第2話 相談に乗った女



「離縁を考えているのだけど、相談に乗ってくれない?」


 この言葉を聞いた時、四年ぶりに再会した親友にとんでもないことを相談されてしまったわ、と思った。我が国では基本的に離縁する事は推奨されておらず、離縁手続きも猥雑で難しいと聞いているもの。いくら親友の頼みとは言え、事情を聞かない限りは無理よ。


 途絶えていた手紙のやりとり。何かあったのかと心配していた私に届いた、アリーナの実家を通して届けられたアリーナからの手紙。会って相談したい事があると書かれたソレを見て、すぐに予定を合わせた。待ち合わせ場所は、私達が学生時代の休日に良く通った思い出のカフェの個室。どうしてアリーナがこの場所を選んだのか、その謎も解けたわね。


 ――まぁ、聞いた後は、何が何でも協力するわって思い直したけどね!


 私は、ユウ・ジョウスキー、二十歳。母譲りの赤毛が自慢で、奥様を早くに亡くして独り身を貫いていたジョウスキー伯爵(四十八歳)の妻の座を勝ち取った、とある男爵家の娘よ。夫との歳の差? そんなの愛の前には関係ないわ。十歳のデビュタントで一目会ったその時から、アピールし続け、両親も説得した私の愛を嘗めないでよね。


 そんな私には、儚げ美人な親友が居る。彼女はニゲヨウ子爵の娘で、名をアリーナ。私との出会いは全寮制の女学校で同室だった事から始まり、話してみると親が管理している領地が隣同士である事とか、お互い室内よりも屋外で活動する方が好きだった事とか、後私の恋愛相談にも乗ってくれた事から、ただの同室者から友人へ、友人から親友へと軽々ステップアップ。四年前に私の方が先に結婚したから、結婚式にも親友として当然呼んだわ! 新婚旅行のお土産もアリーナ宛てに送りまくったし、アリーナにも幸せな結婚をして欲しかったのだけど…。


 我が国では数年前から雨が減りそれに伴う災害が続いてしまい、ニゲヨウ子爵家の領地がかなり厳しい状態になっている事は私の実家の領地も同じ状態だったから、知っていたの。でも私の実家は、私が裕福な伯爵家に嫁いでいた事で支援をすぐに受けられ、早期に回復できた。ありがとう、マイダーリン!! でも、アリーナの実家は違う。私と親友ではあっても、家柄的な付き合いはなかったから、支援の仕様がなかった。…こっそり私の持つ個人資産から寄付しようとしても、ニゲヨウ子爵を支えているアリーナの兄にバレて返金されちゃうのよね…。『身分や立場が違えど、アリーナは親友である君とは対等でいたいはずだから』って言われてしまえば、私は何も出来なくなった。


 例え端くれと言えども私達は貴族だもの、愛の無い結婚は良くある話だし、実家と苦しむ領民達を助ける為の結婚だったと言うなら私も理解するし納得だって出来るわ。…でもね? うふふふふ、結婚式なんて形ばかりで身内さえ呼ばず、神殿の一室で書類のサインと契の腕輪の交換だけで終わったとか、無いでしょう?? 形だけとは言え、妻となる乙女の晴れ舞台を何だと思っているのかしらね?! まるで隠すように挙げられた結婚式だったから、アリーナの結婚について噂にも挙がっていなかったのね…。奇しくも、今日の話で三年前にあったアリーナの結婚式に親友であるこの私が呼ばれなかったのか、その真相を知る事が出来たけど、ちっとも嬉しくないわね。


「それで、私はどんな協力をすればいいのかしら」


「ありがとう。ちょっと言いにくいのだけれど…通常の離縁でなく、白い結婚の場合なら、証明さえ出来ればすぐに離縁する事が可能らしいのよ」


「…へぇ」


 結婚して、三年経ってるのに、白い結婚なんだ。へぇぇぇ? こんなに綺麗で優しくて儚げな見た目と違って行動派というギャップ持ちの、私の親友を妻にしておきながら? これは、どうしてそうなったのか、まだ私に話してない事あるわよね? ね?


 更に事情を聞き出せば、私の中でアリーナの結婚相手はクズ以下の存在になった。大事な初夜に『お前を愛することはない』と言われて、そのまま男女の関係ですらなかったなんて…どこまで私の親友を侮辱して下さるのでしょうね? そんなフザケタ事をして下さった方には、親友のステキな所が理解出来なかったのかしら。豪商で名を馳せているはずの嫡男が、そんな節穴だったなんてねぇ。メジャンの店はあらゆる品が手に入る事から、私も伯爵家の妻として利用していたのだけど、今後の利用を考え直さなきゃいけないわね~? おほほほほほほ。


「――なるほど、白い結婚の証明に、実家とそれ以外の信用できる他家の協力が必要なのね。任せてちょうだい、すぐにでも証明の協力申請をするわ。…実家はもう大丈夫なの?」


「助かるわ。信用できる人が今の私の周りじゃ居なくて…。実家はもう大丈夫なんですって。メジャンの家から実家への援助金は、もう必要ないの。私の事情を知る、兄が頑張ってくれたおかげでね」


 ほほ笑むアリーナに私は納得した。確かにアリーナの兄は出来る方だものね。私が何度かアリーナに会う為に子爵家に突げ…ごほん、家を訪ねてもアリーナの兄は何も教えてくれなかった。妹との約束だからとその一点張りで。そのくせ、届いたアリーナの手紙と共に『妹をよろしく頼む』との短いメッセージが添えられていたのよ。兄である彼のアリーナと交わした約束を守り続け、アリーナの幸せを願う姿勢は一貫していた。これがシスコンってやつかしら? まぁだからこそ、私はアリーナの兄を信用しているのだけれど。


「そう…それなら良かったわ。あ、そうだわ! アリーナが無事に離縁できるまで、私の別荘に来ない? お泊り会よ!」


「いいの?」


「もちろんよ!」


「…そうね、手続きは役所と神殿で行えばいいから、あの家に居る必要ないものね」


「決まりね! 今から向かえば夕方には着くわ、行きましょう!」


「え? 今からなの??」


「当然でしょ? これ以上一秒たりとも、クズ以下(貴方の夫)に大事な親友の時間をあげられないわ!」


 メッセージと親友の手紙を読んで、匿う事もあり得ると思い、別荘の手配をしておいて本当に良かった。着替えなども用意しているし、不自由なんてさせるつもりはないし。


 ――さぁ、今夜は久しぶりのお泊り女子会よね! 楽しみだわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る