忠犬君と気まぐれ猫ちゃん
宵月月美
第1話 死ーあこがれー
「一緒に帰るよ、忠犬君!」
彼女が僕を呼んでいる。
「いつも言ってるけど、その呼び方やめてよ。犬って僕嫌いなんだよ。好きな相手に好かれるために必死に尻尾を振っていて、そのくせ誰にでも八方美人。プライドのかけらもないじゃない。」
「いや、君は忠犬君だよ!私の秘密を必死に黙っているところとかがねっ。ふふっ!」
そう僕は彼女の秘密を唯一知っている。それは誰にも言えない。胸の中になまりを流し込んでいっているようで、僕の体は日に日に重くなっている。
彼女は明日死ぬかもしれない。
病気?それだったらまだこんなに悩んでいない。
彼女は、自殺を計画している。
そして僕は彼女を死なせたくない、生きてほしいと思っている。周りの人にこれを言わないのは、うわさが広まってしまったら彼女が僕のどこか知らないところで死のうとするだろうから。猫は大勢の目にさらされることを好まない。静かな自分のテリトリーでゆっくりと死に向かっていく。僕は今かろうじて彼女のテリトリーの中にいる。
だからこそ、そこがどんなに毒で侵されていても、逃げ出すわけにはいかないのだ。
「なんで、死のうとするのさ。」
「何度も言わせないでよ、私は死にたいんじゃない、生きたいの。
私にとっての生きるってことは実感を持つってこと。いつも通りの毎日に希薄な感想を思い浮かべて、これが生きることの意味だって言い訳をしながら生きていくのは嫌!
私は、自分が生きてるって感じたい。それが感じられないまま生きるくらいなら、一瞬でも死に近づいた方が、生きてるって感じられる。」
は?何言ってんだ、と毎回思うよ僕も。心臓が動いてることが生きてるってことだよ。それなのに、生きるために自殺する?まったくもって理解できない。
理解できなさ過ぎて、泣けてくる。僕は彼女の考えを馬鹿にすると同時に、好きな人の気持ちが分からないことに吐き気がしている。もやもやした気持ちと、死ぬことを喜びとする彼女への怒りがごった返して、ぜんぶぜんぶ胃からあふれ出してきそうだ。
明日になるその瞬間、彼女は自殺を決行する。学校の屋上だなんて、ありきたりな場所を彼女は選んだ。
僕は止めるつもりだ。だって本気で彼女を好きだと思っているから。
好きな人を死なせない、この時の僕にとってはそれが絶対の正解で、曲げることなどあり得なかった。
夜の11時、彼女はもうすぐ現れる。屋上につながる階段の影で時間を確認する。僕の右手にはロープ、左手にはライトが握りしめられている。いざとなれば、無理にでも引っ張って止めるつもりだ。時間の進みが遅く、重く感じる。時計の長針が鳴らすカチッ、という音がやけに大きい。このまま時間が止まって、ずっとここに座っていられたらいいのに。
「わっ!!」
急に時間が動き出す。振り返るとそこには、
「やっぱりいたね。私の邪魔をするんだ。」
「そ、そうだ、そうだよ!当たり前だろ!」
「どうして?」
「どうしてって、それは、、、」
「ほら!君はそうやって倫理観と正義感を振りかざして、私の邪魔をするんだよ。私に、死ねというんだ。」
「いや、違う!そうじゃなく「私は行くよ、止めたいなら止めればいい。その手に持ったロープを男の君が使えば、私は簡単に何もできなくなる。」
僕はなぜか動けずにいた。頭が真っ白で、何か考えようとするとザーっとノイズが走る。
「できないよ、君は知ってる。今日止めたところで、また私が君の知らないところで同じことをするだろうってこと。君は私を近くに縛っていたいだけなんだよ。目に見えるところで人形にしたいだけなんだ。」
そう言い放って彼女は階段を駆け上っていく。一瞬遅れて彼女を追った。なんだか、走る体に当たる風がひどく鋭くて、スカスカでパンみたいな僕を、突き刺していくような感覚がした。
息を切らして、膝に手をつく。下を向いて呼吸を整えたい衝動を抑えつけ、顔を勢いよくあげると、スローモーションの彼女がいた。
かぐや姫のように月に照らされ踊る彼女は、とびきり美しく消え入りそうなほど儚く映る。
次の一言で決まると思った。彼女の手を取るチャンスは今この瞬間に一度しかないのだと。
「明日を、僕のために生きてほしい。」
そう言った。
彼女は少し目を見開いた後、すっと閉じて僕の目の前まで歩いてきた。
「今の私にとって、日常はひどくつまらない。全部がスマホの画面の中のことのようで、まるで現実味がない。
君は私に何をくれるの?何を感じさせてくれるの?」
「……期待を。僕なら今後の人生に期待を持たせてあげられる。人生はこんなにも楽しいものなんだって、そう思えるような思い出を一緒に増やしていけるよ。」
椎名枯葉は目を開けて、夜の闇に溶けていくような声で、名残惜しく甘えるような顔で告げる。
「そう……、そう。残念、本当に残念だよ。私は期待なんかほしくない。不安が欲しかった。ただ、不安に追われて毎日を生きたい。体が締め付けられる想いの中で、私は生きてるんだって感じたい。そんな男の人が欲しかった。
あぁ、君ならわたしが本当に欲しいものを、くれるかもって思ってたのに。」
すれ違う時の甘くてしょっぱい、後ろ髪を引くような香りを今でも覚えている。
次の日、彼女は転校した。僕の知らないところへ軽やかにとんでいった。
漫然とした毎日を送っていた僕にとって、彼女の光は強すぎて、あてられた僕はこれが恋だと錯覚してしまったんだ。
「これはあこがれで、恋じゃない」
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