派遣マネージャー

揚田法然

第一章 ~俺にマネージメントさせてくれ~

ピピピピ ピピピピ ピピピピ











目覚ましの音が今日を告げる。











時間は朝の6時、いかにも真面目そうな顔立ちをしてる明石恭一郎は、東京のとある場所で毎朝この時間に起きている。









いつものように歯を磨き、朝はご飯と味噌汁、後は昨日の残りおかずを食べる、起きてから家を出るまで時間がなく、いつも前日の夜に大量に作りおいて翌朝に回す、今朝のおかずは回鍋肉の残りだ。









朝ごはんを食べ終わった後は、スーツに着替えながらテレビをつけとあるチャンネルに変える。見る番組はいつも同じで朝一番のニュースは欠かせないからだ。











だがこの日のキャスターは男性のキャスターで、恭一郎は少しそっぽ向いた様子だ。そのキャスターが最初のニュースを読んだ。











【まず最初のニュースです。政府は今年のGDP(国内総生産)を発表しました。】











最初のニュースはいきなり複雑な内容であったが、恭一郎にはそこまで興味がない様子だ。やはりいつもの女性キャスターじゃないのが気にくわないのだろう。











(えっと、今年のGDPは少しだけど落ちるようだな。)










始まって数分後、エンタメコーナーが流れてくるが、いつもこのコーナーには気にするそぶりすらなく、そのまま着替え終わって直ぐ家を出る。











【続いてエンタメコーナー、今赤丸急上昇のアイドルグループ<CASIOPEA>が新曲をテレビ初披露です。 CASIOPEAのニューシングル...】











(アイドルねぇ、あんまり興味ねえや。あっそろそろ家出ねぇとな。)










この男、明石恭一郎とは何者なのか?簡単ながらここで紹介しよう。










恭一郎は中学時代まで北海道で育ち、高校入学を期に東京へ上京。東條大学では経済学部で4年間学んだが、正社員での採用は無くその後派遣社員として株式会社サルーンに入社。











そして現在まで同じ地位で働きながら、毎日同じことの繰り返し、上司からの評価は全く貰えずにいた。










午前8時半、いつもはこの時間帯なら会社の下のコンビニに居るのだが、今日は電車の遅延でこの時間に駅に着き、急いでいつものコンビニに向かった。着いたのは、10分後の8時40分だった。










【くそっ、なんで今日に限って電車が遅れるんだよ、本当ついてねえな。】









恭一郎がカッカしていると、後ろからいつもの聞き覚えのある声がしてきた。











【おはよう、恭一郎珍しいな、この時間に出社なんて。】











【あぁ陵介か、おはようさん。】











恭一郎に声をかけた茶髪で天然パーマのチャラ男、彼は生駒陵介、恭一郎とは派遣の同期で同い年。就業初日に話したことで、そこから仲良くなった。










【今日電車遅れてたな、もしかしてこの時間に出社したのって。】










陵介は恭一郎に今日遅れたことについて聞いてみると、恭一郎はこう言い返した。










【ああ、遅れたからこの時間に着いたんだよ、それがなんか悪いかよ。】










【いやそうでもないさ、まあ、たまにはそうやって遅れることもあるよ。そろそろ仕事の時間だし会社に向かおうぜ。】











【まったく陵介はいつもこうだよな、分かったよ、そろそろ会社入ろう。】









こんな会話をしながら、職場がある12階のフロアまでエレベーターで昇っていった。










2人が働く株式会社サルーンは 、主に雑貨や衣料、衣料に付ける小物商品を通販で取り扱っている。










朝9時~夜6時までが定時で、2人は主に営業で外出することが多いため、そのまま会社へは戻らないことが多い。










だが恭一郎自身は事務作業の方をやりたいらしく、今の仕事には全く納得出来ていない、そのため営業成績は会社の派遣社員の中でも最下位に近い順位で、上司や部長を悩ますことも多かった。











仕事を開始してから1時間半経った10時半、恭一郎が部長に呼び出された。どうやら最近の営業成績を芳しく思えないことで、怒りを買ってしまったのだろう。











【恭一郎君、なんでいつもいつもこの成績しか出せないの?今のこの成績だと、派遣会社を通して君を辞めさせなきゃいけないわけ、そのことを理解してる?もっと成績上げて私を喜ばして見せてよ。】










突如始まった説教は昼の休憩まで続いた。










昼休み、一人で虚ろになりながら下を向いてご飯を食べてた恭一郎に陵介が近づいてきて声をかける。











【いやあ、今日は災難だな。電車は遅延していつもの時間に着かない。営業成績で部長に怒られる。】












【なんだよ陵介、茶化しに来たのかよ。】












【そんなんじゃないよ、お前が心配だから慰めに来ただけだよ。】










【余計なお世話、お前には関係ねえよ。】












【確かに俺には関係ねえけど、あれだけ怒られれば心配になるよ。】











2人はご飯を食べ終わり、その後互いに溜まった愚痴を話したり、午後の予定を確認しながら昼休みを過ごした。そして話の最後の方で恭一郎に対し、陵介が退勤後の予定を聞いてきた。










【そういや恭一郎、今日なんか予定ある?】










【いや、今日の営業先行った後は全然予定ないけど、どうした?】











【俺この後、とあるイベントに行くんだけど、恭一郎もどうかな?】












恭一郎はいつも仕事終わった後は真っ先に帰るため、陵介に仕事後の一杯に誘われても全然乗り気がなかった。だが先ほどの説教でストレスが溜まっていた恭一郎には少し発散したい気持ちがあったため、少しふて腐れながらも、陵介にこう答えた。










【まあ別に構わないけど、何のイベントだよ?】










恭一郎が陵介に質問をし、その詳細を語りだした。











【まあぶっちゃけ言うと、CASIOPEAの定期ライブなんだけどね。】










【CASIOPEA?それって今朝のニュースのエンタメコーナーで赤丸急上昇中のアイドルで紹介されてた?】










【えっ?CASIOPEA紹介されてた?なんで教えてくれないんだよ?】










【いやだって、陵介自身アイドルが好きだってこと今初めて聞いたし、俺も朝テレビ付けてはいたけど、ニュースを観てもエンタメコーナーはそんなに気にしてなかったし。】










【あっそうか、そもそも俺がアイドルヲタクだってこと初めて話すもんな、今も話し聞いたら予想通りで、アイドルには興味全くないって良く分かったし。】










【興味なくてすみませんでしたよ、まあそれはそれで良いとして、今日定期ライブやるんだ?どこかの大きいライブハウスとかでやるの?】










恭一郎が陵介に質問をし、陵介はこう返答した。










【いや、いつも定期ライブは秋葉原の小さなライブハウスでやってるんだけど、知名度が今赤丸急上昇だから今回から少し大きめのライブハウスになるらしい、上がり始めたのは前の曲からだから、まだそこまではないんだけどね。】










【そうなんだ、それでライブの詳細は?】










【ああ、開場は18時半で開演は19時、料金は当日3,000円だけど、今予約すれば2,000円だな、前まではそこまで高くなかったけど、メディアに取り上げられたのと、最近の値上げ風潮に便乗したってとこかな、でも今回はまだ俺も予約してなかったから、行くならお前の分も予約しとくけど。】










その話を聞いた恭一郎は、今回は彼に甘えさせてもらおうかなと思い、その誘いに乗っかることにした、ただアイドルに全く興味がない恭一郎は、陵介に対してこんな不安をぶつけてみた。











【そうだな、今回は言葉に甘えて俺も行くよ、ただアイドルなんて全く興味ないし、大体ライブ行ったところで楽しみがあるのかな?】










この不安を聞いた陵介は、恭一郎にこう言い返した。










【ライブ行く前からそんなこと言うなって、まずはライブを観て貰えば分かるからさ。】










【まあ分かったよ、陵介にはいつも誘ってもらったのに全く応えなかったからな、さっきのこともあるし、仕事終わりのライブもよろしくな。】










陵介はSNSにあるCASIOPEAの公式予約フォームから、この後の定期ライブの予約をした、人数の指定が出来るので、もちろん恭一郎の分も含めて予約した。









2人はそのまま営業先へ向かい、無難に営業をこなし、午後3時半にこの日の取引を終え、内容を部長の方に報告し、退勤の許可を得た。












幸いにもこの日の営業先は東京駅付近だったため、電車で5分移動すれば秋葉原駅に到着できる、そこでライブまでの時間を潰すのにどうしようか迷ったが、恭一郎は少し落ち着きたいと話したので、ライブ会場近くの銭湯に立ち寄り汗を流し、店内のレストランフロアでスポーツドリンクとつまみをたしなみ、午後6時15分に会場前に着いた。











会場に着くと、恭一郎が陵介にこう質問した。












【ライブハウスに着いた訳だけど、そういやCASIOPEAって何人いるの?】










すると陵介は恭一郎に、CASIOPEAのことを事細かに説明し始め、そこから2人の会話が弾んでいった。










【CASIOPEAは一昨年にデビューしてずっと5人でやってるよ、ただいつからかリサルバと言う研究生を入れてライブの時は7人で出てるんだ、地下アイドル業界は卒業と加入が忙しいんだけど、ここは全く無くずっと5人で活動してる、SNSも観てるけど運営側からも黒い噂はないし、メンバーもずっと仲良くしてるみたいだね。ペアーズって呼ばれてるファンも温かく迎え入れてくれて、かなりアットホームな現場だと思うよ。】










【ちなみにメンバーなんだけど、まずはリーダーの山﨑まつり、コールはまつりで担当カラーは赤、年齢は23歳で元々別のグループで活動してたんだけど、そのグループの解散を期に、CASIOPEAとして活動を始めたんだ。】










【そうなんだ、まつりさんってかなりの苦労人なんだな。そのまつりさんを推してる人は前に所属してたそのグループの人が多いわけ?】











【うん、まつり推しの人から確かそう聞いている。】











【へえそうなんだ。まつりさん、そこら辺も今日のライブでどんな感じなのか見てみようかな。】










【続いてクールな顔立ちの赤杉さと美、コールはさとちーで担当カラーは青。年齢は20歳なんだけど、その年齢とは思えないくらいの顔立ちでこのグループで一番の高身長かな、後ヲタクへの対応が神だって聞いたけど、あまりそこは知らないんだよね。】










【えっ?顔立ちが20歳に見えない?それと対応が神なのに噂レベル?陵介の話聞いているとますます分からなくなってくるな、そこはやっぱ自分自身で行ってみて判断するしかないってことか。】










【まあそういうことになるな、だってさとちー推しに聞いてもさとちーが神対応見せるって聞かないし、噂で結局止まってしまうのかもな。】










【なるほどな、そういうのを探すのも楽しみになる理由かもな、遮って悪かったな、メンバー紹介の続きしてくれよ。】










【ああ、次は黄色の奥貫ひなた。チーム最年少の高校3年の18歳で俺の推し、コールはひなたで担当カラーは黄色、ルックスもキャラもまさに妹って感じ、後ライブが無い日は下校の後リズムゲームをやりにゲーセンに通ってるみたいだよ。】










【いやちょっと待て、お前確か妹居たよな?それなのに妹キャラ推すのかよ?】










【良いだろ、ひなたはひなたで理想の妹なんだから。】










【そうなんだ(これ以上聞くのは色々と面倒くさくなりそうだから止めとこう)、それで次のメンバーは?】










【ああ、次は田ノ上汐里19歳、コールはしおりんで担当カラーは緑なんだけど、実はこの子は異色の経歴の持ち主でね、元舞台女優だったんだ。】










【元舞台女優?そんな子がなぜアイドル業界に?】










【よく分かんないけど、前に汐里推しにそのこと聞いたら、何でも出演した舞台の後にとあるファンから(アイドルには興味ないの?興味あるならやってみれば?)って言われてこの業界に入ったらしいよ。】










【へえ、そのしおりさんにアイドルを勧めたその人ってアイドルヲタクなのかな?だとしたらそういう勧め方でアイドルに導くってなかなか面白いし、興味深いな。】










【そこのエピソードはよく分からないけど、もしかしたらアイドルヲタクだと思う、現場でたまに見かけるって他のしおり推しが言ってたし。】










【なるほどね、また話それたな、それで最後のメンバーは?】










【ああ、最後は平山さき音21歳、担当カラーはピンクでコールはさきね、チャームポイントはメガネでルックスもかなり可愛いんだよ、彼女は元々モンスターマックスってグループに憧れてアイドルを目指そうって思ったらしいよ。】











【モンスターマックス?そんなグループ全く聞いたことないな?】











【えっ、モンスターマックス知らないの?本当にお前はアイドルに興味ないんだな、一時期テレビに引っ張りだこだったのに。】










【だって俺、基本エンタメ方面は全くの無知だからさ、知ってる前提で話されても困るんだよな。】










【ちなみに彼女は別のアイドルヲタクで、バミューダってグループの廣瀬りなを推してるみたいなんだって、以上がCASIOPEAのメンバー紹介、5人それぞれがそれぞれ個性を発揮できるスターユニットなんだ。】










【なるほどね、陵介の話であらかたこのグループのことを知れたよ。でも確か5人の他に2人のリサルバがいるって言ってたよな?】











【ああ、それは…】










陵介が恭一郎に説明しようとすると、2人の可愛い子が近づいてきた。










【すいません、もしよければフライヤー貰ってくれませんか?】










【ちょっとゆめ果、話してるファンに失礼だよ。すいません色々とお取り込み中に。】










【いや彼の話が長かったので、むしろ話挟んでもらってよかったですよ。】










【なんだよ恭一郎、アイドルに興味ないって言ってるくせにフライヤー遠慮なく貰ってんじゃん。】










【だって可愛い子がチラシ配りに来たんだよ、これは受け取ってあげないと可哀想じゃん。】










(本当に可愛い2人だな、あれ、このチラシに2人の名前がない、もしかして研究生かな?)










そう思った恭一郎は、そのチラシを配ってたアイドルに対し、こう質問した。その質問に対して、そのアイドルはこう答えた。










【あの、このチラシに2人の写真が無いのですが、もしかしてリサルバの2人ですかね?今彼からCASSIOPEIAのことを教えてもらっていて、いつからかリサルバと言う研究生を入れてライブをやってるってことも聞きました。】










【はい、リサルバとして活動してる星野ゆめ果と篠崎あかねです。もしよければ私たちのことも気にして見ていただけると幸いです。よろしくお願いいたします。】










(ゆめかちゃんとあかねちゃんか、可愛いしもしCASIOPEAに昇格したら、推しも増えてくだろうな。)










【正式昇格出来るよう、これからも頑張ってください。】










【ありがとうございます。期待に応えられるように頑張って参りますので、是非これからも応援宜しくお願いします。】










【そろそろ開演の準備入るから戻ろうか。】










あかねの一言で2人はライブハウスに戻っていった、その直後に会場のスタッフから整列の声がかかった。










【間もなく開場します。予約の方から先に通しますのでスマートフォンと今日のチケット代、及びドリンク代600円をご用意してお待ち下さい。】










2人の前には何人かすでに並んでおり、開場と同時にその列が進んでいく、そして陵介の番、陵介は2人分のチケット代とドリンク代をスタッフに渡し、そのままフロアの方に進んでいく、さすがに誘ってもらった分申し訳ない気持ちになったのか、かかった代金を全て陵介に渡し、少し経った後にカウンターでドリンクを引き換えた。ドリンクを引き換え終わった後、陵介が恭一郎にこう質問した。










【そういや恭一郎は、今日はどの辺りで観る?】










【いや、そもそもこういうライブ自体初めてだからさ、どこで観ればいいか分からねえよ。逆にオススメのところとかある?】










今の質問に、陵介はこう答えた。










【だったら最後尾が良いと思うよ、ここのヲタは最前でジャンプしたり曲と無関係のコールをいれるようなヲタは居ないし、全体の構成を観るなら尚更最後尾だと思うし。】










【そこまで言うなら最後尾にするかな、確かに安心ってのもさっきのペアーズの話に繋がるならそこで見ようって思うしな。】










そうこうしてる間に、ライブの開演時間が近づいていく、会場に集まったファンはメンバーの登場を今か今かと待ちきれない。










(今赤丸急上昇のCASIOPEAか、どんなライブを魅せてくれるんだろうな。)










恭一郎の頭の中でこんなことを思い浮かべながら、ライブが始まるのを待っていた、午後7時3分、流れてくるBGMが大きくなり、照明がゆっくり消える、最初にコミカルなSEが流れ、ヲタクはウッ、オイとコールし、アイドルの登場を待つ。











そしてメンバーが登場、まつりから始まり、さと美、ひなた、汐里、さき音の順で出ていき、最後にが出てくる、全員出終わったところで、ヲタクのテンションもマックスになった。その直後、まつりがフロアに向け盛り上げる言葉を放つ。










【みんなー、今日も楽しもうねー。】










まつりに続いてさと美、ひなた、汐里、さき音も次から次にヲタクを煽り、どんどん会場の熱気を増加させていく、ヲタクもそれに応えるかのようにアイドルに声援を贈り、雰囲気を最高な状態にまで持っていった。










ライブとしてはコミカルな曲を始め、盛り上がり方強めな曲、バラード、ロックとちりばめ、全12曲を1時間本編で使い、MCとかを含め1時間20分のプログラムになっている 、リサルバの2人もしっかりしたパフォーマンスで、メインメンバーにも引けを取っておらず、恭一郎に更なる衝撃を与えた。










ライブの中盤、さき音がフロアに向けて話し始めた。どうやら新曲をこの定期ライブで披露するらしい。










【ではここで、今日ニュースを観た人も居ると思うけど、新曲を発表するよー。】










この言葉の後、フロアのヲタクがざわつき始めた、ニュースで取り上げられた日の夜に披露となれば尚更だろう、さらにまつりが、披露する新曲のテーマを語り始めた。










【この曲は今の私たちの心境をテーマに、これからの私たちに向けて【この曲を聞いて更に上を目指していかなきゃ】と思いを込めて作りました。それでは聞いてください。【ファイブスターインフィニティ】】










新曲はこのグループを代表するコミカルな曲調ではあるが、今までのCASIOPEAを超えると言う意味での新境地を現している。4分35秒後、フロアの方から大きな歓声と拍手が起きたが、その後の反応はまちまちだだった。










【次が最後の曲になります。】










まつりからのこの言葉から、お決まりのファンからのやり取りがあり、最後の曲紹介に移る。陵介もこのやり取りには参加する。










【最後はもちろんこの曲、せーの、CASIOPEA!!】










CASIOPEA!!はこのグループのデビュー曲でもあり代表曲でもある、そして歌い終えるとまつりからフロアのヲタクに向けて、ライブの締めの挨拶を行った。










【以上私たち、あなたと共に輝く5つの星、CASIOPEAでした。ありがとうございました。】










この一言でライブは終わりメンバーはステージ袖に捌けていき、そのまま物販に向かう。










物販ではチェキと呼ばれるポラロイド写真と、新曲を含めたCD数種、タオルやペンライトとかも発売されている、だがアイドルに全く興味のない恭一郎は全く分からずにいたが、そこに陵介と仲が良いとあるヲタクが声をかけた。










【陵介くんお疲れ様、今日は友達連れてきたの?】










【あっ、お疲れ様です、いや会社の同期です、ただアイドルには興味なかったんですが、今日で少し興味を持ってくれたんじゃないかって思いますね。】










【なるほどね、それで物販だから何を買えば良いかわからないってとこか、だったら無難にCDとチェキじゃないかな?】










その後その人から物販のレギュレーションやチェキの撮影方法を聞き恭一郎自身も納得したが、恭一郎は更に質問をしてみた。








【色々ありがとうございます、せっかくオススメされたので、チェキ券とCD買ってみようかなと思います。そう言えばリサルバの2人とは撮れないんですか?さっき彼と話してたときに2人がチラシ配りに来て話し掛けてくれたんですがものすごく可愛いなって思ったので更に話したいなって思ったんですよ。】









今の質問に、そのあるヲタクはこう答えた










【ああ、それなんですが、リサルバの2人は撮ることができないんですよ、あくまでメインメンバーだけで物販を行ってるものですから。】










【なるほど、でしたら今回はここで上がります、リサルバの2人が気になったので、チェキやCDは正規昇格したときの楽しみにとっておきます。】










そう2人に告げた恭一郎は会場を後にし、真向かいの駐車場にある自動販売機でコーヒーを買い、一服してから去ろうとしていた。










その時だ、関係者の入り口から泣き崩れて歩きにくそうな女の子と、慰めながら付き添う女の子、それからその2人を見守っていたスタッフがいた。その3人はCASIOPEAのリサルバ、ゆめ果と朱音、そして支えに入っていたスタッフの藤崎和奏(ふじさきわかな)だった。










(あれっ、あの子はゆめ果ちゃん、なんで泣いているんだろ。)










不思議に思った恭一郎は、3人に思いきって声をかけようとした、周りには人もいたこともあって、和奏が対応に出向いた。










【どうかされましたか?】










【あっ、すみませんお騒がせして。今日陵介くんと一緒に来ていたファンの方ですよね?ここだと人も多いんで、もしあなたさえ良ければ近くの公園で話だけでも聞いていただけませんか?2人を帰らせた後すぐ向かいます、これ私の電話番号です、後程電話をかけますので、場所を教えていただければすぐ向かいます。】










数分後、先に着いていた恭一郎の元に和奏から連絡が入り彼女に場所を教えた。そして互いに落ち着けたところで、彼女がその重い口を開いた。










【先ほどは失礼しました、でもゆめ果と朱音があなたにフライヤーあげた時に2人とも嬉しがっていたのを聞いたのと、朱音自身からは黙っておいてほしいと言われたのですが、私の方が我慢できなくなったので、事情を説明したいとの思いで場所を移していただき話したいと思い連絡させていただきました、後はあなたの時間次第ですがいかがですか?】










恭一郎には幸いにも時間はあったので、全く気にする様子はなかった。それを聞いた和奏は安心し、ライブが終わった後の事の次第を全て話した。










ゆめ果はCASIOPEAの正規メンバーになることを夢見て、アイドルになり、厳しいレッスンやボイトレ、ライブ前のフライヤー配りと正規メンバーには負けないほどに努力していた。










しかしライブを間近で観ている社長の大和はCASIOPEAに新メンバーを入れることは毛頭にもなく、ゆめ果と朱音をCASIOPEAを売り込ませるだけのために、メンバーには入れさせるとウソを言い聞かせ、2人を騙していた。










そして今日のライブ終わりにゆめ果と朱音は大和にそろそろ新メンバーとして受け入れてもらえないか直談判しに行った。それを聞いた大和は、ゆめ果と朱音に対しこう言い放った。










【さすがに言わせて貰うけど、お前らはCASIOPEAにはなれねえよ。そもそもリサルバはCASIOPEAを売らすための前座でしか考えてねえし、CASIOPEAはこれからもずっと5人だし、他から新メンバーを呼ぶつもりも全くない、デビューさせる気は元から無かったんだよ!!騙してきて良かったぜ。】










【でも私はいつもフライヤー配りも先陣に立って、みんなが来る前から配る枚数も多くして、CASIOPEAの皆のために一生懸命頑張ってきました。今日だってちゃんとフライヤー配りして呼び込みも行いました。大和社長はちゃんと私たちをCASIOPEAとしてデビューさせると仰ってくれたのに、何故ですか?正直あんまりです。】










そのゆめ果の悲痛の叫びに、大和はこう答えた。










【文句あっか。お前はなんも魅力ねえけどその努力を買ってここまでスタッフとして働かせてきただけなんだよ。いい加減気付けよ!!】










その言葉を聞いて泣き崩れたゆめ果を見て、いつもゆめ果の努力している姿を間近で見ていた朱音が、 大和にこう言い放った。










【社長、今の一言は言い過ぎだと思います。彼女も必死で努力してるんですよ。】










それを聞いた大和は朱音に対しこう言い返した。










【だから使い勝手の良いスタッフとして使ってただけだよ。ゆめ果は所詮アイドルになれない身だし、朱音、お前もアイドルになんてなれるわけねえんだからよ、努力なんて俺から言わせればただの騙すための道具でしかねえんだからよ。】










これを聞いた朱音もショックを受けていた、だがこの2人への暴言を間近で聞いていた和奏が怒りのあまり大和に問い詰めた。











【社長、今の2人への言葉はあまりにも失礼ではないですか!!2人はずっと我慢していました、アイドルになるために頑張ってきたのに、アイドルになれずスタッフとして今後も働かせるのであれば、このまま2人はアイドルを続けていくのは困難です。今日はこのまま2人を帰して、私もそのまま帰宅します。失礼します。】










そう大和に言い放ち、ライブハウスから出てきたとのことだ、このやり取りを真剣に聞いていた恭一郎は、和奏にこう話した。










【確かに悔しいですよね、そういう努力を踏みにじって、無責任なこと言われるのって。】










【それに彼女たちは普段からパワハラも受けてましたし、暴言も吐かれてました。でも我慢してきたんです。全てはCASIOPEAに入るために。】










和奏のこの一言が、恭一郎の闘志に火を灯した。










【そうだったんですか、でももう我慢する必要はありません。今パワハラされてるって話を聞いて俺も決意しました、もしよろしければ俺に2人を預けて頂けますでしょうか?そしてCASIOPEA以上のアイドルを作り上げ、アイドルとして輝く先を観に行こうとは思いませんか?】










その決意を聞いた和奏も納得し、恭一郎にこんなお願いをした。










【あなたの決意、確かに受けとりました。もしよければあなたの決意のお手伝いをさせていただけませんか?私、セブンスターでスタッフをさせていただいております藤崎和奏と言います。是非ともよろしくお願いします。】










闇に閉ざされたゆめ果の心と朱音に溜まっていたストレス、そしてそのことを聞いた恭一郎の決意、そしてそれを聞いた和奏、この一連の出来事が、後にアイドル業界を変えていく事になると、この時はまだ誰も知るよしが無かった。
































  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る