諦めた先の



 僕は食べ過ぎたと腹をさする。


「いっぱい食べたよ~」


「僕もこんなに食べたのはいつぶりだろ」


「瞬さん普段は少食なの? 男の人は沢山食べるんじゃないの?」


「それは偏見」


 彼女が笑えば、僕も自然と笑みがこぼれる。「へ~」と声に出す彼女に正しい知識を入れたところで。


「僕、もう帰るよ」


「え? もう帰るの?」


「うん、君と会えて良かった。凄く元気出たよ、ありがとう。君もお姉さんの所に行っておいで、僕のことはもう大丈夫だから」



 そう、僕はもう大丈夫。



 彼女は僕の顔をマジマジ見つめた。


 数秒間見つめると満足したのか、ゆっくりと頷いて。


「それなら」


 隣にいた彼女が急に走り出し、クルンと回って、大きく手を振ってきた。


「バイバイだね」


 大きな声を出して別れの挨拶をする彼女に、僕も「またね」と、別れの言葉を口にする。


 僕と反対方向に駆け出した彼女を見て、僕は出入口のゲートへと歩き始める。



「陽葵ちゃんか」


 口に出して、今日のことを忘れないように、記憶するように名前を刻む。


「また会えるかな」


 そう言葉にした時に、シャツが後ろに引かれる。


 首が締まる感覚を覚え、歩くのを止めて視線を後ろの方にやった。


「えとね、えとね」


 そこには僕のシャツを摘んでいる陽葵ちゃんの姿があった。


「ん?」


 陽葵ちゃんは頬を真っ赤に染めて、目を合わせてくれない。僕は右手でシャツの拘束を解いて、陽葵ちゃんと向かい合う。


「どうしたの?」


「……」


 陽葵ちゃんの開け閉めする口は言葉を発さない。


 だが、口を引き絞って、目を閉じる。


「連絡先を教えて欲しいな! って、思ったの……」


 陽葵ちゃんの少し大きかった言葉は段々と小さくなる。


 僕に連絡先を聞く、そんなことでこんなに可愛くなるのか。


 僕は、フッと軽く吹き出してしまった。


「いいよ」


「ほんとに!」


 僕が了承すると、陽葵ちゃんはパァっと笑顔になった。


「うん」


「ほんとにほんと?」


 大きな目を更に大きくして、僕の目を見つめる。その目は真っ直ぐで、僕の心を揺さぶる。


「ホントにホントだよ」


 僕がスマホをズボンのポケットから出すと、すぐに陽葵ちゃんもカバンからスマホを取り出した。メッセージを開いて、お互いの連絡先を交換する。


「よし、これでおっけー。陽葵、男の人に連絡先を聞くのが初めてすぎて、すっごく緊張したよ」


 まだ頬が赤い陽葵ちゃんは、手をうちわにして、パタパタと扇いでいる。


「これで瞬さんとはまたすぐにでも会えるね」


「そうだね」


「……」


「……」


 見つめ合っているのが恥かしくなって、お互いにスっと目線を逸らす。


「えぇと、じゃ僕は帰るよ」


「そ、そうだね。また、ね」








『キャーーー!!!』



 小さく手を振り、二度目の別れをしている最中に、どこからか甲高い悲鳴が聞こえてきた。


 僕は周りを見渡し、状況を確認する。


 すぐ違和感には気づいた。


「あれはッ!」


 遊園地の出入口ゲート、そこにはダルマのような怪人がいた。



 僕が見たことのない怪人。


 この辺りで悪さをしている怪人なのか?


 怪人の大きな身長ではゲートに入り切らない。


 それは怪人も分かっているだろう。


 怪人は出入口のゲートを睨みながら、丸太のような腕を振りかぶる。


「待ってくれよ! 今、そんなことしたらッ!」



 僕は周りを見渡し、怪人から逃げていく人々を見る。



「僕は、やっと、やっと、またヒーローがやれると思ってたんだ」


 ブンッ! と、怪人の腕が振られた音と、結構離れているのにも関わらず物凄い勢いの風が僕を襲う。


「なのに」



 また僕の前で、人が死ぬのか……。



「僕じゃ、この人たちを守りきれない」



 ゲートは崩れ、ゲートだった瓦礫は発泡スチロールのように吹き飛ばされた。


 瓦礫は人々の上に降り注ぐ。



 数秒先の未来を見て、僕は膝をつく。




 ごめん。


 ごめん。


 ごめん。


 ごめん。




「瞬さん逃げて」


「え……?」



「ここは陽葵の出番でしょ」




 振り向くと、僕の視線の先には、


 太陽のように明るく笑う、


 ヒーローがいた。







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