第53話 悪魔の囁きに村人は




 不承不承ながらジェニスを仲間に加えることになったが、料理担当が仲間になったと前向きに考えよう。

 

 ジェニスは炊き出しの現場に戻り、俺たちは怪我をしているダークエルフや、獣人たちがいる場所までやってきた。


 血の染みた包帯を巻く者、部位を欠損している者……酷い有様だ。

 

 ダークエルフや獣人たちが甲斐甲斐しく世話をしているが、文字通り虫の息の者たちも少なくない。


「酷い状態だな」

 霞が物悲し気にその光景を見ている。


 ここにきた俺には一つの秘策がある。

 だがそれは、取り返しのつかないことかもしれない。


 だから――


「みんな聞いてくれ」

 声を張り上げて、ここで俺のやろうとしていることを説明し、相手の同意を得る。

 俺の大声でその場にいた全員がこっちを見た。


「もしかしたら、ここにいる全員を完治させる方法があるかもしれない」

 俺の発言でざわめきだした。もし完治すれば、友人知人恋人家族の元気な姿が見られるんだ。興奮するのも仕方ない。しかし……。


「……」

 霞とアスラは目を細めて俺を見ている。俺のやろうとしていることを知ってるからだ。

 アトラは特に興味もないといった感じで、俺の腕に抱きついている。


「……勿体ぶらずに話すが、俺の作ったテイムミートを食ってもらうことで、怪我を完治させることができるかもしれない。これはあくまでその可能性があるかもしれないという話で、できない可能性もある。だが、食べるのはテイムミートだ。食べたことで俺の従魔になるかもしれない。だとしても、俺は従魔としてアンタたちを使うつもりはない。あくまで怪我を治すためだけに、この提案する」

 色めきだっていた雰囲気が一気に動揺へと変化したのが分かる。


 テイムミートは魔物をテイムする道具だ。本来は人に食わせる物ではない。

 しかしテイムミートには回復機能が備わっている。例え目が潰れ、腕が無くなっていても、テイムミートを食べてテイムされれば完治した。

 

 その効果は俺の腕に抱きついている従魔、アトラをテイムしたときに確認している。


 そしてダークエルフは……魔物であるゴブリンたちと祖を同じくしている。


 つまりその理屈で言えば、ダークエルフにもテイムミートが効く可能性がある、が……それが効くのであれば、族長が俺に話してくるか、あるいは既に知れ渡っていてもおかしくない。だがそんな話は聞いていない。

 ということは、そんな方法は存在しないか、知らないか、二択だ。


 そして族長は知らなかった。

 

 人の好奇心は侮れない。食える物ならなんでも口にしてしまうのが人だ。

 テイムミートを見て食わなかった人がいないとは考えられない。

 既に誰かが試した可能性は十分あるが、族長が話してこなかったということは、効く可能性がないのかもしれない。


 だが俺には<万物進化>というスキルがある。

 このスキルの影響で、もしかしたら効果があるかもしれないと、俺はそこに一縷の望みを賭けている。


 もしこれで俺の従魔となってしまったとしても、外見は変わることはないだろうし、見た目的には何も変わらないはずだ。

 効果が発現した場合、俺の特殊なスキルの影響とでも説明しておけばいいだろう。


「今看護に回っているみんなは、俺の提案を受け入れてくれるか全員に聞いて回って欲しい。俺はその間にテイムミートの準備をしてくる」

 おっと、戻る前に一応話しておくか。


「このことは族長にも話を通してある。俺が戻ってくるまでの間、よく考えておいてくれ」

 既に族長には提案をした。


 俺のスキルを知る族長は俺の提案に、もしかしたら……と考えていたが、最初は難しい顔をしていた。

 そりゃそうだ。下手したら村人のダークエルフ族が人族の従魔になっちまうんだからな。二つ返事で即答はできない。俺が同じ立場ならそうだ。

 内容が内容だけに、族長からすれば悪魔の囁きだな。


 だが族長は少し悩んだ後、俺に頭を下げて頼んできた。頼む。と。


 俺自身ダークエルフたちをテイムしたからといって、何かをするわけでもさせるわけでもない。百パーセントただの善意だ。余計なおせっかい、大きなお世話かもしれない。


 だが失った部位が治り、生きながらえる方法があるのなら、俺はそれを提案する。

 それを受けるかどうするか選択するのは、ダークエルフたち自身だ。


 死ぬまで人族の従魔という枷をはめることになるかもしれない。果たしてダークエルフたちにその覚悟はあるか。


「本当に効果があるのかえ?」

 アスラが訝し気に俺を見てくる。これで一切効果が無かったからカッコ悪いな。いや、かなり気まずいぞ。


「効果があってくれれば、あそこで傷ついている全員を癒せる」

「だが全員主の従魔になってしまうかもしれないぞ」

 霞の言う通りだが、何もさせなきゃ何も起こらないだろ。

 まさか遠く離れた場所でもエクスペリメンタルエネルギーが入るのか? 流石にそれは考えにくい。


「もし効果を確認できれば……主様がその気になれば、亜人全てを掌中に収めることもできよう」

 アスラはさらりと恐ろしいこと言う。俺が邪な心を持つ人間だったら、その可能性もあったかもしれない。


「それ面白いわねぇ。亜人全員従魔にして、キョータローが全ての亜人を支配するのはどぉ?」

 アトラもさらっと恐ろしいことを口にしたな。

 もし可能であった場合、やろうと思えばできてしまうだろうな……。


「勘弁してくれ、俺にその気は無い」

 ……下手したら亜人たちから危険人物扱いされて、命を狙われるんじゃないか……?


 自分をテイムできる可能性がある人物……脅威だな。

 今は圧倒的な霞やアスラという圧倒的な暴力があるから大丈夫だが、もし無かった場合、危険人物として処刑されていたかもしれない。

 スキルや効果に関しては、この村以外では話さないでおこう。話したときのリスクがデカすぎる。


 だから、気付いたときに提案することはしなかった。

 そのときから今まで、もしかしたら失われた命があったかもしれない。もっと早く提案していれば、助けられたかもしれない。

 全ては俺の心の弱さが招いたことだ。もしかしたらもっと早く言ってくれればと、俺を恨む人がいてもおかしくはない。


「はぁ……」

 あまり考えたくはないなこりゃ。とりあえずテイムミートの準備をしてくるか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る