第3話 相談の結果 ~夫の場合~
「…離縁、された」
相談されてから数か月後に顔を合わせた友人のソレダ。少しやつれて暗い顔で告げられた言葉に、そうだろうな、と思った。
「白い結婚が理由で離縁が申し込まれたが、彼女の実家への援助金について言及すれば回避出来ると思ってたんだ。なのに、彼女の実家に援助していた分が、いつの間にか全額、返金されていて…離縁が、成立してしまった」
「…あぁ、あの新しいワインか」
ニゲヨウ子爵の領地は元々ワインの産地で有名だ。災害の影響で運営が苦しい中で新しく作られたワインが当たりに当たり、王家にも奉納された程。一度に作られる数が少ない分、希少価値もあって国中の貴族や金持ちがこぞって買いに走っているという。
どんだけの金額が援助されていたか知らんが、災害が落ち着いた今じゃ、返金だって出来るだろうな。
「そういや手紙はどうしたんだ、書いたんだろ?」
「……読んでもらえなかったようだ」
友人がそっと懐から出したのは、一通の手紙だった。机に置かれたのでさっと見ると、あて先は、『愛する妻アリーナへ』とあり、差出人は『君からの愛を乞う夫ソレダ』とあった。
「…以前、妻からの手紙を受け取った事が何度かあったんだ。でも、私が読むまでもない事だと思って執事に内容を確認させていた。結局、大した内容じゃないからって私が直接目を通すことなく全部捨てていたが…。本人に読まれずにいる手紙の存在は、こんなに空しい気持ちになるものだったんだな…」
「あ~…奥さんはそれを知ってたのか?」
「……あぁ、後日に読んだか、と尋ねてきて…私は、彼女に…読む必要などないだろう、と返したことがある、から…」
「お前、最低だな」
思わず声に出た。直接目を通しておらず捨ててただけでも酷いと思えるのにそれを本人に伝えているとか……俺なんて妻からの手紙は全部金庫に仕舞っている程なのになぁ。妻と出会ってから知ったことだが、言葉だけでなく夫婦の手紙は愛を形に遺せる偉大な道具であると、しみじみ思う。因みに、俺だけじゃなく妻もまた専用の金庫に俺からの手紙を仕舞っているらしい。その時は、似た者同士だと互いに笑いあったもんだ。
「何とかもう一度、彼女と結婚出来ないだろうか」
「どう考えても無理だろ」
かつての恋人が他の男にも手を出していた事実を知って別れて、妻への愛に目覚めたとか言ってたが、その肝心の妻から離縁申し込まれたってのに。諦めきれない気持ちは分からないでもないが…。
「そもそも離縁が成立したら、二度と同じ相手とは出来ないって法律で決まってるだろうが。諦めるこったな」
万が一、奥さんが許しても法律がそれを許しはしない。夫婦間のすれ違い等の間違いがあってはならないからこそ、離縁の手続きは複雑で色々と大変だと聞いている。
「それで、親父さんは?」
「……怒ってる。元々、ワイン好きで特にニゲヨウ産のワインが好みだったから、援助金も返金無用って話が出てた程だからな」
「それで良くもまぁ、援助金について言及出来たな」
表には出てないが、実はソレダとその親父さんの仲はそれほど良くない。今思ったが、親に対しての反抗もあって、奥さんに対して冷たい態度だったりしたのかも? …奥さん関係ないから、やっぱり離縁は正解な気がするが。
「必ず返金して見せるって言いだしたのは子爵家側からだったから、返金される前ならば有効だと思ったんだ…」
となると、その時点でニゲヨウ子爵側では新しいワインが売れる見込みがすでにあったのか。ただそれでは間に合わなかったから、娘をソレダの妻にと申し入れた、と。…ソレダの評判はいいからな、援助金目当ての結婚であっても娘も幸せになれると思っていたのかもしれない。…いや、待てよ? もしかして、言い出したのは逆の可能性があるんじゃないか?
例えば、ソレダの親父さんはニゲヨウ子爵領の好みのワイン目当てに、先に援助金を申し込んだとしたら? それをニゲヨウ子爵は受け入れたいと考えたが、その時には新しいワインが完成する見込みがあり、援助金の代わりとしてソレの利権を取りあげられることを恐れたとしたならば。だから、敢えて娘との結婚を子爵側から申し入れることで援助金を貰う為の理由を作った? 縁談が断られても、申し込んだ事実があれば貴族としての体裁は取れるし、援助金だって受け入れやすいだろうし、利権を取りあげる理由に使われずに済む。
結果として娘がソレダの妻として幸せに暮らしていたなら、それでいい。だが、その逆であったならばと、最初から離縁も視野に入れていた事もあり得る…? いやこれは流石に俺の考え過ぎだろう。だが、援助金関係の考えはそう外れていないと……。
「親父は正式な後継ぎを、息子の私じゃなく、従兄に任せようと考えているようだ」
考え込んでいると、思わぬセリフに顔を上げてソレダを見つめた。…冗談、ではないらしい。
「…ははは、私は全部失った訳だ。妻も、愛も、後継ぎの立場さえ。一時期は要らないと思っていたが、いざ失うとなってみると…きついな」
「一文無しになるってなら、俺んとこ来いよ、賃金は安いが雇ってやるぞ」
「……考えておこう」
「おう。お前は顔だけはいいから貴族の婦人向けの営業役がハマりそうだ」
「ふふ、顔だけとか、ひどいな」
「俺の口の悪さは、昔からだろうが」
「そうだったな。教室で出会っていきなり毒を吐かれて、驚いた」
「その後、爆笑してたのは誰だよ?」
「私だな」
出会った当初を思い出してか、少し顔色が良くなった友人が飲もうと酒を持ってきたので、ぽつぽつ言葉を交わしながら呑み交わす。この日互いのグラスに注がれた酒は、ニゲヨウ産のワインではなく、ヨザクラという島国産の『セイシュ』と呼ばれる水のように澄んでいる酒だった。
――無性に、妻の顔が見たくなった。
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