祖母が乳がんサバイバー「じゃなかった」話
ゴオルド
じゃなかったんですよ、ビックリしました。
祖母は、若い頃から病気知らずです。
早寝早起きを心がけ、和服を自分で着付けて背筋をしゃんと伸ばし、面倒事は誰かに押しつけ、人の話は聞かず、自分の話だけ喋り倒す生活をしているおかげで健康なのだと思います。
また、わがまま放題なのに自分のことは謙虚でエレガントな貴婦人だと思っている自己肯定感の高さも、病を遠ざけるのに一役買っている気がします。
祖母の雰囲気は、バラエティ番組などでお馴染みの某夫人を、化粧と顔立ちを地味にして和服姿にした感じです。「あーたねえ、ワタクシは上品なんですからねぇ?」って言いそう。
風邪一つひきそうにない祖母なのですが、ときどき左胸を押さえて、意味深なことを言うのです。
「昔、左のおちちにしこりができたのよ……」
「それで病院で……」
「おちちが痛くて痛くて……。本当につらくてねぇ」
私がおちちの話を初めて聞いたのは小学生のころのこと。なんだかよくわからないがおばあちゃんは大変な病気を患ったのだと思いました。だから、本当に心配で祖母のおちちを気遣っておりました。
気遣いながらも、ただ1点、気になることがありました。それは、なぜ胸のことを「おちち」って言うんだろう? ということです。胸のことをそんなふうに言う人を私はほかに知りません。変なの……と子供心に思っておりました。しかし、祖母に尋ねる勇気はありませんでした。もしも私が「ねえ、おばあちゃん。どうして胸のことをおちちって言うの?」などと言ったらどうなるでしょう? きっと、祖母は「ほほほ」とひと笑いしてから、「普通はおちちって言うもんなんだけど、そんなことも知らないなんて恥ずかしいわ。いやねぇ、この子ったら、そんな当たり前のことを、ほほほ!」と嘲笑されるのです。間違いなくそうなる。決して説明などしてくれない。馬鹿にするだけ。そういう人なのです。私は子供心にプライドを傷つけられることになり、かといって反論するほどの知恵もないから「ぐぬぬ……」ってなるだけ。だから、物心つく前から祖母の言うことは何も考えずに受け入れるようにしていました。それが一番楽ですし。
――もう突っ込むのも面倒くさいし、「おちち」って言葉は受け入れよう
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