幼馴染を親友に寝取られた俺には青春ラブコメは荷が重い

かきつばた

0章 始まりと終わりに

第1話 告白

 進級してすぐ、変な噂を聞いた。

 それは、幼馴染のかえでが三年生に告られたというもの。


「ああ、野球部の先輩……だったかな。まー、カエデちゃんは可愛いからな。そんなこといくらでもあるだろ」


 昼休み、いつものように弁当を食べているときに、優悟ゆうごに切り出してみた。この男とは小4からの付き合いで、今ではもう親友とも呼べる関係だ。本当にウマが合って、色々な悩みも相談し合ってきた。


 優悟はとにかくイケメンで、誰にでも分け隔てなく優しい。当然のように、クラスの中心人物の一人だ。

 あまりにも社交的で、学年や学校を超えて顔が知られている。


「い、いくらでもって……マジで」


「マジマジ。4組のハヤト――池口とか、かなりホレてんぞ」


 あっけらかんと笑いながら、優悟は箸を進めていく。


 対照的に、俺はさっきからあまり動けないでいた。

 まさか、そこまで楓が人気だったなんて……。


 彼女とは物心ついたころからずっと一緒だ。あまりにも身近過ぎて、その存在の特別さに気づくのが遅れた。

 きっかけはやはり中学に入ってから。一緒に過ごす時間が減って、ようやく自分の恋心を自覚した……とても、気恥ずかしかったけれど。


「お前さ、幼馴染にアグラかいてっと、誰かに先を越されちゃうぜ?」


「……それはわかってるけどさ。でも」


「全くお前は、変なところでウジウジして。好きなんだろ、カエデちゃんのこと。手遅れになっても知らねーぞ!」


 優悟はどこまでも真剣な目をしていた。きっと、本心から俺のために言ってくれているんだろう。

 今まで何度も、この表情に助けられてきた。


 初めから結論こたえは出ていたのかもしれない。

 ただ背中を押してもらいたかっただけ――その点で、親友のアドバイスはこれ以上ないくらいてき面だった。


「そう……だよな。わかった俺、ちゃんとあいつに本当の気持ちを伝える。たとえ、フラれたってかまわない! このまま何もしないのだけは嫌だ!」


「そうそうその意気だ。んじゃ、唐揚げは貰うな」


「おいまてっ! それとこれとは話が別だろ!」


 伸びてきた箸を避けるように、弁当箱を持ち上げる。


 俺は本当に最高の友人を持った。これから先も、この関係はずっと変わらないだろう。俺の隣には優悟がいて、できれば楓も――

 強く強く、そう想った。



    ◆



 その日、俺は初めて部活を休んだ。腹痛だと嘘をついて。

 罪悪感はあったけど、思い立ったらもう止まれなかったんだ。


 帰りの会が終わるなり、楓を迎えに行った。

 今年はクラスが違うから、急がないとおいていかれるところだった。


「なんかひさしぶり~、かいと一緒に帰るの」


「……そうだね」


 校舎を出て、楓と共にゆっくりと歩いていく。

 もしかすると、今年度に入ってからは初めてかもしれない。どうしても、隣りにいる彼女のことを意識してしまう。


「凱ったら、中学に入ると部活、部活なんだもん。ちょっとさびしい……でも、頑張っている姿はカッコイイよ」


 不意の一言に、ドキリと大きく心臓が跳ねた。

 反射的に顔を真横に向ける。


 ――目が合った。


 間近に見る楓の瞳は、やや茶色がかって本当に綺麗だ。ずっと見ていると、吸い込まれてしまいそうな―― 


「ちょ、ちょっとなんか言ってよ。恥ずかしくなるじゃんか」


「ご、ごめん」


「うぅ、謝られるのはなんかちがう~」


 楓は真っ赤になって、顔を背けてしまった。心なしか、少しだけ歩くのも早くなったようだ。


 気まずい沈黙が続く。

 こういうとき、お隣り同士というのはいいことなんだろうか。最後まで一緒だから、時間は存分にある。

 逆に言うと、この空白を打破するきっかけは自然と訪れないわけだが。


「あのさ、野球部の先輩から告白されたのって本当?」


 最後の曲がり角を折れて、ようやく俺は本題に入ることができた。


 どちらともなく、自然と足が止まる。


 顔が熱い。息苦しくて、鼓動が激しい。じんわりと汗が滲んで、身体にあまり力が入らなくて、今すぐにでも逃げ出したい。


 ついに言ってしまった。あれだけ強く決めていたはずなのに、動揺を少しも抑えられていない。

 やめておけば――いや、先延ばしにすることはできない。明日にでも、楓がほかの誰かに取られてしまうかもしれない。


 ただじっと、幼馴染を見つめる。

 こんなに女子の顔を凝視したのは、人生で初めてだった。心臓の音がひどくうるさくて、視界はひどく不安定。


「…………うん。なんだ、凱もう知ってたのか」


 楓が長い沈黙を静かに破る。

 その表情は、長い付き合いの中で初めて見るものだった。どこか寂しそうで、今にも泣きだしそうで、いつもの楓からは想像がつかないほどただ弱々しい。潤んだ視線がどこまでも揺れている。


 同級生の中でも、低めな身長。毛先が少し跳ねたショートヘア。かわいらしい丸い瞳に、柔らかそうな頬っぺた。

 ブレザータイプの制服は、いつの間にか、これ以上ないくらい似合っていた。規則通りの着こなしは、とてもまじめな印象を受ける。


 ――ああ、楓ってこんなに可愛かったんだ。


「聞かないの、返事」


「いや、それは……」


「本当は知りたいんでしょ。だから一緒に帰ることにしたんじゃないの? 大好きな部活までサボってさ」


 楓の目はしっかりとこちらを向いていた。

 決意したような力強い表情。でもどこか不安げで儚い。今にも、崩れてしまいそうな脆さ。


 実際、すぐに楓はうつ向いてしまった。

 伏せた瞼の動きが激しい。


「それって、カエデの勘違いだったかなぁ」


 瞬時に消えそうなほどか細い呟きに、俺は大きく息を吸い込んだ。


「……ああ、勘違いだよ」


「え?」


 顔を上げた楓はもう泣きそうだ。

 決壊するより早く、強く言葉を紡ぐ――


「楓のことが好きなんだ! ずっと前から……たぶん、初めて会ったときから。だから俺を、楓の恋人にして欲しい」


「…………はい。カエデも、凱のことだぁい好きだよ」


 どちらともなく、距離が縮まった。

 ファーストキスは、少ししょっぱい味がした。

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