理想郷の魔法使い〜最強の才能をもつ少年は戦う理由を探す〜
SEN
第一章 理想を求める者達
第1話草原で少女が倒れてた
広大なトール草原の中心にそびえ立つ世界最高峰の魔法学習機関、エリアステラ魔法学園。そこには齢十五を迎えた少年少女が集められる。
そして、国ともいえる程の規模を持つ学園内で、少年少女は共同生活をしながら魔法を学ぶ。そこに所属するアルト・メルランは今日も召喚獣と共に草原を駆け回っていた。
「はっははー!やっぱりここの風はいいなー」
長い薄桃色の髪をたなびかせ、少女と見紛うほど可憐な見た目の少年が草原を駆け回っている。
そして、星のように輝く水色の体毛を持つ狐、羽毛が燃える炎のように赤い小鳥、うさぎのような顔をし、狐のような身体の夜空のように深い紫色の不思議な生物が、彼を楽しそうに追いかけていた。
「ふぅ、ここで休憩しよっと」
アルトは近くの山の麓に広がる森林まで走ってきていた。息を切らした彼は、近くの木に寄りかかった。彼の召喚獣たちは影の下で戯れあっている。
持ってきた鞄から水筒を取り出し、水を飲んで喉を潤す。ホッと一息ついて空を見上げると、様々な形の白い雲が浮かんでいた。
「えっと、あれが鯨で、あれは馬っぽいなぁ」
休憩がてら空の雲を動物に例える遊びを始めた。なんら意味のない遊びのように見えるが、イメージ力が重要な魔法において、この遊びは良い訓練になる。アルト本人はそこまで深く考えていないのだが。
「さてと、そろそろ帰ろうかな」
体力が回復したアルトは、体を伸ばした後立ち上がった。すると、後ろからガサリと茂みが揺れる音がした。振り向くと、そこに何者かがいる気配を感じた。
警戒をして忍足でゆっくり近づき、茂みを覗き込むと、そこには背中に深い傷を負った小柄な少女が倒れていた。乱れた紫色の髪は土で汚れ、白衣は赤く染まっている。アルトは驚いて飛び退いて尻もちをついたが、すぐに立ち上がって少女に駆け寄った。しかし、回復魔法の使えない彼には手の施しようがなかった。
「こうなったら、テレポート!」
彼がそう叫ぶと、二人は青白い光に包まれ草原から姿を消した。そして、次の瞬間には高級ホテルのような部屋、魔法学園の寮についていた。
「キャッ!なにいきなりテレポートしてきてんのよ!」
テレポートしてきた二人に、部屋の主人にしてアルトの友人のメアリ・カルトラが怒鳴った。しかし、アルトはそれにお構いなしに怪我をした少女を差し出し、両手を合わせてこう言った。
「お願い!この子を助けて!」
「え?どうしたのよその子の怪我!?」
「草原でひどい怪我をして倒れてたんだ!はやくしないと、メアリが頼りなんだよ!」
「もう!しょうがないわね!」
メアリが少女の怪我に手を当てると、黄緑色の光が少女の体を覆い、傷がみるみる塞がっていった。少女の手当てが終わり、アルトは力が抜けてへたり込んだ。
「ありがとう、メアリ」
「全くもってその通りよ。急に私の部屋に転がり込んでくるなんて迷惑極まりないわ。それに治療するなら、医務室にテレポートしなさいよ」
「だって、メアリの部屋の方がテレポートするためのイメージがやりやすいんだもん」
「なっ……!まっ、まぁ今回は許してあげるわ」
メアリは頬を赤らめて目を逸らしながらそう言った。
「それより、この子をどうしようか」
「あの怪我、刀傷だったわ。多分なにかしらの事情があるはずよ」
「だったら、その事情がわかるまで下手な行動はできないね。メアリ、この部屋で匿ってあげてくれない?」
「……まぁいいわ。乗りかかった船だし」
不本意ながらメアリは了承した。メアリは少女を抱き上げて自室の扉を開け、床に座っているアルトにこう言った。
「この子着替えさせるから。……覗かないでよ?」
「しないよ!」
メアリはアルトを揶揄い、期待通りに赤面したのを見ると満足そうに笑って扉を閉めた。
メアリは血に染まった白衣と、ボロボロになった黒いワンピースを脱がし、体の汚れをタオルで拭いた。そして、代わりに白いパジャマを着せてベッドに寝かせた。その寝顔は幼さが残っており、可愛らしい声で寝息を立てている。
「こんな子を傷つける奴がいるなんてね」
不幸な少女の状況を憂い、メアリはため息をついた。その後、メアリとアルトは少女が目覚めるまでリビングでお茶していた。
しばらくして、寝室からガタリと音がした。二人が急いで寝室に入ると、少女が目を覚ましており、周りをキョロキョロと見渡していた。
「よかった。目を覚ましたのね」
「……あなたたちは?」
少女は虚な赤い瞳で、二人を見つめて首を傾げた。
「僕はアルト。山の麓で倒れてる君を見つけたんだ」
「それで傷を治したのが私、メアリよ」
「……そうなんだ、ありがとう」
「君の名前は?」
「わからない。記憶が……ないの」
その言葉に驚いて二人は顔を見合わせた。彼女の記憶がなければ、彼女がどこから来たのかも、どういう事情があるのかもわからないからだ。
「どうする?やっぱり報告したほうが……」
「いや、そんな事しても、記憶がないなら先生達でもどうしようもない。それなら、下手なことをしてこの子を危険に晒すよりも、僕達で面倒見たほうがいい」
「うーん、そうかもね」
少し納得がいかないながらも、それ以外の策がないためメアリは同意した。そして、アルトは少女に近づいて優しく話しかけた。
「何か思い出せることはない?」
「なにも……名前も……家も……」
「そう、あっそうだ!お腹は空いてない?」
「ううん」
少女は俯き、か細い声で返事をした。少女は目覚めてからずっと心ここに在らずと言った感じだ。アルトは彼女を元気づけようと、彼が得意な召喚魔法で可愛らしい獣達を召喚した。
ぬいぐるみのようなカラフルな色をした獣達は、ベッドの上に乗ると、少女の方を見た。少女は獣達を見ると、虚だった目は幼い少女のキラキラとした目に変わり、一番近くの紺色の毛の猫を抱きしめた。
「この子かわいい」
「名前はミーニャっていうんだ」
「ミーニャ……すごくかわいい。他の子たちも撫でていい?」
「好きにしていいよ」
「やった……」
少女は嬉しそうににっこりと笑った。アルトもその顔を見て満足そうに微笑んだ。
「はぁ……これからどうしようかしら」
「この子の記憶が戻ることを祈るしかないよ。今日はもう疲れたし、細かいことは明日考えよう」
「そうね。そういえば、この子は私の部屋で匿うからあんたは自分の部屋に帰りなさい」
メアリの発言に、アルトは意味がわからないといった様子で首を傾げてこう返した。
「え?僕が発端なのに任せっきりは悪いよ」
「あんたのルームメイトにはなんて言うつもりなの」
「普通にメアリの部屋に泊まるっていうけど」
「はぁ!?なにそれバッカじゃないの!」
「え、だって本当のことじゃん」
「そんな事言ったら他の奴らに誤解されるじゃない!」
「誤解って、どんな?」
「そ、それは……その、私たちがつ、つきあ……うぅ、もういいわよ」
アルトはメアリが顔を真っ赤にして怒っている理由が分からず、さらに突然萎れたと思ったら引き下がったので、何が何だか分からず困惑した。しかし、ちゃんと宿泊の許可をもらえたので深く考えずによしとした。
その夜、いつもは一人の食卓に三人が座っていた。本日の献立はサユアケという魚のムニエルと、野菜がたっぷり入ったクリームシチューだ。二つともメアリの手作りである。
「うん!すごく美味しいよ」
「私もそう思う」
「まぁ、私が腕によりをかけたんだから当たり前よ」
メアリは誇らしげに胸を張った。他の人に料理を振る舞ったことがない彼女は、内心ちゃんと口に合うか不安だったが、おいしいと言われて安心していた。
「そうだ、この子をどう呼ぶか決めようよ」
「確かにいいわね。ねぇ、どんな名前で呼ばれたい?」
「適当でいい」
「ならアルト、召喚獣に名前をつけるの得意でしょ。あんたが決めなさい」
「二人とも……名前って大切なんだよ?そんな適当に決めていいものじゃないよ」
「なら、アルトが考えてくれたのがいい」
名前について適当に流す二人に頭を抱えているアルトに、決められる本人がそう言った。本人の意思ならば致し方なしと、アルトは十分くらい食べながら考えてポンと手を合わせた。
「カーベル、僕の故郷では「花」って意味の言葉。これでどうかな」
「いいと思う。私、花とか動物とか好きだから」
「なら良かった。それじゃあ改めてよろしくね、カーベル」
自分が決めた名前を気に入ってくれたことに安堵し、アルトは食事を続けた。
全員が食べ終わり、アルトとメアリが食器洗いをしていた時呼び鈴がなった。
「私が出るわ」
こんな時間に誰だろうと思いつつ扉を開けると、黒いコートを着た身長の高い男が立っていた。学園内では見たことない人物なので、メアリは身構えた。
「あなた誰です」
「憲兵のタイラーだ。我が国、パイス王国で悪魔契約者出て、その捜査で来た」
「悪魔契約者が学園に逃げ込んだんですか!?」
「契約者が山を越えている姿を見た者がいる。その可能性が高いから捜査に来た」
悪魔契約者とは、禁忌とされる悪魔召喚を行った者のことだ。悪魔と契約すれば、強大な力を得ることができるとされている。契約するだけで強大すぎる力が手に入ることが危険視され、悪魔との契約は重犯罪として扱われている。
そして、パイス王国は学園を囲む山を越えた先にある王国で、学園と最も距離が近い国だ。学園への物資の運搬や周囲の警備も担っており、本来教師と生徒以外は立ち入ることができない学園に、パイス王国の憲兵だけが簡単な手続きさえすれば入ることができる。
「その悪魔契約者の姿がこれだ」
「えっ、これって……!」
メアリに憲兵が見せた写真に写っていた人物を、彼女は知っていた。紫色の髪、赤い瞳、まだ幼さの残る顔立ち、間違いなく今自分が匿っている少女だった。
「知っているのか?」
「えっ、えっとこの子は……」
メアリが件の少女について話そうとした時、背後に氷のように冷たく、岩のように重い気配を感じた。
『何も言うな』
「……っっ!?」
脳に直接響く低い声。一瞬誰かわからなかったが、すぐにあの少女の声だと直感した。足が震え、冷や汗が出る。
「どうかしたのか」
タイラーは様子が変わったメアリを心配して声をかけた。メアリはハッと顔を上げると、作り笑いをしてこう言った。
「いえ、大丈夫です。あと、その子は知りません。見たことあると思ったけど、勘違いでした」
「……そうか。捜査への協力感謝する」
タイラーは一言お礼を言って部屋の前から去って行った。メアリは扉を閉めると、腰が抜けてその場に座り込んだ。
「あ……あの子が契約者……?は、はやくアルトに伝えないと!」
動かない足を引きずってリビングに向かおうとした時、壁から黒い影のような物体が出現してメアリを捕らえた。
「もう嗅ぎ付けられたか」
「ん、どうしたのカーベルちゃん」
アルトは小さな声で何かつぶやいたガーベラに声をかけた。カーベルがため息をつき、アルトの目が彼女に向いた時、悪魔の手のような形をした影に捕らえられたメアリがリビングに入ってきた。
アルトは唖然として食器を落とし、床に落ちた皿はパリンと割れた。何が起こっているか理解できず、ただ恐怖に襲われて目を大きく見開いていた。
「静かに、声を出さないで。手を上げて動かないで」
カーベルが恐怖に囚われたアルトを睨みつけた。アルトは雰囲気が変わった少女に驚き、思わず言われた通りに手を上げてしまった。
「き、君は一体……?」
「こいつは、悪魔契約者よ」
囚われたメアリは、憎たらしそうに少女を睨みつけてそう言った。
「じゃ、じゃあ僕たちを騙してたの……?」
「そうの通り。記憶は失ってない。私の本当の名前はベータ、カーベルって名前じゃないわ」
騙されたことが信じられず、青ざめた顔で少女に問いを投げかける。帰ってきた返答は残酷で、少女は淡々と事実を述べた。
「もうここには居られない。アルト、トール草原にテレポートして。言うことを聞かなかったら、メアリを殺す」
「分かった。言う通りにするよ」
アルトは固唾を飲み、震える体でこう唱えた。
「テレポート」
彼がそう唱えると、三人とも青白い光に包まれ、次の瞬間に寮の部屋から姿を消し、トール草原に瞬間移動した。
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