§ 5―7 2度目のくちづけ



 ユッドの叫び声と共に、アダムはソフィートを抱えて走り出す。イヴ・ナンバーズも残ったギリギリの電力で、必死にアダムの後を追いかけた。


 しかし、新手のデルダの強襲兵たちが現れる。握られたマシンガンを無闇矢鱈むやみやたらに乱射する。


「おまえらは絶対に逃さない! 隊長の仇! 血の福音を!」


 怒りにまかせたその銃弾が、走るアダムの背中に飛来ひらいする。


「うわぁ!」


 わずかにれる銃弾に、アダムは冷たい汗をかく。それでも、後ろを振り向かずに走り続ける。


【アダム! 大丈夫なの!?】


【あぁ、大丈夫だよ、イヴ。ソフィートたちが守ってくれた。すぐに戻るから、出航準備を済ませてくれ】


【急に出ていくなんて……。心配させないで!】


【ごめん。でも、大丈夫だから】


 イヴからの通信で、なおさら急ぐ。走りっぱなしで心臓が悲鳴を上げている。


 もう少し。もう少しだ!


 へセドの出入り口まで後少しのところで背後に異音が鳴る。


 ドゥシュゥ!


 振り向くと、ヨッドギメルがたてになり、銃弾を左肩に受けていた。


「ヨッドギメル!」


「大丈夫です。マスター……」


 苦しそうな顔をしながら強がり一緒に走る。その後も、灰色髪のベート、オレンジがみのヘット、水色髪のヨッドアリアがアダムの楯となり、主人を身をていして守り抜く。それぞれ他のイヴ・ナンバーズが手を取り、肩を貸し、銃弾の中を走っていく。


 命からがら、なんとかへセドに飛び込む。他のイヴ・ナンバーズも傷つきながらも乗り込むと、外からドアが閉められる。


「なんだ!? まさか、誰か外に残ったのか?」


 乗り込んだイヴ・ナンバーズを確認すると、銀髪のヨッドダレットがいないことに気づく。アダムはドアを叩く。


「おい! ヨッドダレット! 何をしてるんだ!」


「マスター。ここは私が食い止めます。早く艦を出してください」


「なんでだ! みんな一緒に脱出するんだろ!」


「マスター。ありがとうございます。ですが、マスターを守るのが私の役目。それが叶うなら、問題ありません」


「ばかな……」


 アダムはピンク髪のギメルにソフィートを任せ、艦内の奥に疲れていることを忘れ、走っていった。



 目を赤く輝かせ、ヨッドダレットは強襲兵たちに突っ込んでいく。銃弾を受けても構わず突っ込み、武装の上から攻撃を加える。その場にいた3人を倒すと、さらに2人現れる。横に移動しながら、時間をかせごうと放たれた銃撃を避けていく。


 そんなとき、艦が動き出す。それに安堵あんどしたところを、また銃弾を受ける。左肩の当たりどころが悪く、腕が動かない。それでも、強襲兵に向かっていく。右ストレートで一人を吹っ飛ばすが、そこで右足にも銃弾を受ける。なんとか左足で飛び、膝を顔面に入れると、造船ドッグのはしから一緒に落ち始めてしまった。


(あぁ……ソフィート。私もマスターの役に立てたよね?)


 役目は果たした。目を閉じ、満足げな顔をして落ちていくとき、閉じたまぶたに影をとらえる。目を開き上空を見ると、何かが勢いよく迫ってきていた。


 そこから出てきた腕に、ヨッドダレットの右腕は力強くつかまれる。


「ふぅー。ギリギリセーフ。間に合ったよ」


 それは、アダムが乗ったセルクイユだった。


「マスター……どうして?」


「まったく『どうして?』じゃないよ! 自分を犠牲ぎせいになんて、もう考えるなよ? ヨッドダレット」


 必死に引っ張り上げて、セルクイユにヨッドダレットを乗せる。乗せられた彼女は初めて怒られたのでシュンとしている。見兼みかねて、アダムはそんな彼女の頭を優しくでる。


「さぁ、一緒に戻ろう。ヨッドダレット♪」


「……はい。マスター」


 スピード全開で、へセドに戻っていく。




   ♦   ♦   ♦   ♦

 



 無事、へセドに着艦し、ヨッドダレットを背負いブリーフィングルームに戻る。そこにいた明るい緑髪のヨッドベートに、ヨッドダレットを預ける。

 疲れ果てて重くなった足をそれでも動かし、コントロールルームに向かうと、そこにはディスプレイ越しに造船所が爆発し炎に包まれていく姿が映し出されていた。カタストロフの小型原子炉が爆発したのだろう。その爆発が誘爆を起こし造船所がさらに赤い炎と黒い煙に包まれていく。


「なんてことをするんだ……」


「でも、逃げ切れたのね。……あの未来は来ないのね……」


 逃げ切れたことに、ようやく気持ちが落ち着く。絶望しかなかった、さっきまでいた未来を思い出し、イヴはアダムに抱きついた。


「イヴ。大丈夫だったかい?」


「全然、大丈夫じゃなかったわ……」


 アダムの胸の中のぬくもりを感じ、心の底から喜び、涙が溢れる。


「……希望の歌を唄うのは、希望ある笑顔の旅人」


「覚えてくれたんだね」


「嫌でも覚えたわ。確かに、希望の唄を歌ってたわよ、アダム」


「ん? 誰が歌っていたんだい?」


「あなたよ。2億年後のあなたも、私に希望の唄を歌ってくれたわ」


「2億年でも、何年だろうと、永遠にきみに歌い続けるよ」


「アダム。あなたなら永遠に信じられる」



 イヴはアダムと、2億4000万年ぶりの、2度目のキスをした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る