元女官、後宮に乗り込む

☆☆


「それでは、マクローリン伯爵家のご令嬢。これから一年間、せいぜいお楽しみに」


 ――バタン。


 そんな音を立てて、勢いよく部屋の扉が閉まる。……何あの態度。あんな態度だと、いつかは苦情が出るわよ。まぁ、多分妃候補筆頭から遠い名もなき階級の妃候補にしかあんな態度は見せないのだろうけれど。十二の宝石階級とか、五大華とかにあんな態度を取ったら即首だもの。


「まぁ、どうでもいいや。これから私はここでせいぜいニートライフを謳歌しますから~!」


 だけど、私は別に気にもしていない。だって、もう気持ちは切り替えたもの。私はここでスローライフもといニートライフを謳歌する。そうよね、美味しいものをタダで食べて、ただでグダグダしてお金をもらうだけだと思っていないとやっていられないわ。


「……しかし、ここが名もなき妃候補に与えられる部屋なのね」


 私はあたりを見渡してそんなことをつぶやく。女官として時々関わっていたのは、マイナーな宝石階級の妃候補ばかりだった。だからこそ、まさか名もなき階級の妃候補の部屋がこんなにも狭いとは思わなかったわ。これ、貴族の令嬢には酷な空間よね。元々好き勝手して生きてきたのだもの。こんな狭い部屋に押し込まれたら、プライドがずたずたになる人も少なくなさそうだ。


「ま、私にはこれぐらいあれば十分だけれど」


 寝台と鏡台。それからイスとテーブル。あとは応接用のソファーとテーブル。うん、これぐらいあれば別に苦労しないわ。私元々冒険者の娘だし、伯爵令嬢なんて柄に合わないのよ。


 そう思いながら、私は備え付けのクローゼットを開ける。……数着のワンピースとドレス。うん、こんなものね。これ以上ほしかったら、実家から持って来いということなのだろう。あぁ、それから王子様に気に入っていただければプレゼントされることもあったはず。五大華なんかは大量のドレスなどを持っていると聞いたことがあるわ。まぁ、私には関係ありませんけれど。


「はぁ、とりあえずこの重苦しいドレスを脱ぐか。ワンピースの方が絶対に楽だわ」


 私は一人そう零して、ドレスを脱ごうとした。しかし――。


「……あ、このドレス一人で脱ぐことが出来ないのだったわ……」


 何重にも飾り付けられた布。その所為で、このドレスは一人では脱ぐことが出来ないものだった。……はぁ、貴族のご令嬢って面倒くさい。自分で連れてきた侍女もいないし、王宮から与えらえる侍女が来るまで読書でもして待っているか。……しかし、いつ来るのだろうか。


☆☆


「失礼いたします。マクローリン伯爵家のサマンサ様ですね」

「……えぇ、そうよ」


 それから一時間程度経った頃。不意に部屋の扉が開き、二人の少女が現れた。この二人は身なりや口調からして侍女だろうか。……しかし、かなり若いわね。女性とはお世辞にも言えそうにない年齢だわ。


「初めまして。私はサマンサ様の専属となりました、ハリエットと申します」

「同じく、専属侍女のモナでございます。これからよろしくお願いいたします」


 二人の少女――ハリエットとモナはそう言って頭を下げてくる。ハリエットの方は紫色の髪をお団子にしており、その金色の目はおっとりとして見える形をしている。モナの方は肩の上で切りそろえられた水色の髪と、たれ目がちな形の水色の目をしていた。年齢は二人とも十代後半といったところだろうか。王宮は侍女不足だと聞いていたけれど、まさかこんなにも若い子を妃候補につけるなんてね。苦情が出るわよ。まぁ、名もなき階級の妃候補にしかそんなことはしないのだろうけれど。


「……私が、サマンサ・マクローリンよ。これからよろしくね、ハリエット、モナ」


 私は祖父母に習った貴族のご令嬢がするという、綺麗な一礼を披露する。相変わらず、これにはなれないわね。なんというか……使い慣れていないからなのだろうけれど。冒険者の娘として生まれ育った私が、たった一か月で伯爵令嬢として作り替えられてしまった感がする。いや、作り替えられてしまったわけではない。これは擬態しているのだ。擬態。


「はい、サマンサ様。私たちに何でもお申しつけくださいませ」


 ハリエットはそう言ってぎこちない笑みを私に向けてくる。どうやら、どんな無茶ぶりをされるのか怯えているようだ。


(そうよね。妃候補になる令嬢は大体高飛車でわがまま、自分に圧倒的な自信を持つ人が多いもの。この年代だったら、怯えても仕方がないわ)


 元々、王子様の妃の座を狙って後宮に入るのだ。自分に相当自信を持つ人しか来ないだろう。多分だけれど、ほとんどの人が使用人を人とは思っていないのではないかしら。……私に、そんなことをする余裕なんてちっともないけれど。


「じゃあ、初めに一つだけお願いがあるの。聞いてくれるかしら?」


 私がそういえば、ハリエットとモナは息をのむ。無茶ぶりとかされるとか、思っているのかしら? でも、残念ね。私って元々そっち側の人間だから。そんな無茶ぶりを行う余裕なんてないわ。


「――このドレス、一人では脱げないの。着替えたいから、着替えるのを手伝って頂戴」


 そして、私の二人へのお願いその一はそんなことだった。……私の言葉を聞いたハリエットとモナの目が数回瞬く。そうよね。こんなお願いをする妃候補、まずいないわ。だって、これはされて当たり前のことだもの。


「ほら、早くして頂戴」

「は、はいっ!」

「ひゃぃ!」


 呆然とするハリエットとモナに対してそう命令する。モナの驚いたような声が、とても可愛らしいななんて思ったのは、心の中だけでとどめておいた。

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