならば、それでいい。それでいいのだけれど。

俺の頭がおかしくなっていないのなら、窓から見えるこの景色を誰か説明してくれ。


カーテンの隙間から見える外、街灯といくらかの家の光、まばらに輝く星空。

それに混じってぽつりぽつりと点在する、百を超えるであろう赤い風船の大群。

もう俺はこの街にいられない。朝になったら両親に説明して実家に帰るつもりだ。





――これが昨夜、電車の大事故で亡くなった男性の一人が遺した日記の抜粋です。

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