嘘つき夫の改心~ついでに脱モッサリ

ゴオルド

1 サンダル・すっぴん・アポなし

 皆さんはじめまして。私の名前は栗林理絵といいます。夫は栗林つかさ。結婚してまだ半年で、お互いちょうど30歳です。子供はいませんし妊娠もしていません。私は子供好きなので、できれば早く欲しいのですが、それはまた別の話ということで……。


 夫とは友人の紹介で知り合いました。まあ、早い話が合コンってやつです。合コンではチャラい男性たちが調子のいいことを言う中、地味で服装もいまいちだけれど、まじめで誠実そうな夫に引かれて、私からアプローチ。その後、とんとん拍子に話が進みまして、結婚までそう時間はかかりませんでした。私は結婚して家族になるなら信用できる人がいいとずっと思っていたのです。外見もトーク力も肩書きも収入も気にしない、ただ信頼できる人であることだけが条件でした。夫はその条件にぴったり当てはまる人だったのです。まじめでお世辞も人の悪口も言わないような硬派な人。そういうところがカッコイイと思いました。私はもともとぐいぐい迫ってくる人が苦手ってのもありましたし。エッチなことも正直苦手に思うタイプです。

 夫は、正直なところ見た目がぱっとしません。顔立ちは悪くないので、髪型と服装のせいだと思うんです。ちょっと何といいますか……秋葉原にいそうというか、そういう感じのファッションなんです。ヘアスタイルだって髪の量が多いのに激安カット店でざっくり切るだけなので、もさっとしています。

 デートのときも、歩調を合わせる気がないのか一人でさっさと行ってしまうし、食事も夫が先に食べ終えてしまうから、私は急いで食べるというのが常でした。でも、そういう女ウケしないところは、浮気しなさそうとプラスに解釈していました。

 あばたもえくぼってこういうこと?



 結婚してしばらくの間は幸せいっぱいの毎日でした。お互い仕事をしていたので、家事も分担して、そりゃ時には衝突することもありましたけれど、大体においてうまくいっていたと思います。

 でも……。

 あれは結婚して2カ月ぐらい経った頃だったでしょうか。

「理絵、これからドライブに行かないか」と夫が言い出しました。それは日曜日の午後3時ぐらいのことでした。お互い休日で、家でごろごろしていた時だったので、いい気分転換になりそうだなと思いました。

「いいね。どこに行く?」

「それは決めずに、気ままに」

「そういうのもいいね」

 そういうわけで、夫の運転する車でドライブに行くことにしました。行先を決めないというのはなんだか自由な感じで、夕焼けを受けてきらめくビーチのそばを通ったりもして、ちょっとしたバカンス気分でした。

「夕飯、どこかで食べて帰ろうか」なんて言っていたら、しかし、あたりはだんだん見覚えのある景色になっていきました。「まさか」と思ったら、そのまさか、夫の実家に到着しました。

「いやいやいや、嘘だよね。無意識で実家に来ちゃった?」

 私が苦笑しながら言うと、夫は車を出て、おのれの実家のインターフォンを押しました。

 は? なんで?

 すると義母が出てきて、びっくりした顔をして夫を見て、そのまま視線を動かして自宅前の自動車を、その助手席に乗っている私を見て、さらに驚いた顔になりました。私も同じぐらい驚いた顔をしていたと思います。この状況でそのまま車に乗っているわけにもいかないので、私は急いで車を降りて、慌てて義母に挨拶をしました。

「あの、えっと、お母さん、急に済みません……」

「ええ? はあ……えっと、あんたたち何かあったの……」

 お母さんは事態を飲みこめないというか、急に息子夫婦が尋ねてきたから、何か事情があるのではないかと思ったみたいでした。

「何かって何? 別にただ遊びにきただけだよ」

「ね、ねえ、ちょっと……」

 私が小声で夫に異議を申し立てましたが、夫はまるで聞こえないみたいに、開いたドアからそのまま家に入ってしまいました。

 えっ!

 義母も、えっ! という顔をしています。そして、私に向かって、

「あの、遊びに来てくれるのは嬉しいんだけれど、急に来られても……。来る前に電話ぐらいして欲しかったわ」とおっしゃる。そりゃそうですよね。わかります。

「今日は私の友人が遊びに来ているのよ。悪いんだけど、なるべく早く帰ってくれないかしら」

「そんなときに済みません」と頭を下げましたが、私は心の中で、なぜ私が謝らないといけないのか……と不満に思っていました。

 義母は迷惑そうにため息をつきました。うっ!

 そうですよね、アポなしで訪問だなんて迷惑ですよね。アポなしは良くないって私はわかってるんです。でも、お母さん、あなたの息子さんは私にもアポなしなんです。だから見てください、このサンダルですっぴん姿の私を! だってドライブだと思ってましたからね。ふだんはもうちょっと小綺麗にして訪問してますよね、手土産も持ってきてますよね、わかって! ……と言いたい気持ちでしたが、何を言っても息子の味方の人だから、こんなこと言っても私の印象が悪くなるだけだと思い(あるいは夫のせいにしていると誤解されそう)、「次から気をつけます……」としか言えず。

「マナーとか、ちゃんとした方だと思ってたのにねえ……」

 うっ! 非常識な嫁だという印象を義母に与えてしまったようです。夫が勝手にしたことなのに!

 それで、行きがかり上といいますか、私も夫と一緒に義母のお友だちに挨拶して、早々においとましました。ちなみに義父は外出中とのことでした。

「私のお友だちが来ているから、遠慮して席を外してくれているのよねえ……」

 義母からのチクチクな言葉に、また、うっ! となりました。



 帰りの車中、夫に抗議しました。

「なんでいきなり実家に行っちゃうわけ!?」

「たまたま近くを通ったから寄っただけだ」

「それにしたって、アポなしは迷惑でしょ」

「家族なのに気にしすぎだ」

 夫は笑っています。私は反対にしぶい顔です。

「どうせ訪問するなら服装とか化粧とかちゃんとしたいんだけど」

「だから、家族なんだからそんなに気を遣わなくていいんだって。それにうちの親も喜んでたわけだし」

 「いやいやいや……全然喜んでなかったよ!」

 きょとんとしている夫に対し、義母にも予定とか友達付き合いとかあるんだよといくら説明しても「なんで?」と理解してくれませんでした。むしろこっちがなんで? って感じです。ママから溺愛されて育ったせいなんでしょうか……。自分のやりたいことに親が合わせてくれて当然だと夫は思っているようでした。

 デートのときに歩くスピードを合わせてくれないのも、夫は「自分の好きなペースを貫いて、相手に合わせてもらう立場」として生きてきた時間が長いからなのかもしれななあと、助手席から外を眺めながらふと思いました。合コンで女性が喜ぶようなお世辞を言わなかったのも、硬派なのではなくて、相手や場の空気に合わせる気がなかっただけなのでは……と、嫌な想像をしてしまいました。今さらそんなことを考えても仕方がないんですけど。



 <つづく>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る