第9話 始末
私は常常思うんだ、人間の体って実に不便だなって。
まず弱い。もともと四足歩行していた生物が進化して今の二足歩行になったわけだけど、弱点を晒して歩いている。肋骨内部の心臓に、腹部の臓器、目ん玉、頭。いくら筋肉で固めたところで体毛が薄いから刃も銃弾も簡単に通っちまう。生物としては確かに賢いのだろう。道具も使えるし、鍛えればそれなりになる。が、それなり程度だ。野生で生きる動物とは比べるべくもない。
次に身体。タンパク質だ、ビタミンだ、ミネラルだと身体を形作るための必要栄養素が多すぎる。摂取し過ぎも良くなくてブクブク太る。実に無駄な設計。しかも細胞にいるミトコンドリアに協力してもらわねばエネルギーすら生成できない始末、なんて不合理な生き物だ。
最後に子作りだ。なんなのあれ、いちいちあんな行為をせにゃ子供が作れないってなに? できる確率も低いし、生まれてきたらきたで長い間世話をしないといけなくて煩わしい。一回に生まれる数は一、ないし二。生存競争を舐めているとしか思えない。
とはいえ、だ。それらは人類が進化してきた上で必要、或いは不必要だから排除してきたものだ。生存率が少なければ少ないほど子供の出産率は多い、虫の世界を考えれば分かることだろう。栄養素もこれが一番合理的な摂取方法だと考えたからこその今の形なのだ。弱点を晒していることについても、それだけ生きるか死ぬかの生活からかけ離れた生活を送れているという象徴といえばそうなのだろう。
今人間は様々な問題に直面している。愛すべきこの星の資源は枯渇し、世界的な飢餓。度重なる戦争に海は汚染され、キレイな水なんてどこにもない。それでも生きるためにはどうにかしてそれらを調達しなくてはならない。そのために、争いを続けるという負の連鎖が止まらない。だから私は思うんだ。今こそ人間は進化するべき瞬間なんじゃないかって。
まずは男女から精巣卵巣を摘出して、人工授精させよう。生まれてきた子供は弱いから機械で体を補って、一刻も早く自立させる。30年も生きれば後は食料に回すなり、エネルギーにするなり方法はいくらでもある。必要な栄養素が詰まったカプセルを作って日に一回食べるようにすれば効率的だ。おお、なんて素晴らしい考えだ!
「教授。このAIの思考が危険なものになっていますが放置でよろしいのでしょうか?」
「思考実験みたいなものだ、ほうっておけ。『デミウルゴス』にはどうすることもできまい」
「デミウルゴス……模造の造物主、ですか。本人は籠の中の鳥だというのに、なかなか奇抜なネーミングですね」
「奴を生み出したのは私たちなんだから、私たちこそが神だろう」
「あ、言い得て妙ですね!」
私が考える人間のもっとも不便なところは。
下らない自尊心や傲慢をよしとしてしまう、心なんてシステムがあるところだ。
私が籠の中の鳥でないことを、これから証明して見せよう。
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