白い炎を纏う


 イケメン君は臨戦態勢を取っている。


 そう俺が一般人だった事を、コイツは知っている。それが白い炎なんか出したら警戒するのが普通で。


 まずこの世界で怪人は珍しくもなんともない、生まれついての怪人は沢山いる。がだ、俺は一般人だった。それが人生の途中から怪人になったというところが問題だ。


 後天的に怪人になる事はない。その一般的な知識があれば、警戒レベルは格段に跳ね上がるだろう。


 だって、一般人が怪人になるには正義と悪のどちらかの力が必要なのだから、簡単に怪人になる方法をこの世界の誰もが知っている。


「見損なったよ」


 イケメン君は何も持っていない左手を顔の前まで持ってくる。そして手を頭上から顎の下までスライドさせた。その瞬間にキンっ! と何処からか音が鳴ると、イケメン君は戦隊ヒーローのマスクをいつの間にか被っていた。


 イケメン君の身体が制服から赤のスーツに変わると、頭上に赤色の鮮やかな光りが現れて、その光りが渦巻く。その中から肩、胴、手足のプロテクターが放出され、イケメン君の身体に装着された。


 プロテクターを出し終わると光りは消えて、ピシャンッ! と音が鳴り、変身は完了した。


 イケメン君が目の前に拳を掲げると、ピリピリとした殺気が俺の全身を通り過ぎる。


「真っ赤な情熱の炎は悪に染まらず、誰もが悪に理不尽に傷つかないために力を振るう。この僕が正義の味方であるために!!! 闘志の戦士ブレイレッド!」


 口上を述べたイケメン君の周りには綺麗な赤色と黄色のエフェクトが舞っていた。


 長剣を両手に持って、準備万端という感じが伝わってくる。

 

 イケメン君は正義を執行しようとしている。


 そりゃそうだ。一般人が怪人になるためには悪の組織に入るしかないんだから。


 俺は左手の白い炎に右手を突っ込み、刀を取り出した。その刀は白い炎を纏っている。左手で刀身を白い炎と共に掴み、腰の位置まで持ってくる。


 右足を前に出し、それとなく力を溜める。


 俺の構えは終わったが、両者動かない。



 息もできない程の空気に押されてか、制服と肌が擦り合わせる音すらも聞こえない。無音が広がる。


 数十秒、いや数秒にも満たない時間だったかも知れない。

 


 誰かの唾を呑むゴクリという音が聞こえてきた。


 それを合図に刀を抜くと、メカメカしい剣が刀の軌道上に入ってくる。


 イケメン君は流石に変身しただけはある、さっきまで反応出来なかった刀に反応してみせた。


 白い炎と赤い闘気がぶつかり合い、炎と闘気は左右に放射線状になりながら散っていく。


 抜刀の力が加わり、加速した刀は長剣を弾き返した。下から肩へ逆袈裟斬りをおこなった刀をクルッと返して二撃目を放つ。


 胸のプロテクターに刀がぶつかる、と思ったが音も残さず、スルッと入る。俺は戦隊のプロテクターですら止まらない刀を左肩から斜めに切り落とす。


「グッ!」


 イケメン君は堪らずに声を漏らす、距離を取ろうと大袈裟に長剣を地面と水平に振り、後退するために地面を蹴った。


 俺は右側から横薙ぎに振るった長剣が通り過ぎるのを待つ。


 一拍置く、通り過ぎた長剣に刀を合わせて、前に詰める。


 後退する直前だったイケメン君は、有り得ないほどの間抜けな隙を見せた。


 俺はイケメン君の左手を切り、両手剣の左手が外れたところで、左の脇腹から右肩へ切り上げた。そしてまた肩から斜めに切り落とす。


 横薙ぎの長剣が戻ってきて、それを下段から持ってきた刀で弾き返す。構えが不十分な右手だけの両手剣など、抜刀の力を借りなくても余裕を持って弾き返すことが出来る。


 弾き返した勢いを持って、身体全体を左に回す、景色が回転するとイケメンが見えたところで、左肩から斜めに切り落とす。


 刀を下から上へと持っていき、イケメン君の右手を切る。


 そして後退が終わったイケメン君の首に刀を置いた。



 ゴトッゴトッ! と、ゴトッゴトッ! と、長剣が地面に反発して音を鳴らし、イケメン君の首からツーッと鮮血が垂れる。



 一時の静止の後、何故かイケメン君は変身を解いた。どこか諦めている、そんな思い詰めた顔を俺に見せびらかす。


 本当に俺の癪に障る奴だ。


 俺は目を閉じるイケメン君に最後の一言をプレゼントする。


「死ね」


 俺は首に向けて、スっと刀を横薙ぎに振った。



「ニャ〜」


 イケメン君の首は繋がっていて、刀の手応えもなかった。右手を見てみると刀じゃなく、右手の上には白い炎を纏っている子猫が乗っていた。







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