§ 5―2 届いた旅人の詩



 アダムの放った弾丸は、銃声とともに  イヴの頬をかすめて、その後ろの壁を穿った。


 アダムは糸の切れたマリオネットのように腕を下げ、膝を落とす。顔をうつむけ、まばたきもせずに、身体を震わせる。


 細胞の1つ1つ、その全てが『イヴを殺す』を否定している。


 心臓の鼓動だけが鳴り響いていた。



 ニャルは銃声に驚いて、どっかに逃げてしまった。イヴは手を広げて微笑みながらこちらを見ている。ソフィートも、命令を撤回したとはいえ、彼女を守ろうともせず、彼女が撃たれるのを表情を変えずに見守っている。


 どうしても、おれに彼女を殺せというのか。おれが彼女を殺さなくても、彼女は自らの手で命を絶つだろう。それを許せば、結局、おれが彼女を見殺しにしたことになる。同じことなのだ……。


 アダムは自らの手で人を殺したことはなかった。こちらに殺意を向けられたとしても、相手を無力化はするが、致命傷を与えることはしない。故意ではないにしろ、地球で襲ってきた傭兵たちやサイボーグ化した3人を相手にしたとき、結果死なせてしまったことに、気がんでいた。また、調査艦ホルスで多くの人を見殺しにしてしまったという罪の意識もあった。



「……アダム様。……アダム様。聞いてください。アダム様」


 メルの声がDVR端末から聞こえてきた。


「メル……。おれには撃てない……彼女を……」


 射撃を外した時点で、アダムの心は折れてしまった。


「アダム様。イヴ様を助けることができるはずなんです。イヴ様を殺さないでください!」


「……? どういうことだ、メル」


「イヴ様にも聞いていただきたいので、ディスプレイで説明します」


 そう言い終わると、先ほど映像が流れていたディスプレイにメルの姿が映る。


「ヨッドギメル? 壊れて起動停止したのではなかったのですね」


 ソフィートが淡々と画像を見てつぶやく。イヴは手を広げるのを止め、その場でボーっとディスプレイを眺めている。


「イヴ様。ヨッドギメルです。地球での活動の中で、イヴ様がアダム様にもう1度会える知識を得てきました」


「……?」


 イヴも何を言っているのか理解できていない様子だ。


「ヨッドギメル。説明してください。そんな方法などないはずです」


 ソフィートは、顔色を変えず説明を求める。


「タイムリープです。地球でアキト様に教えていただきました」


「タイムリープ? それにアキトって、おれのご先祖様だよな。そんな映画みたいなことできるはずないだろ?」


「ヨッドギメル。そのタイムリープとは何なのですか?」


「タイムリープとは、脳の記憶データを凝縮して、過去に送り、それを過去の同じ人物の脳に上書きする理論です」


「記録データを凝縮して、過去に送る……」


 ソフィートはそれを聞いて考え込んでいるようだ。イヴは茫然と聞いている。


「そんなことができるなら、元々のきみらの世界でもできていただろ?」


「いえ、アダム様。意識を過去に送るという考えは、地球で初めて聞いたのです。そして、この艦の重力制御装置を使って、超光速光子通信システムを用いれば、可能なはずなんです」


 メルがそう答えると、ソフィートが続ける。


「確かに、超光速光子通信を重力制御で圧縮し、それを磁気モノポールの反転と同時に過去のイヴ様のマイクロチップに転送すれば、脳の記憶を上書きすることは可能です」


 絶望を宿やどした瞳をしながらイヴが尋ねる。


「……さっきから、何を言っているの? 死ぬことが叶うのに、なんで死なせてくれないの?」


「イヴ様。ヨッドギメルの言うタイムリープを使えば、過去の自分に戻れる可能性があります」


「過去の自分に戻る? そんなことできるわけがないでしょ? ……いい加減にしてよ! ……でも、まぁ、いいわ。これで最後の最後。アダムの面影を持つ彼を連れてきた、あなたの言うことなら試してみて。でも、ダメなら今度こそ殺して。もう一滴の絶望にもたえられないから……」


「わかりました、イヴ様」


 そう言うと、ソフィートが近づいて来る。


「アダム様。そちらの首に掛けた機器をお貸しいただいてもよろしいですか?」


「あぁ。かまわないけど、本当にできると言うのか?」


「はい。今ここにアダム様がいることの確率より、よっぽど高い確率で成功すると思いますよ」


 そう言うソフィートの顔は、笑顔だった。


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