第31話 一時の休息




「よし、これで最後か……」

 もう何体分の肉をテイムミートにしたのか分からない。途中から数えることを放棄した。

 魔力の消費も激しいのか、かなり疲労感が酷い。もう一歩も動きたくない気分だ。


「だいぶ疲れた様子だな」


「霞か……そりゃこんだけテイムミート作れば疲れるだろうよ……」

 作ったテイムミートの半分は既にアスラの腹の中にある。

 エリザベスがせっせと運んでくれたおかげで、俺は作ることに専念できたのでありがたい。


「エリザベスも助かったぜ」

 エリザベスがコクリと頷く。蜂は威嚇で音を出すことはあっても、鳴き声を聞いたことはないんだよな。


「エリザベスも喋れればいいんだけどなぁ」

「……ピィ」


「霞、今何か言ったか?」


「いや?」


「ピィ、ピィ」


「……この音、エリザベスなのか?」

「ピィ」

 鳥のような高い音を発していたのはエリザベスだったようだ。

 これは、鳴き声なのか? 鳥の鳴き声よりも機械的に聞こえる気がするが、声を出せたのか……。

 

 いや、異世界の元蜂で、今は人型だ。元の世界の常識や価値観基準に考えるのはナンセンスだな。

 どうしてもまだ元の世界の常識や価値観が邪魔をしてしまう。


「そうかそうか。思ったより可愛い声だったんだな」

 よしよしと頭を撫でてやろう。子供の頃に親がペットを飼っていた影響で、俺には動物を撫でるクセがある。

 そのせいで野良ネズミに指を噛まれて、たまたまた畑仕事をしていたおじいさんに取ってもらったのは、今でも鮮烈に覚えている。あのとき病気にならなかったのも運が良かったな。


 その頃の教訓から、野良の動物には迂闊に手を出さないようにはしている。野良猫は触ってしまうが。

 

 ペット――いや、家族である存在なら問題なく撫でられるので、アニマルセラピーとしての効果も得られて癒されるばかりだ。

 といっても、今のエリザベスは人型なのだが、俺の中では犬や猫といった可愛いペット感覚だ

 これが言葉を発声するとなると、一気に良くない気がしてくるのはなんでだろうな。


「キ……」


「ピッ……」

 アトラがエリザベスを撫でているところを目撃して固まっている。

 見られたエリザベスも動揺して固まっている。


 まるで浮気現場を目撃されたような空気だが……いやいや、前からみんなのことは撫でていたし、問題ないだろう。


「これが修羅場というやつか」

 霞は椅子に座って面白そうに現場を眺めている。


「……」

「どうした主、嬉しそうな顔をして」

 この異世界に連れてこられてから、初めて和やかな雰囲気を感じられた気がする。


 ここまでくるのにどれだけの危機的状況を乗り越えてきただろうか。

 そしてこれから今まで以上にそんな状況がやってくるかもしれない。


 だが今は心身を休めて鋭気を養おう――と思ったら腹の音が鳴ってしまった。


「ジェニス遅いな、何かあったか?」

 流石にそろそろ俺も腹が減ってきた。

 アトラたちはテイムミートを作って食べさせているから問題ない。

 だが俺はそれを食べるわけにもいかない。ジェニスまだか。


 来るまでベッドで横になって休むか……。


 ポンポンとエリザベスの頭に触れて区切りとし、ベッドへ向かう。


 ベッドには布団が敷かれているが、これは凄いな。干し草の上にシーツを敷いたような物じゃない。現代でも見たことがある羽毛布団じゃないか?

 

 布団一面に小さくブロックに区分けされ、その中に個別に羽毛が入っているようだ。

 クッション性も悪くない。まさかこんな異世界で、現代で使っていた寝具よりも上等な物を使えるとはな……。

 

 枕も羽毛か? どちらもダークエルフの村で作られた産物だろうか。布も手触りがいい。

 これだけ見ても、この家で暮らしていた人物は、良い暮らしをしていたんだろうな。


 現代知識で驚かせてやろうと一瞬考えたこともあるが、現代人であるが俺が驚かされるとはな。あまりこの異世界を侮らない方がいいだろう。元よりそんな気持ちはほぼ皆無だがな。


 流石に土足でベッドの上には乗りたくない。革靴は脱ごう……臭くないか? 大丈夫だろう。


「よっと……お、おぉ……」

 羽毛布団のクッション性にダメ人間にされてしまいそうだ。思っていたよりも快適だな。

 あっという間に眠りに落ちてしまいそうだ……。


「ほう、それはそんなに良い物なのか」


「……あぁ、これはいいものだ」


「ふぅん……」


「……ん? お、おいッ」

 霞が添い寝するように倒れ込んできやがった……。


「ほう、確かにこれはいいな。気に入ったぞ」

 霞の顔がすぐ真横にある。その美しく整った顔は、俺の理性にスリップダメージを与える毒だ。

 これはジェニスに言ってベッドをもう一個用意する必要があるな。


 流石に成人女性の姿をしたものと一つのベッドで寝るのはな……。


 ……なんだか外が騒がしいか?


「たいしょーー!!」

 そう思っていたらジェニスが勢いよくドアを開けて入ってきた。


「あっ……ご、ごめん、じゃ、邪魔したなっ!!」

 来た時と同じくらいの勢いで外に出て行った。お約束とはいえ面倒だ……。

 弁解とベッドの件の話さないとな。


 外が騒がしいのは、ジェニス以外にもダークエルフたちがきていたようだ。

 結界の外は危険だろうに、何しにきたんだ?

 まぁいい、飯を持ってきてくれただろうし、外に行くか。


「外に出るぞ」


「もう行くのか。もう少しゆっくりしてもいいのではないか?」


「飯を食い終わったあとならいくらでもゆっくりできるだろ」


「それもそうだな」

 このまま霞に横になっていられると、外での危険処理が困るからな。起きて一緒に出てもらうぞ。

 

 さて、ジェニスがどんな飯を作ってくれるのか楽しみだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る