8(ΦωΦ) episode:6 実弾飛び交う射撃演習──え、ちょっと待って。わたしメイドのはずでは?
お屋敷の中庭。
「では、始めて宜しゅう御座いますな」
つまり、お蝶さんと同じ京都人だろう。
オールバックにきめた黒髪と額のシワが年齢の深みを感じる。
真面目そうな瞳に冗談も言わなそうな薄い唇。
肩幅が広く恰幅が良いが太っているわけではない。少なくとも、お腹は出ていない。皮のベルトは余裕をもって拳銃をさげている。
そう、拳銃だ。
「これは
コルトM1877という名称で、使用される銃弾はコンマ41㌅口径。ロングコルト弾と呼ばれる大柄な
このタイプを
なお、ダブルアクション式なのでトリガーを引くだけで弾が連発されます」
……言っている意味がわからない。でもコゼットが持っているのと同じ形だ。
「うん、素晴らしい拳銃だ」
コゼットが自分の拳銃を手に頷く。
メイド服姿で「これからお料理でもしようかしら」と、いった淡々とした風情でリボルバー──回転式の弾倉を開くと、装填された銃弾を確認していた。
横目にチラ見しながら「ぴかぴか輝いて意外と綺麗」と思わず口から出た。
それを聞き逃さない『叔父様』が「セリシアさんにも用意してありますぞ」と予想外のことを言った。
「えっ?」
「
差し出されたそれを拒否も出来ず受け取ってしまう。
意外と重い。
どう持ったらいいのか、わちゃわちゃ両手で弄び気づいた。
コゼットのものとデザインが違う。大きさも小ぶりだ。
リボルバーとかいう、回転式の弾倉もついていないみたい。
「おや、気づかれましたか」
「いえ、何も言ってませんが」
「それはオートマチックです。弾は拳銃の内部に装填されます。そのために使用される銃弾はパラベラムと呼ばれる特殊なものになっております。サイズが19㍉と、ロングコルト弾の26.2㍉に比べて短小なのはそのためです。太さは口径9㍉です。同じミリ単位換算で10.4㍉口径にもなるサンダラーと比べ──これでは威力が弱いではないかと、ご懸念されるかもしれませんが、ご心配なく。充填される火薬が
何も聞いていないのに一人語りを始めてしまった。
コゼットは目を輝かせながら拳銃談義に聞き入っているが……お嬢様は、
「
お嬢様が呆れ顔で手をパンパンと叩く。
叔父様──源九郎という名前なのか、直立不動になって「失礼致しました」と頭をさげた。
それまで立ちっぱなしだった
ハウスメイドの──お蝶さんの魔法による紙人形が淹れた紅茶を口にした。
……そういえば、と今頃になって気がついた。お嬢様の髪飾りもパピオンだ。アゲハチョウという大きな種類。メイドさんの髪飾りと全く同じだ。いや、メイドさんのほうは少しだけサイズが小さいようだけどデザインは同じだ。
お蝶さんの着物にもパピオンがあしらえてあったなあ、これって安倍家の紋章?
いやいや、紋章ならお嬢様の寝室で見かけた三角形の一筆書きだ。コゼットがそう教えてくれた。パピオンも何か意味があるのかな。コゼットには無いもんね、パピオン……ああ、そういえば源九郎さんにも無い。男の人は無いのだろうか。女性だけの何かしら意味のあるものなのだろうか。
「では、お二人。実際の射撃訓練と参りましょう」
呆然と考えに耽っていたわたしは、源九郎さんの恐ろしい言葉に現実へ引き戻された。
「しゃげき、くんれん?」
「本日は
中庭の、わたしたちが立つ正面の壁。おおよそ5㍍ほど先に、ぬいぐるみのような的が現れた。
ぬいぐるみは……ペンギンだ。
南極にいるという二足歩行する鳥。
わたしも実物は見たことがない。
コレージュの図書室でクラスメイトと一緒に、図鑑に描かれたイラストを見ただけだ。
だから本当にペンギンのぬいぐるみなのか、と問われると自信はない。
ないのだが、あんな生き物は他に知らない。
「腹の真ん中の
源九郎さんは簡単そうに言い放つ。
「あのぉ、こんなところで拳銃なんて撃ってもいいんですかあ」
わたしは手を小さくあげて質問。
「ご安心ください。あれは見た通り、中身は
いや、そういう事じゃない。聞きたいのはそれじゃない。
──ダーンッ!
コゼットの拳銃が凄まじい黒煙と共に火を吹いた。空気が震えた。
連発出来ると源九郎さんが言ったように、コゼットは引き金から指を離すことなく次々と弾を撃ち出す。両足でしっかり立ち、両手で大きな拳銃をホールドしているが、撃つたびに上半身がやや仰け反り、綺麗な肌が小刻みにさざめく。
真っ黒い硝煙がコゼットの躰を包んでいた。鼻をつく強烈な火薬の香りが周囲に漂う。
……うん、普通に焦げ臭い。
みれば、可愛らしいペンギン(?)のぬいぐるみは綿を拭き上げ大惨事になっていた。
「さあ、セリシアさんも遠慮なくどうぞ」
「……って、いわれても」
「どうされましたか。銃弾は装填済みですよ」
「わたし、撃ち方とかわかりません」
「おお、これは失礼しました。オートマチック拳銃は始めてでしたね」
「オートなんとか、とか、それ以前に拳銃なんて触ったこともありません」
源九郎さんは「これは意外な」と言わんばかりの顔で、しばらくわたしとコゼットの両方を見比べる。
コゼットが「ああ、セリシアは初心者だ」と告げた。
「そうなのですか。てっきりコゼットさんと同じ
え、コゼットって軍人だったの?
「以前のご職業は?」
「コメディ・フランセーズで……」
「女優だ」とコゼットが言い、それを聞いた源九郎さんが「それは素敵な」と相槌を打つ。
「ち、ちがいますぅ。女優見習いです」
「ならば1からご説明せねばなりませんね」
源九郎さんは「これはコゼットさんのものと違いシングルアクションです。ですから、こうしてトグルを引いて内部の銃弾を装填し、これで引き金をひけば弾が発射されます。
ああ、お気をつけください。
小さくても銃砲です。しっかり両膝で支えて保持しないと手首を痛めますよ」などと優しく教えてくれる。
教えてはくれるのだが、半分も理解出来ない。
引き金を……ひく、
──ダーンッ!!!
「きゃ!」
その音と反動に驚き、腰から地面に尻もちをついた。
拳銃はわたしの手を離れて宙を舞い、弾はどこへ飛んだのかわからない。
「なぜ、レディズメイドに?」
それは、わたしにではなく、コゼットへの質問だった。
「セリシアには才能がある」
コゼットはそれだけ言うと、源九郎さんは「なるほど、ダイヤモンドの原石というわけですか」と呟いた。
「セリシア、心配するな。わたしは、おまえの秘めた力に気づいている。あの場所で一歩も引かずに立ち向かった。その勇気と友を想う気持ちは、きっと人類を救う力になる」
「……あのぉ、根本的な疑問が」
「うん、なんだ」
「わたしメイドですよね。メイドとして雇われたはずですよね」
「当然だ。ちゃんとメイド服を着ているじゃないか」
「いや、服装はともかく、なんでメイドが拳銃の撃ち方を練習しているのでしょう」
源九郎さんがこれまで以上に不思議なものを見るような顔で「何も聞いていないのですか?」と逆質問してきた。
「聞いてないです。メイドとしてお嬢様に仕えるというお話で来たのですから」
源九郎さんが何か言おうとしたのを、コゼットが手で遮り「わたしが説明する」
「セリシア、おまえはレディズメイドだ。
我々はハウスメイドとは違い、お嬢様の侍女として常にお側にいる。
お嬢様の身の回り全てを任されるのがレディズメイドの役割だ。
だから、お嬢様に対し
そのための射撃訓練だ」
メイドって、そんな仕事だったかしら。と、頭を巡らすが、思えばこれまでの人生でメイドをやったことはなかった。
けれどお芝居に出てくるメイドは拳銃なんて手にしない。射撃訓練なんてやらない。
「……コゼットの話、嘘くさい」
「なッ!」
「まあ、お詳しいことはいずれ分かるでしょう。とにかく拳銃の扱いには慣れて頂きませんと。
そのために、この源九郎、時間を割いてここにおるのですから」
「そういえば源九郎さんって、えっとぉ、執事さんって認識で良いのですか?」
「そうです。ここではバトラーと呼ばれる役割をお嬢様より仰せつかっております。
ハウスキーパーのお蝶と同じく京都人に御座いますが、自分は以前よりここ巴里に単身暮らしておりました。
本名は
レッドは何となくわかるけど、なんでロバートなんだろ。
疑問がまたひとつ増えた。
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