切っ掛け
僕の前には二階建ての家ぐらいの身長で、鼻が長い二足歩行の怪人がいる。
「ブレイジャーズ、やっと来たゾウな」
「また現れたなゾウゾ・ウーク。今日こそ倒してやる」
僕たちは横一列に隊列を組む。
ゾウゾウゾウゾウ、と声に出して笑っているゾウゾ・ウーク。
「ブレイレッド、それはこちらの台詞ゾウな。今日こそお前たちを倒しに来たゾウ!」
ゾウゾ・ウークは巨体なのに、逃げ足が早くて毎回取り逃がしていた。けど、今日こそは! と、長剣を握る手に力が入る。
「ねぇゾウさん」
ブレイイエローが隊列を乱して、一人で前に出る。
「俺はゾウさんじゃないゾウ! ゾウゾ・ウークだ」
ゾウゾ・ウークの見た目は、赤いマントを羽織っただけの二足歩行の象だ。
「なんで今日だったのかな、しかもこんな場所で」
今日は日曜日で、この場所は遊園地。ブレイイエロー、紅葉が楽しみにしていたデートの日だ。もちろん僕も楽しみにしていた。
怪人を倒しても、今日はもう休園だろう。
悪の組織の怪人が出たことで、見える範囲に人は居ない。
だが、遠くの方で、まだ逃げてる人の悲鳴が聞こえる。
「ん? 悪の組織としては、人が多くいる所に出現するのは、むしろ普通なんじゃないゾウか?」
取って付けたような語尾のゾウが気になるが、可愛らしく顎に手をやり、小首を傾げたゾウゾ・ウークにイラッときた。
それは紅葉も同じだったようで、ブレイイエローの後ろ姿からは、殺気が滲み出ている。
殺伐とした空気の中、キーキーとしか言わない雑魚敵は、後ろのメリーゴーランドに乗って、ワイワイと楽しそうな声を出している。
「「「「「「「キーキーーーー!!!!」」」」」」」
と、キーキーとしか言わない絶叫に、視線を飛ばして見れば、雑魚敵がジェットコースターを満喫していた。
その雑魚敵の楽しそうな声を聞いてか、更にブレイイエローからは、目で見えるほどの闘気が全身から放出され、炎のように立ち上る。
ブレイイエローの刀はまだ鞘から抜かれていない。鞘に付いている闘気を吸収するメーターがピン、ピン、ピンと溜まっていく。
身体から放出される闘気は刀に吸われても、全然減らずに、ますます大きくなっていく。
「そんなマジにならなくてもいいゾウな。女の子は怒ると将来シワが増えるゾウ」
ブレイイエローの方から、プツッ! と何かが切れる音がした。
ピン、ピン、ピーーーー。
「いくよ、睡蓮ちゃん」
睡蓮ちゃんは、紅葉が可愛がっている愛刀の名前だ。
ビリィィイイイ!!!
刀の名前を言った瞬間に、鞘のメーターが振り切れる。左手に持った鞘から白く輝く刀身が覗く。
鞘を左側の腰に持ってくと、右手を軽く刀の柄に乗せた。
『
その瞬間にブレイイエローの刀が、左下から右上の空を斬る。
斬った所からビキッ! と世界がズレる。
この技は刀を鞘に仕舞うのまでが技だという。何度も見て、知っているから僕は目で追えていたが、ブレイレッドに変身しないと目で追うことすら出来ない。本当に刀を極めた技だと思う。
紅葉がブレイドルドを始めたキッカケになった技だ。僕たち世代の神童と謳われた人物の技。
カシャリとブレイイエローの刀が鞘に戻ると、ズレていた世界が戻る。
そして。
「ゾ、ゾウッ!」
ゾウゾ・ウークの身体は、斜めに上と下にズレたまま、世界から置き去りにされた。
「次に生まれ変わったら、悪いことはしちゃダメだよ」
「ブレイジャーズ! 許さないゾウゥゥウウウウウ!」
バンッバンッ! と、ゾウゾ・ウークの身体が爆発した。
まだ終わりじゃない。
飛散した死体に紫色の花が咲いていないか探す。
何処を見ても紫色の花はない。
「ふぅ、今日は無いみたいだな」
紫色の花が無かったことに安堵し、ゾウゾ・ウークだった身体は、サラサラと黒い砂になった。
キーキーと言うだけだった雑魚敵は、散り散りになって撤退した。
一人でゾウゾ・ウークを倒したブレイイエローは変身を解く。
「ごめんなさい!」
紅葉は僕たちの方に振り向き、やっと冷静になったのか頭を下げてきた。
もし紫色の花が咲いていたら、ゾウゾ・ウークは巨大化して、この遊園地は無くなっていただろう。
隠れている一般人も居るかもしれない、だから遊園地で巨大化して貰っては困るんだ。
倒すのなら紅葉は、一般人が確実に居ない所に誘導しないといけなかった。
ブレイブルーは変身を解く、達也は爽やかな笑顔で歯を見せる。
「よし、俺が許す! 次からはって……紅葉には無理か。まぁ、終わりよければすべてよしだ」
ブレイピンクは変身を解く、達也とは打って変わって、美希は眉を釣りあげて、顔を怒りに染めていた。
「許さないとか、許すとか、そういう問題ではないのです。分かっているのですか? 紅葉は周りが見えなくなって、一般人を危険に晒したのですよ」
「ごめんなさい」
僕も変身を解くと、再度紅葉は謝罪の言葉を言う。
誰も言葉を発さないで数分経った。
その重苦しい雰囲気のなかブレイグリーンは手を上げる。
「ワテ、握手会があるので失礼するでござる」
くるっと回って、入場口へ歩き出す。
「あぁ、許す許さないだったら、『ワテは許す』でカウントよろしく」
手の甲を肩の上で左右に振り、ブレイグリーンも変身を解いて、アイドルの握手会に向かって行った。
「ウィルは相変わらずだな」
僕はそう言うと、ふっ、と笑う。
「紅葉の周りが見えなくて無茶するのは毎度のことだ。それで助かったこともあった。今回はそれが悪い方に働いただけ」
「それはそうですけど」
美希も少し言い過ぎたと思ってるらしく、眉を下げて顔に影を落とした。レッドとして、ここは落とし所を用意してあげようか。
「なんでウェルがいたか分かんないけど、どうせ僕たちのデートを見守ってたんでしょ」
僕と紅葉は遊園地に行くと言っていたから分かるけど、一分で全員集合は都合が良すぎる。
「え? ミキちゃん見守ってたの?」
紅葉が美希に詰め寄ると。
「え? な、な、なんのことでしょう」
「な、な、なんのことかな?」
美希と、詰められていない達也まで焦り出した。
そこでピンポンパンポーン! とアナウンスが鳴る。
『ブレイジャーズが悪の怪人を倒しましたので、点検したのち、昼から営業を再開します。繰り返しま……』
ウィルが伝えたのかな? よく気が利く。ここで見る限り、破損は見当たらない、そんなこともウィルのことだから運営に伝えただろうな。しかも悪の怪人を素早く退治したことで、休園も免れた。
「これは紅葉のおかげってことで」
僕はアナウンスしているスピーカーを指差して、落とし所を作ってやる。
「まぁそうですわね」
「ミキちゃぁぁぁん」
美希が怒りを飲み込んでくれると、紅葉が涙を流しながら美希に抱きつく。
「達也と美希は僕たちを監視していた罪で、今日1日は僕たちに付き合ってよ」
「でもわたくしたちは瞬と紅葉のデートを邪魔したくは」
「僕は美少女2人とデートが出来るんだ。どうせ紅葉は美希から離れないと思うし」
美希は困ったように、抱きつく紅葉の頭を撫でている。
「俺もその美少女2人のデートに参加してもよろしいので?」
「あぁ達也が居ないと、男からの嫉妬の目が痛くてデートを楽しめない」
「くはぁ、俺はお前とっちゃ視線の盾かよ」
達也は顔に手を置き、不機嫌な低い声を出す。
「でも達也なら」
「そう! 俺ならその盾の役、完璧に演じてみせましょう!」
顔の手を振り払って、その手のひらを心臓に持っていく。
「そう言うと思ったよ」
僕が手を出すと、達也も僕の手を握る。
「バカ2人。紅葉いこ」
「うん」
僕の横にいた紅葉と美希は、僕と達也を置いて歩き出した。
「ちょっ、ちょっと待って」
「おい、置いて行くな」
僕と達也は置いて行かれないように、紅葉と美希を追った。
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