魔法世界の傭兵ですが魔ッポと呼ばれて辛いです。~記憶術師の日常事件簿~

さんご2世

同僚と娼館と記憶

『魔ッポ』は心がすり減ります!

治安維持。

これがどんなに大変なことかみんなわかっていない。

魔法を使った犯罪を防ぐことはとても難しい。


現在の職場、モンペルグは活気のある港町だ。

島国である魔法工業国家ファーレンの東の玄関と呼ばれている。

水の魔法を用いた鉄道が街を駆け、他国からの船が列をなして入港する。

貿易の要衝のため他民族が入り混じり喧噪の絶えないここモンペルグにおいて治安の悪化は避けられないことだろう。


一昔前まで、ファーレンはそんな闇鍋のような街に自警団を設置していた。


だが、多発する様々な犯罪に自警団レベルで対応できるはずもなく、ちょっとした地獄が徐々にけっこうな地獄に変わっていくにつれ考えを改めたようである。

ある時を境に傭兵団に治安維持を委託するようになった。


それが20年ほど前の話。


その20年前からモンペルグに根を下ろし国より治安維持の仕事を請け負っているのが僕の所属する魔法傭兵団、マズール・ポーン。

僕らのことを人々は侮蔑と少しの敬愛を込めてこう呼ぶ。


«魔ッポ»と。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「っつーかね、なんでこんなもん持ち歩いてんのかな、おじさぁん? ん?」


祭りを思わせるようなざわめきの中、少し鼻にかかる低い声は良く通った。

建物に挟まれた路地裏に僕たちはいた。


金持ちの子供のおもちゃ箱をひっくり返すとこんな感じだろうな。


路地を抜けた先に並ぶ極彩色の布を下げた露店を横目にそんなことを思った。

あぁ、お風呂に入りたい。

暑い日差しの中、じっとりと汗が背をつたう感覚と共に切に願う。




「あの人、なんか挙動不審じゃない? ちょっと当たってみるわ。」


この路地裏に来る前のことだ。

先輩はそう言って正午前の賑わい始めた街中を突如走り出した。

僕はいつものように徹夜明けで鉛のような重たさの手足に喝を入れ追いかける。

ずんずんと先へ進む先輩の背中についていこうとするが、人混みに阻まれ距離は開く一方でこれもまたいつものことだ。


ちょっとすみません、通してください!と声をかけて人の海をかき分け進む。


うわ、魔ッポだ!なんもしてねぇぞ!

あっちいけ!

あの人なんかちょっと臭くない?


押しのける度に耳慣れた罵声に近い声が飛ぶ。

みなさんが事件を起こさないでいてくれたらシャワーくらい浴びれるんですけどね!と思うが口には出さない。また僕ら”魔ッポ”の評判が下がってしまう。

つくづく報われない仕事だ。 


やっとのことで追いつくと、雑踏から皮一枚分だけはみ出たうっすらカビ臭い路地裏に真っ赤なチンピラと上品な紳士が立っていた。


品のある男性の特徴は身長180cm前後体重80~90㎏のがっしりした体躯、頭髪は白髪交じりの茶、やや薄くなり気味だが綺麗に整えられている。

銀ぶちの眼鏡と、パリっとした品のあるベージュのローブ、しわ一つない紺のズボンを着用した四十から五十歳前後の中年男性。

呼吸の乱れ、赤らんだ頬から興奮状態にある模様、と日頃のクセからさっと観察し、息を整えながら様子を伺う。


「い、いえ、それは……。私物、なんですが……昨日買いまして……」


着崩した制服の上からでもわかる筋骨隆々のチンピラに壁ドンされて、頬を赤らめ乙女のように体を震わせる小奇麗な恰好をしたナイスミドルのおじさん。

この前補導した女子学生が持っていた本に同じような描写があったな、と回らない頭がどうでもいいことを思い出す。


「立派立派。経済の循環へご貢献、ありがとうございます。で、これ何に使うの?」

「あ、アナタには関係ないでしょう。……強いて言えば家族への贈り物というか」

「関係あるんですよぉそれが。いやね、最近こういうものの盗難の通報がありまして。これ、確認して良いですかぁ?」


被疑者(便宜上こう呼ぼう)と先輩が引っ張り合う麻袋からは、なんともカラフルな女性ものの下着が数着、元気よく顔をのぞかせていた。

下着を奪い合う男二人は絵面的に体裁がよろしくない。


「へぇ、ご家族にコレを。ほぉほぉ」

「なにか問題が?」


いや、なかなか家族にそんな派手な下着は贈らないだろ、と心の中で突っ込むものの人の嗜好はそれぞれだ。


「ちょっと、先輩。おっさん二人が女性ものの下着を巡って争ってるように見えるんでさっさと詰所まで来ていただいてお話を伺いましょう」


一息つけたところで上司にあたる赤髪の人物に声をかける。

路地裏の入り口にはオーディエンスが集まり始めていた。


「まぁそうだね。はい、おじさん、詳しい話は詰所で聞くから大人しく着いて来てねー。暴れたり逃げようとしたりしちゃダメよ」

「急ぐので失礼しても?」

「じゃ、ここでこの中身検分していい?」


半ば脅しの様相だが、これも国民の安全のためだ。こらえておくれ。


「……税金泥棒が。本当に私物だからな。……少しだけなら」


ちら、と僕の顔を伺い、同意の意を示す。

悪態をつきながらも折れていただけたようで何よりだ。

それに、この程度の悪口は慣れっこだ。思うことがないわけではないが、いちいち反応する必要もない。


まだ完全な自供が取れたわけでもなく罪状も確定していないので、身柄は拘束せず名ばかりの任意同行という形で詰所まで連行する。


「念のため一定の距離を離れたら位置の感知ができるようマーキングの魔法をかけますよー、いいですねー。おまえやっといて。よろしく」

「はい。おじさん、こっち見てください。僕の目を見て。あ、ちょっと近いです、鼻当たってます。いきますよ。«追跡マルカス»」


訓練さえ積めばみんなこのように魔法を使えると思っていた。

だが、実は先輩はこのような繊細さの必要な魔法が苦手なのでいつも誰かに押し付けていることを僕は知っている。


「これで逃げてもどこにいるかすぐわかっちゃいますからねー、オッケー?ジル、詰所に被疑者連れてくって連絡しといて」

「わかるのは僕にだけですけどね…。戻ります、調べ室空いてます? あ、はい。了解です」


詰所の連絡交換当番に意識をつなぎ取調室の空きを確認する。

«連絡コンタルテ»の魔法は頻繁に使う。


高等魔法だが無詠唱で範囲内の任意の相手へ、しかも複数人に繋ぐことができるこの魔法は取得必須スキルだ。

どんな新米だろうと現場で2か月もすれば嫌でもできるようになる。

僕の技量では独り言のように喋らなければ伝わらないが、さらに熟練度の高い使い手は声に出さなくても念じるだけで連絡が取れる。


僕はジル・ブルム。二十二歳。つとめはじめてから二年目のまだまだ新米傭兵だ。

今やファーレンにおける四分の一の広さに相当する貿易エリア、南東部。

そこの中心であるモンペルグの治安維持を国から委託されている魔法傭兵団マズール・ポーン、略して”魔ッポ”の巡回治安保持団員だ。


6か月の訓練課程を終え、ファーレンの玄関と呼ばれるモンペルグ巡回治安保持部第一係に配属された。

童顔ゆえに舐められることが多く苦労している。

以前ちがった仕事での実績を持ってスカウトされた中途採用なので、キャリアのスタートは通常の二階級上、係長補佐で始まった。



「これって娼館から訴えのあった下着ドロボウの犯人ですかね?」


違います、とおじさんから抗議の声が上がるがスルーする。

数時間前に娼館の主人であるメリダさんから話を聞いて調書を書いたのは僕だ。

繁華街担当のよその係に回すか、うちの窃盗班に回すか悩んでいたところだった。


なんでも、ここ二週間ほど娼館で働く女性たちの下着が洗濯する前に数点消えていたというのだ。

お仕事上、女性たちがお得意様にお気に入りの合図(こっそりローブのポケットに入れられたならば妻帯者にとっては時限爆弾だ)として渡すこともあるらしい。

しかしほとんどその報告もないため、あら、変ねぇ。困ったわねぇ。と仕事終わりの日が昇る頃、香水とタバコの香りを連れて詰所に相談しに来た。

先輩たちが代わるがわる話を聞きに来ては、すごい、やばい、エロい、おっぱい、と彼女と過ごしたアツい一夜の思い出を貧弱な語彙で語っていってくれた。

どうやら恋人のできにくい僕らの職場では御用達の娼館のようだ。


「十中八九そうだろ。俺も下着だけで満足できる想像力を持って生まれたかったよ。エコだよね」

「はは。そうですね、って先輩それ女性団員の前で言わないでくださいね。絶対騒ぎになりますよ。セクハラだなんだって」

「女性団員なんていたっけ……?」

「そういうとこですよ」


メスゴリラの前じゃ言わねぇよ、とへらへら笑う先輩はヘイゼル・デルーマン巡回治安保持部第一係長。

階級としては僕の一つ上、年齢はみっつほど上になる。

刈り上げられた短髪は光の角度によっては赤く見える。

真っ赤な僕らの制服もあいまって全身から「私は危険ですよー!」と信号を発しているかのようだ。

背も高く岩のようにがっしりした体系がまた周囲に威圧感を与える要因の一つとなっている。

産まれも育ちもモンペルグ。ちゃきちゃきのモンペっ子だ。

治安保持ひとすじの現場主義で、その経験から教わることも多い。


僕らの第一係は盗み、詐欺、事故、殺し、薬物など諸々の取り締まりを行う所謂なんでも屋だ。


「な?お前、やっぱ当たりだっただろ。俺らの制服がなんでこんな目立つ色か考えろよ」


デルーマン先輩が、ふん、と鼻を鳴らし小言を漏らす。


「赤は危険だ悪い子止まれ、ですね」


なんともダサい標語だが実際に自然界において赤は危険を示す色らしい。

確かに実家によく出没した大きな蜂も目が覚めるような赤い色をしていた。

悪い子、というには大きく育ちすぎたお友達ばかり追いかけている。

ダサいうえに的外れな、いかにも現場を知らないおじさんが考えた標語だ。


「そうだ。この目立つ服を見てどんな顔をするか、どんな仕草をするかちゃんと見とけ。おまえの目は確かにすごいけど、記憶以外もしっかり見ないとな」


はい…。と神妙な顔でアドバイスを受ける。

しかしこの先輩はもともと身体能力がずば抜けていることに加えて、身体強化の魔法によって視力が異常に良い。

本人がしばしば言う、本気出せばとなりの街まで見える、はさすがに誇張が過ぎるだろうがその目の良さに驚かされることは多い。

今回の不審者もかなり離れた位置から捉えていて、僕には全く見えていなかった。

どこへ向かって走り出すかは伝えてから動いてほしいが、素直に凄いな、と感心してしまう。


「はぁ。俺たちゃ下着ドロ捕まえたくて巡回してたわけじゃないんだけどなぁ」


まぁ頑張んな、と一言添えた後、愚痴をつぶやく。

いつのまに買ったのか木でできたコップ(中身はお茶だと信じたい)を片手にタバコに魔法で火を点ける。


「だから!本当に私が買ったものですよ!」

「はいはい、あとは詰所で聞くからまっすぐ歩いてねー」


被疑者が反論するが、それも空しく簡単にあしらわれてしまう。


「そうですね。ここのところ事件性の高い通報が多いですし、中には寝タ・バ・コの火事かと思いきや放火の可能性のある事案もあったみたいですよ」


ちくり、と歩きタバコに対する嫌味を刺す。


「あぁ、昨日の?毎年この時期はそうだけど嫌な空気だよな。事件重なってさ。でも放火の件、誰に聞いたのよ?」


うへ、と舌を出しつつも吸うのをやめない先輩も放火の件は気になったようだ。


「救護部のアンネ先輩です。救助された女性が相当酔ってたみたいできっと私の寝タバコが、と漏らしていたらしいですけど実際はタバコの痕跡はなかったそうです。魔力痕も無いから捜査の方針も決まらないわよって嘆いてました」


あぁ、アイツか、と言ってタバコをまた火の魔法で灰も出ないほどの高温で燃やし尽くした。

んー、と疲れたように空を仰ぎ、先輩は大きく体を伸ばした。


「火事ねぇ。後で報告書、確認しとくわ」


あくびをする先輩と、不審者を挟む形で連行する僕。

長雨が続くぐずついた『涙』の季節が明け、暑く乾燥した『日』の季節に入ったばかりだった。

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