第58話 ダークエルフの村との別れ




 朝。


 異世界に召喚されて十六日目の朝だ。

 ベッドから起きて洗面所に向かう。俺以外の全員は既に起きて出ているようだ。


 昨日はテイムミートを焼いてバーベキューしてたっけな。

 まさか俺も食うことになるとは思わなかったが、特に体に変化もなく、ただ上質で柔らかく、血生臭さや獣臭さの無い、美味い肉を食べただけだ。

 

 満場一致で生よりも焼いたほうが美味いということで、これから食べさせるときは焼く手間が増えてしまった。


 まぁその手間はジェニスがやってくれるだろうさ。

 昨日、最後の意思確認をしたが、やはりついてくるという気は変わらなかった。

 もうあの意思を曲げるのは無理だろうな。しかし問題は、テイム状態にあるジェニスが近くにいることで、ジェニスが戦闘に参加すれば、間違いなく経験値の分配がジェニスに行われるということだ。


 まぁ戦闘に参加させないという手もあるが、それはジェニスの成長を邪魔してしまうことになる。俺にそれをする権利は無いのだ。だが……。

 

 テイムミートによるテイム効果はジェニスも知っている。

 一緒についてくることで、ジェニスの望まない成長を遂げる可能性があるということだ。

 そのことも当然説明したが、ジェニスは「問題ねぇ!」とバッサリだった。


 余談だが、ジェニスは最初の数枚を焼いているときの味見でテイム状態になっていた。


「どーしたもんかな……」


「どうぞぉ」


「あぁ、ありがとう」

 木桶に汲んだ水で顔を洗い、渡された布で顔を拭く。


「……ん?」

 顔を拭いた後、手渡されたほうを見ると、アトラが俺を見ている……。


「おはよう」


「おはよぉ」


「そんなニコニコしてなんか良いことあったのか?」


「べつにぃ」

 そう言いながら、アトラは笑顔のままだ。

 思い当たるのは、昨日の焼いたテイムミートが美味かったことだろうか。


 ま、不機嫌な姿を見るよりもご機嫌な方がいいよな。




 ▽   ▽   ▽




 朝食を済ませてダークエルフの村までやってきた。

 

 獣人族の女たちは、全員出発する準備が終わってるようだ。既にダークエルフたちとも別れの挨拶を済ませたらしい。


「よし、忘れ物もないな? じゃあ出発するぞ。全員アスラの上に乗ってくれ」

 俺の言葉に獣人たちが「はい!」と返してきた。全員体調もコンディションも良いようだ。

 獣人たちの足取りも軽く、順番にアスラの上に乗っていく。

 

 天気も晴れている。絶好の出発日よりッてやつか。


 最後に族長たちに別れの挨拶を済ませておこう。族長の両隣に、ベルカとシーリアもいる。


「それでは族長、お世話になりました」


「うむ。こちらこそ助けられた。本当に感謝している」

 族長と握手を交わしておく。本当ならまだここに滞在して自分を鍛えたかったが、そんな暇も余裕も無かったのがな……。


「借りていた家は掃除をして綺麗にしておきました。それでは俺たちは行きます。ベルカもありがとう」


「うむ」


「……はい」

 挨拶も済ませた。あとは打ち合わせ通り、獣人の代表に従って進路をとっていく。


「山羊人族のラーダと言います。道の案内は任せてください」


「あぁ、よろしく頼む」

 案内をしてもらう為に、ラーダに隣まできてもらった。


 成熟した女の体に、黒い長髪、頭には二本の角が生えている。上半身は女の体だが、下半身は動物の……山羊の足、か? 毛がモサモサして、足先には蹄がある。


 どこか影のある感じだが、あれだけのことがあればそれも仕方ないか。


 どうやらこのラーダという獣人は、獣人たちのまとめ役をやっているらしい。

 昨日の内にどのルートで全員を帰すか、ラーダがまとめて話し合って決めてくれていたようだ。

 

 最初は一番近いやつから場所を聞いて帰そうと思っていたが、ラーダというナビがついたお陰で楽ができそうだな。

 しかし、メルルとモルダと同じ山羊ということは、二匹が進化したらこんな風になるのか?


「ベルカー! シーリアー! みんなー! 行ってくるぜーー!!」


「迷惑をかけるんじゃないぞー!」


「辛くなったらいつでも帰っていらっしゃーーい!」

 ジェニスも別れの挨拶をしている。今生の別れになる訳ではないが、そうならないとも言い切れない。


「よし、出発!」

 ダークエルフたちに見送られ、俺たちは村を出た。




 ▽   ▽   ▽




 拠点だった家に戻って、ベヒーモス、レックスと合流し、メルモルを回収してアスラの上に乗せる。


 今アスラの上に乗っているのは……俺、アトラ、霞、メルル、モルダ、ジェニス、ラーダ、そして獣人の女が二十六人だ。


 エリザベスとアルは空を飛び、周囲を警戒していくことになる。ちょっとしたレーダー代わりみたいになっている。


 ベヒーモスは随伴歩兵のようにアスラの近くを走っている。


 こうして並べてみると、やっぱりアスラのほうが高いな。そしてデカい。

 ベヒーモスも十分大きいはずなんだが、改めてアスラの凄さを実感した。


「まずここから北西……向こうの方角を目指してください」


「分かった。アスラ、移動開始だ」

 ラーダのナビをアスラに伝え、本格的に出発を始めた。


 遠ざかっていく元拠点が寂しく感じるが……思っていたよりも愛着が湧いていたんだな。


 そう言えば、結局あれからベルカたちとはほとんど会話することもなかったな……。

 失った妹の件もあるだろうし、その妹と同じテイマークラスの俺には、色々と思う所があったのかもしれない。最後に礼を言えただけよしとするか。


 俺のメンタル強化の訓練もできなかったな。これはもう仕方ない。これから実戦で慣れていくしかないだろうな。


 異世界生活も二週間以上が経過している。そして新たな場所へと移動中だ。


 次は一体何が待ち構えていることやら。


 無駄だと理解しつつも、これ以上何事もなく、平穏に元の世界に帰れることを祈ろう。

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