第3話 司祭カドルホス
「あ、あの……」
「人ぉ?! びっくりした……あんたこんな藪の中で何してるの?!」
男は少し怒った様子で聞いてくる。なんて言えばいいんだ? 男の右手には斧がある。いきなり襲われるようなことはなさそうだが、友好的な雰囲気ではない。
「ちょっと……ご飯を食べてました」
「ご飯? まぁいいけど……それよりこんな所に入っちゃだめだよ。ほら」
と、男は左手で洞窟を指し示す。
「ここ、有名な物見の洞なんだよ。一般の人がこの森に入ったら駄目なんですよ。神聖な場所なんですから。それにしても……」
男が俺の頭から足元までをじろじろと見ている。お返しじゃないが俺もこの人をまじまじと見る。背は俺より低い。165cmくらいだろうか。髪は白髪交じりの茶色、肌は白く目は青い。体つきはがっしりしている。
「変わった服だね。靴どうしたの?」
「実は……」
異世界から来たんです。と言っても通じるだろうか。頭のおかしい奴だと思われても困る。もう少し無難な説明にしておこう。
「俺、気が付いたらこの洞窟に倒れてたんです。何も覚えてなくて……靴も履いてなかったんです」
「えっ! 倒れてたの? 怪我とか大丈夫?」
男が心配するような目で俺を見る。どうやら悪い人ではなさそうだ。
「怪我は無いんですが……何も思い出せなくて、どうすればいいのか途方に暮れてたんです。助けてもらえないでしょうか」
「物盗り……? でもこんな所だしな。殴られて記憶がなくなったの?」
「それも分かりません。目が覚めたらここにいて、それ以前のことは思い出せないんです」
「そうか……そりゃ大変だ。参ったな。柴刈りしてる場合じゃないや」
男は右手の斧を腰のケースに仕舞う。見ると他にも道具を持っているが、どうやら木こりか何かのようだ。そういえば周囲の木は、ちゃんと枝打ちされている。この人が手入れしているのかもしれない。
「ちょっとついてきてくれる? 司祭様がいるから、力になってくれるよ」
そう言い、男は森へと続く道を進んでいく。俺もついていく。裸足なのでちょっと痛いが、歩けないほどではない。
「記憶がないんじゃ困ったね。見る限りその服も……ちょっと分からないな。この辺の人じゃなさそうだけど」
男が歩きながら話しかけてくる。少しお爺さんっぽい外見だが、歩くのは早い。見た目より若いのかもしれない。
「近くにある町の名前は何ですか?」
何かわかるかもしれないと思い聞いてみる。
「町? 町でいうとヒッケンだね。一番近いのはカルドの村だけど。この森の下にあるんだよ。司祭様は森の入り口の所に住んでる」
ヒッケン。カルド。日本でないことは確かだ。じゃあどこかの国かというと、そこまでは分からない。
(ちょっと待て……何で日本語で喋ってるんだ?)
男の見た目は日本人ではない。白人で外国人のように見える。しかし喋っているのは日本語だ。ヒッケンだのカルドだのいう町の名前の割に思い切り日本語をしゃべっている。
(たまたま日本語をしゃべる外国……いや、異世界? なんて都合がいいんだ)
そういうものか。そういうものかも知れない。
「何にも覚えてないの? 自分の名前とか、住んでた町とか」
「名前は蓮田倫太郎です。町は……覚えてないです」
「ハス、ハスリン……えっ、ごめん。何だって」
うっかりそのまま名乗ってしまった。日本人の名前では通じないのかもしれない。しかし、今更変えるわけにもいかない。
「はすだ、りんたろう、です」
「ハッスダ、リンタール……ほう、あんまり聞かない名前だな。あ」
男が歩きながらこちらを向く。
「名乗るのが遅れたね。私はハインツ・グビラだ。この森の管理と司祭様の手伝いをしている者だ。よろしく、リンタール」
「よろしくお願いします。グビラさん」
「うむ。もうじきだよ、修道院は」
しばらくすると木々がなくなり視界が開ける。眼下には森と、町らしきものも見える。あれがヒッケンかクルドだろうか。
「あそこに見えるのがヒッケンだよ。交易してるから結構栄えてる。クルド産の木材なんかは結構高く売れるんだ」
「はあ……」
町の規模はどのくらいだろうか。数百は家屋が立ち並び、五方向へと太い道が伸びている。真ん中には大きな屋敷のようなものも見える。
「真ん中の大きい奴は……町長さんの家ですか?」
「あれ? はははは、そりゃいい。町長の家とはね。あれは議事堂だよ。町議会の建物さ。町長の家は……ここからじゃわからないな。何か見覚えはあるかい?」
「いえ、見覚えはありません。すいません」
「謝ることはないさ。さ、修道院はこっち。扉の前で待っててくれ、ちょっと呼んでくる!」
グビラさんは軽快な足取りで走っていく。年齢を感じさせない動きだ。日頃からよく体を動かしているのだろう。
グビラさんの走り去った方へ歩くと、平屋の建物があった。壁は白く屋根は黒い。質実剛健という感じだ。
建物の前に来たので、ドアの隣で立って待つことにした。
ひとまずいい人に出会ったようでよかった。修道院というのも、きっと慈悲深い人たちがいる場所だろう。何教だろう。キリスト教か。キリスト教と言っても色々宗派があるはずだが、そもそもここは異世界のようだし、何教かなんて分からなさそうだ。
そう。ここは異世界。多分間違いない。俺は……異世界に来てしまった。
3Dカーソルを呼び出す。立方体を追加……目の前には白い立方体が浮かんでいる。この力も、現実に俺に備わっている力のようだ。
戯れに立方体を変形させる。1cm程に小さくして、四つの辺をそれぞれ押し出して十字の形にする。長さを調整して、これで十字架だ。この世界で信仰の象徴となっているものは何だろうか。
この世界に神がいるのなら、一体俺に何を作らせようというのか。
空を見上げて呆けていると、ドタドタと内側から音が聞こえてきた。
「ええ、何せ変わった格好をしててですね、肌の色も随分違うんです! 本当にどっから来たんですかね?」
グビラさんの声が聞こえ、ドアが開く。
「いたいた。司祭様、この方です。ハッスダ・リンタールさん」
「ほう、この方」
グビラさんと一緒に出てきたのは青い服を着た人だった。服に袖はあるが、足の方はスカートのように一枚になっていた。だが裾から覗く足を見る限り、内側に白いズボンを履いているようだ。首の周りには円形の広い襟がついている。背は俺よりも高いが、体型はほっそりしていた。グビラさんと正反対といった感じだ。
「リンタールさん。私はクルド修道院の修道僧、イサック・カドルホスです」
「蓮田……ハッスダ・リンタールです」
もう面倒だからハッスダでいいや。そう思って名乗った。
「何でも……洞の前で倒れていて記憶が無いと? お体は大丈夫ですか」
「はい。怪我はありません」
「いや、こんなことが起きるとは……とりあえず中へどうぞ。グビラ、足桶を」
「はい、ただいま」
カドルホスさんに促され中に入る。そこは5mかける10m程の部屋だった。長机が二つ並んでいて、椅子が十個くらい並んでいる。奥の壁の高いところには五芒星が飾ってあった。白い壁には六ケ所蝋燭台がある。窓が二つあるが、他に装飾品などはなかった。簡素な部屋だった。電化製品も見当たらない。
「おかけください。水を飲まれますか?」
「はい……お願いします」
そういえば喉が渇いていた。カドルホスさんは奥のドアから出ていき、俺は椅子に腰かけた。
机を見るとインクの跡がそこかしこにある。ここは物書きに使う部屋だろうか。修道院というくらいだから、写経でもしているのだろうか。それは仏教か。
しかし、あの壁に飾っている五芒星を見る限りでは、俺の知る宗教ではなさそうだ。異世界なのだから、まあ当然だろう。
待っている間、俺は五芒星を作ってみることにした。
どう作るか。五芒星は五か所とがっていて、へこんでいる所も五か所。つまり角は十か所だ。円柱で造ってみよう。
円柱を追加。角を十に変更。まず手のひらくらいの大きさにして、厚みを1cmくらいに。一つ飛ばしで角を選択して、Sで大きくする。……このくらいの大きさでいいだろう。20cmくらいの星だ。これに内接するリングを作る。
円を追加。Fでフィルして閉じる。Iで面を差し込んで二重丸にする。真ん中のフィルした面を消して、これで細いリングになる。角ばっているのでサブディビジョンサーフェス。これで滑らかなリングになった。あとは黄色く着色して……これで完成。
あの壁に飾っているのと同じだ。あの材質は何だろう? まさか金か? 金メッキ? 真鍮かもしれない。
レンダリングすれば分かるか。ポチッ。あっ。
手の中に五芒星が落ちてきた。しまった。うっかりレンダリングしてしまった。見られたら……どうなる? 怪しまれるか。盗んだと思われるかもしれない。
「お待たせしました」
カドルホスさんの声がして、ドアが開く。お盆と水差しを持っている。その後ろにグビラさんがいて、湯気の上がる桶を持っていた。
「足を洗いましょう。お話はそのあとで……ん? それは?」
カドルホスさんが俺の持っている五芒星に気付いた。まずい。なんて説明すればいいんだ。
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