邪な想いの強さ

◇◇◇◇



 正義マン。目の前にいる魔法少女はこの瞬間瞬間にも強くなっていく。魔法少女になってから経験したこと、その全てを力に変える。

 

 試練を乗り越えたり、トラウマを克服したり、不仲な仲間と仲良くなったり、嫌いな食べ物を食べれるようになったり、横断歩道を渡る時に、全部青信号でラッキーだったり、コンビニの新商品が美味しかったり。


 他人から見れば何気ないどうでもいいことを魔法少女は力にする。自分にとっての大切な経験で魔法少女は強くなる。


 怪人は魔法少女とは違い、悪の力と悪の力を混ぜ合わせることで着実に強くなる。


 キツ姉さんが言っていた、俺には純粋な魔法少女の力が備わっていると。そうしたら俺も魔法少女みたいに経験を力に変えれるんだろうか? それはないだろうなと思い、思考を現実に切り替える。



 俺と同じようなバイトの雑魚敵を三分の一まで減らした所で、キラは人造人間増田先輩に捕まった。


 太陽の魔法少女キラは、『太陽の光りを身体に纏わせて光速で走る』と言った方法での攻撃しか持ってなかった。最近魔法少女になったんだから当然だ。


 やっぱり正義の力がいくら強くても、正義マンになってからの経験が浅い。そして怪人との戦闘経験も浅い。


 怪人が待ち受けているところに無策で突っ込むか? 罠すらも警戒していなかった。この河川敷を覆うように無色化しているスライムが地面に張り巡らされている。その無色化していたスライムにキラは捕まってしまった。


 目の前には、手足を拘束されたオレンジ髪の魔法少女。


 もうちょっと魔法少女になってからの経験値を貯めていれば、太陽の光りを走らなくても全身に纏えるぐらいの技は習得できたはずだ。


 習得していたら人造人間増田先輩の触手に拘束されることもなかった。


 たぶん今のキラは止まった状態で太陽の光りを纏えば、自分がダメージを受けるんだろう。


 太陽の光りを操る魔法少女なんて強いに決まっている。でも強すぎる力は、制御する力も持ち合わせていないと役に立たない。



 キラは人造人間増田先輩を親の仇のように睨んでいる。


「人造人間増田! お前だけは! お前だけはッ! 陽葵が絶対に殺してやる! このッ離せ! 離……ングッ!」


 キラは人造人間増田先輩に怒声を浴びせながら、パッ! パッ! と腕や足を発光させ、触手が焼かれる。だが、拘束は解かれない。発光とともにキラの腕や足が焼けていくのが、お構い無しに発光している。


 怖い。


 魔法少女キラは、口に触手を入れられて、声を発することも封じられた。


 陽葵? 変身前の名前か?



「人造人間増田先輩、この魔法少女に何をしたんですか? キラとは今日初対面ですよね」


 小声で人造人間増田先輩に聞く。


「毎日女の子の敵になることしかやってないから、怒りを買うことが沢山ありすぎて、逆にわかんない」


 変態な人造人間増田先輩は日常生活でも事案になることしかやっていない。昨日も人造人間増田先輩から『満員電車で揉まれに行く』と、メッセージが来て、一時間後には『今日も満足だった。満員電車サイコー!』のメッセージとともに写真が送られてきた。


 その写真は人造人間増田先輩のピースしているだけの何の変哲もな……けどよく見ると、後ろから何十人もの女の人に追いかけられている場面の写真だった。


 その写真ですら魔法少女に変身して追いかけている女の人が数名いた。



 う〜ん、と悩んでいた人造人間増田先輩は何も思ったのか、ねちゃりと手を叩く。


「もうわかんない。勇もいるし、久しぶり服でも溶かすか」


 なんでそうなった。



 でも服を溶かすと聞いた瞬間から、倒れていた雑魚敵も起き上がった。


 雑魚敵たちの中には血を吐いている奴もいた。早く転移して病院に行かないとヤバいんじゃないのかと思う。


「おい、お前ヤバいんじゃないのか?」


 俺はすぐ近くに居た血を吐いてよろめく雑魚敵に肩をかした。


 取り出していた転移石を雑魚敵に渡そうとしたが、首を横に振って拒否される。


「お前ら早く転移して病院に行けや」


 キーキーと言っている場合じゃない、雑魚敵たちに聞こえるように大声で言った。


「ふっ、俺はここから一歩を動かねぇ!」


「俺はまだやれるぜ!」


「ここで倒れるわけにはいかないね!」


 いつもはかすり傷程度でもすぐに転移して病院に駆け込むヤツらだ。俺には同じヤツらとは思えなかった。


 なにがコイツらを駆り立てるんだろうか。そんなの分かりきっている。魔法少女の裸が見たいんだろう。さすがバイトでも悪の組織の連中だ。邪な想いの強さが違う。


 血を吐いても立っているヤツらは、この場で死んでも、心残りはないという潔い顔をしている。俺はコイツらへの心配を切り捨てて、肩を貸すのをやめた。


「キーキー! キーキー!」


 キーキーと言いながら俺は仕事に戻った。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る