何にでも使える文章技術〜作文を無理矢理うまくするための方法

路板書扇

第1話 事実と評価をわける

人を騙すにはどうしたらいいか。


評価を事実として誤認させるべきである。


これは、文章を書く場合の基礎にもなる。


物凄く正確に物事を伝えたいなら、事実と評価は明確に分けなければならない。


逆に意図通りに認識して欲しいなら混ぜるべきである。


赤い林檎


これは事実だろう。


高級な林檎


これは評価が加えられている。


100円で取引されている高級な林檎


これには100円の林檎が高級であるという微妙な誤りを含む。普通、そのぐらいはするのでは?むしろ安い。


しかし、そういう知識のない人を騙すには良いことがわかるだろうか。


より評価を混ぜてみよう。


嫌悪されている赤い林檎


とりあえず、林檎が嫌われていることは伝わったと思う。


しかし、それは嘘である。そんな事実はない。


このように評価と事実を混ぜるのは意図的にやると効果がある。





何か書かなくてはならない。何から書いていいかわからない。


そういう時は、まず事実に着目するか、評価に着目するか、どちらかをするといい。


思考作業を分割することで、できることが増える。


事実を作るか見つけるかして、それは評価するとどうなのか。


逆に語りたい評価が確固としてあるなら、それに合わせた事実を拾い上げたり、作り出していくのが良い。


部屋にいるなら見回してみて欲しい。

荒れた心情の評価を語りたいなら、どれだけ整理整頓されている部屋であっても、乱れている部分を記述する。


穏やかな心情の評価を語りたいなら、どれだけ汚くても好きな部分を叙述する。


評価と事実を分けると、とても便利である。





(事実の存在しない抽象的な事柄について話をしたい時もあるだろうが、それは最高に上級者向けであると思うので割愛する)


誤認を誘いたくて評価と事実を混ぜているのか、それとも思考レベルで分けられていないのか。


実のところ読む側からは判別はつかないが後者の文はなんとなく荒く不要な要素が増える印象になる。いらない事実を拾ったり、いらない評価が加えられていたりする。



さて、巧みな文章の話をしたい。


文字数を少なく語りたい時は、大体これは共通認識だ、というところまでは事実と評価を混ぜて書くのが巧みな文章だ。もちろん、意図的に。


1+1=2


から始まるのはあまりにしんどい。


論点絞ってここから話します、とするのが巧みな話し手だ。


一般原則から書かずに、聞かれていること、関心があることに焦点をあてて答えるものである。


小説の創作の共通認識は自分で作ればいいが、専門知識の共通認識だとする部分は勉強しなければわからない。


もし指導教官がいるならば、こういうのが共通認識だと思うのですが、あっていますか?という質問をするといいかもしれない

論点絞ってここから話します、とするのがいい。

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