メモリー

雨屋 涼

メモリー


見渡すかぎり、歩きまわるかぎり、あたりには水平線が広がっている。


3日前に起きた大地震によって文明を象徴する建造物はすべて崩れ、代わりに地中から吹きだした水が世界を覆っていた。

水と一緒に突き出した岩があちこちにちらばり、空には消えない太陽が浮かんでいる。

岩をくっつけたような巨人が歩いているが、彼らは壊れかけのロボットに興味もないようだった。そもそも知能があるのかさえ定かではない。


暑い。熱い。


膝丈まで浸水した水のなかで足を動かすと、岩場につまずいた。

身体は水中に投げ出され、導線がちぎれる音がする。

左右が少しずつ軽くなった。ああまずい。


残された手足でもがくように水のなかを進み、突き出た岩場の浅瀬に身体を引きあげる。

岩場が日陰になっていて、いくらか太陽を防ぐことができた。

見下ろした四肢はふたつがどこかへ消え去り、辛うじて導線の繋がる左腕と右足もちぎれかけていた。

水中で指揮系統が壊れたのか動く気配がない。

工業用ロボットは火や油には強くとも、水中を泳ぐようには造られていなかった。

ここまでか。


僕がヒトなら溜息をついているだろう。

けれど、僕に酸素を取り入れたり二酸化炭素を吐きだしたりする器官はついていない。

よく僕らにそんなジョークを飛ばしていたヒトの上司が思いだされる。

彼らの姿を探して水平線を歩きまわってみたけれど、どこにも見当たらなかった。


きっと、ヒトは滅亡してしまったのだろう。


すさまじい地鳴りとともに職場の工場の屋根が崩れ去ったのを思い出す。

金属が擦れ潰れる音。ヒトの悲鳴。突き出した岩がすべてを貫く光景。

記憶はきっとこのひとつだけだ。

貴重なメモリーも、水に沈んで失われる。

自分には何も残せない。


死と眠りは似ているらしいが、自ら意識を断つことができないロボットには徐々に失われていく感覚が分からなかった。

自我の終わりを、ロボットはただひとつの目を開いたまま待つ。


僕はここにいた。

人類はここにいた。

その証を残せないことだけが残念だ。

あの岩の巨人たちは記憶の扱い方を知らないだろうか。

ヒトは本当に残っていないのだろうか。


ハロー、未来。

このメモリーを見ることができる誰かがいるならば。

僕たちは、ここにいた。


視界が滲むのは転んだ拍子に脳に水が入ったからだろう。

残された手足がちぎれる音がした。

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メモリー 雨屋 涼 @ameya_

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