龍滅譚 〜異世界で俺は龍を狩る〜
緋桜凛悟
プロローグ
「俺があいつを食い止めます」
「すまない… また私は…」
「謝らないでください。俺の代わりはいくらでもいます。今ここでみんなを失うわけにはいきません。ですから、奴の足止めは俺が適任です。倒せる可能性だって十分にあります」
「あぁ、わかっている」
部屋の中に沈黙が走った。
赤茶髪のその女性はふぅっと深く息を吐き、一拍置いてから口を開いた。
「君島ニシキに命ずる。あの黒龍を討伐せよ。後衛は我々が務める」
「はっ!」
その男は敬礼をひとつ決め、部屋から出ようとドアに手をかけた。するとすぐそばにいた金髪の女性が彼の裾を掴んで引き止めた。
その女性の深い青色の大きな瞳が小さく揺れた。
「必ず帰ると、約束できますか?」
その男はそっと彼女の手を退かし、
「また会えるよ」
そう言って静かに部屋を去っていった。
△△△
ガコッ!
俺は机上からスマホが落っこちた音で目が覚めた。
何か大事な夢を見ていた気がするが、よく覚えていない。そんなことより…
「くっせ!」
机上には俺の唾がねっとりと広がっていて唾液独特の甘いような鼻につくようなにおいが漂っていた。
あぁ、寝覚めが悪い。身体の節々は痛いし。
ふと時計に目をやると時刻は15:30を回っていた。そして俺は急に目が覚めて、今すべきことを思い出した。
俺はレポートを書き上げるために徹夜していたのだ。そして今すぐ課題を提出しに行かなければならない。
家から大学まで電車で2駅なので時間的にはギリギリ余裕があった。17:00までに教授の研究室のポストにこのレポートを投函しなければならない決まりだったので、提出に遅れるということはない。
いやしかし、なにも12月25日をわざわざ締め切り日にする必要があったのだろうか。教授も気の回らない人だ。あるいは確信犯か。もっとも、俺にはクリスマスなど無縁な話なのでどうでもいいが。
そう、俺は齢20にして今まで女の子とお付き合いしたことなど一度もない。だから世俗のイベントなんぞどうだっていい。俺は世間一般の大学2年生とは違って勉強に忙しい大学2年生なのだ。恋愛にうつつを抜かしている暇などない。俺は忙しいのだ。忙しい…
俺は忙しい。でもなぜこんなにも退屈な日々を過ごしているのだろう。俺は勉強が好きなわけでも勉強したいわけでもない。でもなぜか大学に通っている。深く考えずにがむしゃらに勉強していた受験生の頃が懐かしい。今は好きでもない勉強に日夜時間を割き、疲弊するだけの日々を送っている。あぁ、やめたい。大学なんてやめてしまいたい。いや、人生を放棄したい。あわよくば異世界に転生して俺TUEEEってなって女の子にチヤホヤされたい。
なんてくだらない。
俺は課題を提出したその足で、渋谷に向かった。
今日はクリスマス。キリスト教徒がさして多いわけでもないこの日本で、多くの人が浮かれている。幸せなことだ。
ここ渋谷には普段より多くのカップルがいちゃつきながら歩いている。まぁ、普段の渋谷なんて知らないけど。それでも今日は特別カップルの多い日なのだろう。実際、カップルが俺の視界から消えることはない。
俺は「リア充爆発しろ」だなんて野暮なことは考えもしない。幸せそうな人が近くにいるだけで自分もどこか幸せになれる気がするからだ。だから俺はクリスマスというビッグイベントの中で、こうして独り用もなく渋谷をほっつき歩いているのだ。
いや、違うな。俺は大勢の幸せそうな人に囲まれ、自分にはそれがないと虚無感に浸るこの時間が好きなのだ。あまりに拗れすぎていて自分でも笑ってしまう。
そんなこんなで俺は意味もなく渋谷を歩き回っていた。眩しい喧騒のなか、孤独を噛み締めながら。
ひと通り駅近を散策し終えると、ハチ公前のスクランブル交差点にまで戻ってきていた。
交差点を渡っていると、少し先のところでどこか見覚えのある女の子が立ち尽くしていた。
どこで彼女を見たのかは全く思い出せないが、彼女に目が釘付けになった。
その女の子は艶やかな金髪のロングヘアで、儚げな輝きを放つ美しい白い肌をしていた。何かの撮影中なのだろうか。彼女は茶色いローブに身を包み、一際周りから浮いていた。でも近くにカメラはなさそうだし… いったい何者なのだろう。
彼女と数mの距離になると彼女と目が合った。彼女の瞳は深い青色で、その大きな瞳は息を呑むほど綺麗だった。普段なら目を逸らしてしまう時分であるが、今は目を逸らすことができなかった。それほどまでに美しかったのだ。
心なしか彼女の瞳が大きく開いた気がするのだが、気のせいだろうか。
そう思った矢先、彼女の方から俺に向かって接近してきた。いきなりなので冷や汗が背中から吹き出してくるのを感じたが、そんなことはお構いなしに彼女はずんずんと俺に近づいて来た。
俺はどうしたらいいのかわからずに、なんとなく顔を逸らしてやり過ごそうとしたがその選択は間違いだった。
彼女との距離が数十cmとなった時、全身の汗腺がかっと開き、全身に鳥肌が立つのを感じた。
その女の子がその小さな白い手にぎゅっと握りしめていたのは、綺麗な細工の施された銀白のナイフだった。
俺はその女の子に、ナイフで心臓を突き刺されたのだ。これって死ぬやつでは?
俺はとっさの声を上げることもできずに、ただただその女の子を見ていた。
その女の子はとても悲しそうな、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
あまりに急な死は、走馬灯を見せることさえしない。
俺は次第に薄れゆく意識と、いつからか感じていた強烈な痛みが弱まっていくのを感じながら、静かに死を受け入れた──
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