日常



 居酒屋のテーブル席。角に設置されているテレビを見ると、ブレイジャーズのレッドがボロボロな姿でヒーローインタビューを受けていた。


「アスモデウス!? 僕が戦っていたのは違う怪人だった!」


 アナウンサーの女の人が「ブレイレッドは壮絶な戦いの末に記憶が錯乱しています」と、インタビューをしめていた。


 キラとルナもテレビには映っていたが、最終的にはブレイレッドの手柄にしたみたいだ。


 アスモデウスと戦った日から次の日まで、愛華がずっと抱きついて離してくれなかったと記憶している。この一件から愛華は一週間経っても、俺に毎日会いに来るという徹底ぶりに惚気けてしまう。


 居酒屋の扉がガララと開くと、キツ姉さんが入ってきた。


「おぉもう来てたんか」


「はい、誘っていて俺がキツ姉さんを待たせたら悪いので」


「そうかそうか」


「来ないんじゃないかなと思ってました」


 キツ姉さんはスマホを持ってない。キツ姉さんに連絡したい時は、基本的にモモ姉さんに連絡をとることになっている。

 モモ姉さんも「最近会ってないから、約束の日にメイが来なかったらごめんなさいね」と言っていたぐらいだ。


「珍しく勇坊が誘ってきたのに、わちきが来んわけないやろ」


 今日はキツ姉さんを呼んで、居酒屋を貸し切っている。キツ姉さんは俺の隣に座って、先に頼んでいた料理を箸で摘んでいた。


「酒つぎますね」


「いいんか?」


「はい、もうどうせ後輩しか来ないんで」


「じゃあそこのでっかい盃にも酒を入れんとな。どうせそこの席はダルマジロンやろ」


 キツ姉さんの視線の先には大きい盃が一つ、小さな盃が二つ並んでいる。


「いや、その盃につぐ酒は決まっているので」


「そうか。じゃ先にいただいていいか」


「どうぞどうぞ」


 俺はキツ姉さんが持っていたおちょこに日本酒を注いでいく。ガララと店の扉が開き、岡村が疲れた顔をしながら入ってきた。


 岡村はキツ姉さんの姿にビクッと驚き、姿勢を正して「お疲れ様です」と会釈した。キツ姉さんは「そんなんいらんよ」と軽く微笑んで流していた。


「勇先輩、酒屋を八件回って、やっとあったんですからね」


 俺と対面して座った岡村は、肩に背負っていた大きいひょうたんをテーブルに置いた。


「さすが岡村だ! ありがとな」


「……感謝とか、別にいいですけど」


 顔を赤らめた岡村。俺に褒められて照れてるな、可愛い奴め。


「それよりダルマ酒を僕に頼んだって言うことは」


「あぁもう居るぞ」


「そうですか」


 岡村は「お疲れ様です」と小さく呟く。俺や、キツ姉さんに言ったんじゃないことは分かった。俺はテーブルに置かれたダルマ酒を持ち、三つの盃に入れた。ダルマジロン先輩、奥さん、息子さんの順で。


「疲れたんで僕は沢山食べますよ」


「食え食え、わちきの奢りや。勇坊も沢山食べんと、この世から消えてなくなるんじゃないんか、随分と無茶したみたいやしな」


「どういうことですか? 勇先輩」


 キツ姉さんの言葉を聞いて、岡村が立ち上がり、前のめりで詰めてくる。


 俺は岡村を「まぁまぁ」と抑えつつ、昔あった組織『七つの大罪』の一柱を倒したことを話した。




「僕よりも勇先輩が食べてください!」


 俺の目の前にあった皿は、岡村の手によって大盛りにされてしまった。さらに岡村は次の料理も頼んでいた。愛華も岡村も、俺を限界まで食わせようとする。俺を太らせてどうするつもりなんだ。


「俺、……」


 岡村の涙ぐむ目を見て、『こんなに食べきれないぞ』という言葉が出てこなかった。


「まぁこんな無茶、次から止めることやな」


 キツ姉さんは唐揚げを箸で持ち、フゥフゥと口で冷ます。そしてグイッと俺の口元に持ってくる。


「な、なんですかこれ?」


「あ〜んや、わちきも心配したんやからな。この妖狐メイに心配させて、今日は朝まで食わすからな」


「マジですか」


 キツ姉さんからの唐揚げをありがたく、あ〜んして受け取り、美味い! と咀嚼しながら、『朝まで俺の腹が爆発しないように』と願った。



 俺と岡村のジュースも来て、皆んなで乾杯をした。


 いつもの居酒屋の景色。


 不思議なことは起きない。


「よし今日は食べるか! 料理じゃんじゃん持ってきてください! 今日は朝まで付き合ってもらいますよ!」


 今日は馬鹿馬鹿しい大きな笑い声は聞こえてこない。


 でもそれでも、『おい、どうしたんや相談乗るぞ』と、そう言って、笑顔で俺の背中を叩くダルマジロン先輩の姿が想像出来た。



「これも約束ですからね」



 今宵の宴は、まだ始まったばっかりだ。








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