第35話 棟梁バルトン




「……寝すぎたか?」

 朝……いや、もう昼か? 空いている扉から強い日差しが射しこみ、ハンマーで何かを叩いているような音が聞こえる。というかそれで目を覚ました。


「おぉ主、よく眠れたようだな」

 霞が木製の桶を持ってやってきた。


「おはよう霞。この音は?」


「ダークエルフの職人が何かを建てているようだぞ」


「あぁ、そういえば頼んでいたな……」


「そうか。桶に水を入れてあるから、それで顔を洗うといい」


「わかった……」

 昨日族長に依頼した内容を思い出した。そっちは任せていいだろう。

 寝すぎたせいか、まだ頭がぼんやりとしてるな……。

 霞の持ってきた水桶で顔を洗って、木ぐしで歯磨きだ。




 ▽   ▽   ▽




 綺麗サッパリしたので、さっそく作業を見てみるか。

 ジェニスの姿が見えないが、外で作業でも見てるのか?


 ……どうやらそうみたいだ。何か職人と話しているようだが、邪魔しないでおくか。


「お、大将! おはよう!」

 と思ったが、どうやら俺に気づいたジェニスが、わざわざ会話を止めて挨拶してきた。


「……あぁ、おはよう」

 会話が途切れたままだ。これは俺もそこに入ったほうがいいみたいだな。

 なんの話をしていたんだ?


 ジェニスにばかり気を取られてるわけにもいくまい、職人にもしっかり挨拶をしておかないといけない。


「ほう、お前さんがジェニスを娶った人族か」


「は?」


「えっ!?」

 初老に見えるダークエルフの職人がいきなり突拍子もないことを言い出したぞ……。


「ななななな何言ってんだオヤジ! オレはただ居候してるだけだ!!」


「なんだ、そうなのか」

 ジェニスは顔を真っ赤にして必死に否定しているが、オヤジと呼ばれた職人はつまらんとかぼやいてるんだが……。

 

 いや待て、オヤジってことは、ジェニスの父親か?


「わしはこの娘の父親のバルトンだ。今回お前さんの依頼を受けたのもわしだ」

 さて、ここで俺はどういう態度で挑めばいい?

 ジェニスの父親であり、今回作ってくれる職人だ。職人には敬意を表するべきだというのが俺の持論だが、霞の件や他のダークエルフの手前もある。迷うが、ここは俺の意思を通そう。


「既にご存じかもしれませんが、俺はキョータロー・ウンガです。今回の作業、よろしくお願いします」


「……なんだ、ずいぶんと腰の低い人族だな。そんなんじゃナメられるぞ?」

 ……霞と同じことを言われたな。やはり俺の価値感や常識を、無理にでもこの世界に矯正する必要があるのかもしれないな。


「前にも誰かに言われたな……分かった、よろしく頼む。これでどうだ?」


「ジェニスを嫁にする男なら、それくらいの強さは見せてくれんとな」


「嫁にするって誰が言ってたんだ……そんなつもりはないぞ」


「もう村中で噂になってるぞ」


「はぁ……」

 娯楽が少ない場所では、こういった噂も一つの娯楽になっているんだろうな。

 特に俺は異世界人だ。それが更に拍車をかけているのかもしれない。


 もっと踏み込んで考えれば、ウンディーネやヴリトラを従魔にしている俺を取り込むために、村の娘を差し出して永続的な繋がりを作ろうとしている……と考えるのは深読みしすぎかもしれないが、可能性はゼロじゃない。


「俺はいずれ元の世界に帰るつもりだ。だからここにこれ以上未練を残していくつもりはない」


「えっ……」

 俺の帰るという言葉に、ジェニスが悲しそうな顔をしているし、バルトンも目を丸くしていた。

 

「なんだ、そうなのか。お前さん、異世界に帰れるのか?」


「……いや、目下調査中だ」


「そうか、帰る方法が見つかるいいな」


「あぁ、そうだな」

 帰る方法に関しては未だヒントゼロの状態だ。なるべく早めにここを出て、新しい場所で情報を入手しないと、一年というタイムリミットにはあっという間に過ぎてしまう。


「ま、当面はここで、自分自身や仲間たちを鍛えるために居座るつもりだ。その間は食料関係で手伝えることがあるかもしれないから、何かあれば遠慮なく言ってくれ」

 俺だけが享受されるのではなく、ダークエルフたちにも頼られ何かをすることで、ギブアンドテイクの健全な関係を築いていきたい。


「そうか、そのときは頼むとするとしよう」

 バルトンは良い笑顔で返してくれた。今までの態度から、俺に対する敵意はないようだ。

 今はまだ敵意のないダークエルフとのみ接しているからいいが、その内いずれは敵意のあるダークエルフにあたることにもなるだろうし、今から気が重いぜ。できるなら関わらずに終わりたいところだ。


「それで依頼の小屋だが、今日の夜には完成させるつもりだ」

 建築中の様子は、既に木の柱が四方に建てられ、床部分も組み終わっているようだ。

 家に隣接して作られているので、壁に穴を空けて通れるようになるだろう。

 サイズはあまり大きくないとはいえ、今日中に仕上げるというのは凄いな。

 まぁそこまで急ぎではないが、早めにできるなら嬉しいに越したことはない。期待しておこう。


「そ、それでオヤジ、オレの頼んでたやつは大丈夫か……?」


「あぁ、お前のは明日以降になる」


「そうか、頼んだぜ!」

 それだけ言ってジェニスは家の中に戻っていった。何を頼んだんだ?

 俺は何も聞いてないし、ここはあえて聞かないでおいたほうがいいかもしれないな。


「バルトン棟梁」


「バルトンで構わんよ」


「そうか、ではバルトン。あとで何か差し入れを持っていく。作業は頼んだぞ」


「ああ、任せておけ」

 こうして思わぬ出会いがあったが、特に問題もなく作業は続けられた。

 夜が楽しみだな。

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