転移


 教室から逃亡した俺は、また屋上に来ていた。


 ここは風が気持ちいい。サラサラ〜と制服から舞う土煙。


 ブレザーを脱いで、両手で持って、鞭のようにしならせながら扇ぐ。


 屋上でパンッ! パンッ! と小気味いい音が鳴り響く。


「ゴホッゴホッ! これクリーニング行きか」


 黒土まみれの制服をまた着て、屋上に設置された蛇口を捻る。蛇口からは水が勢いよく出て来た。


「うぉっ!」


 水を丁度いい具合に調節すると、屈んで顔を洗う。


 手と顔を洗いながら、これからのプランを考える。


 まず転移石で更衣室に転移して、更衣室でシャワーを借りて、ローカーから替えの制服に着替えるだろ。


 土が付いた制服は、悪の組織が運営しているクリーニング屋に、ベルトの機能で転送する。


 よし完璧だ。このプランで行こう。


 クリーニング屋は転送した次の日には、更衣室のローカーに綺麗な状態で返って来ている。便利なので、俺は私服でも利用している。これも悪の組織の特権だ。


 風呂に入ったあとの服もクリーニング屋に転送している。洗濯していない服が脱衣所に貯まらないから凄くありがたい。


 手は綺麗になった。顔もベルトから出した手鏡で確認済みだ。蛇口を閉め、立ち上がる。

 胸ポケットからハンカチを取り出して、顔と手を拭いた。


 白のハンカチが汚れで黒いハンカチになっていた。それを見た俺は、ハンカチもクリーニング屋に転送しておいた。



 プランを実行しようと行動に移そうとした時に、ピピピとスマホが俺を呼ぶ。


 スマホをポケットから出し、電源を付けてみると画面にデカデカと新着メーセージがあり、指で開いてみる。


「あっ、ルイコ先生からだ」


 メーセージの名前を読み上げ、次に下の文を読む。


『君は今学校だよね? 8時30分から50分の間で、君の学校が無所属の怪人によって壊される。推定死亡者数は約5260人。そこには魔法少女もいるんでしょ? 魔法少女が居て、推定でもこんなに死亡者が多く出ているのは、それだけの悪の力を溜め込んだ危険な怪人が暴れるからよ。


 このメッセージを見たら、後のことはヒーローに任して逃げなさい』


「マジかよ」


 最近、無所属の怪人の暴れる頻度が上がっている気がする。ルイコ先生から事前に怪人の襲撃を教えて貰っているから増えたと感じるだけの可能性もある。


 全世界で怪人が暴れない日は一日もない。


 悪の組織は復興力のある街の建物しか壊さない。そんなにポンポンと、同じ街を襲わないんだ。


 無所属が最近襲っているエリアが、俺のよく行くエリアに集中している。俺を狙っているのか?

 いや、これは少し力を手に入れたぐらいで自意識過剰になっている。俺を狙っているとか、そんなことあるわけがない。


 悪の組織のバイトだぞ。



「おし、逃げよ」


 スマホをポケットに入れ、転移石を持つ。


 そう転移しようと思った時に、景色が真っ暗になった。


 光が無くなった違和感から空を見上げる。


「なんだ!?」


 何か、何かが、太陽を遮っている。


 その遮っている何かは、グングンと大きくなり、そして気づく、その何かは降りて来ているんだと。




 何かは、運動場にバサバサと翼をはためかせて着陸した。


「鳥?」


 俺がそのバカデカい鳥の怪人を視界に捉えると、俺は強風に煽られて、後ろのフェンスに直撃する。


 パリパリパリンと、学校中のガラスが一斉に割れているような音が聞こえ、さらには女子生徒の甲高い悲鳴まで聞こえる始末だ。



 風は収まり、風圧に当てられてグラグラとなる頭で、一つの結論に辿り着いた。


 ルイコ先生に逃げろと言われたが、俺でも倒せるようなら倒そうと思っていた。


「これは無理」


 さっそく転移石を使おうとしたら、いつの間にかデカい鳥は消えていた。


「幻覚?」


 運動場が見える所まで近寄ってみると、鳥の代わりに一人の紳士服を着た人間が居た。


 その紳士はオーラが半端ない。全身に鳥肌が立つ。近寄ったらダメな雰囲気を感じた。


 ゴクリと唾を飲み込む。


 すると運動場に立つだけだった紳士が右手を空に掲げて、右手から黒い玉を出す。それは一直線に天へと昇った。



「アイツはヤバい」


 俺は転移石を使って、更衣室に転移し……てない。


「は?」


 まだ俺は学校の屋上に居た。


「アイツ、結界を張ったのか!」


 転移石は俺の手から脆くも崩れ去った。







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