第10話
『
部屋はその時と何も変わらず白い壁に囲まれ、家具と云えばシンプルなチェストが一つとライティングビューロー、色味も何もない部屋はカーテンすらもない。
僕はライティングビューローの蓋を開け、
窓際にあるオイルヒーターが、その微かな特徴のある匂いと共に静かに部屋をゆっくりと暖めている。
僕の背の後ろでは
まあ、布団くらいはあるに違いない。
などと取り留めのないことを考えていたその時、ふわと左眼に赤を基調にした鮮やかな友禅の、花や蝶を描いた振袖の袂が揺れるのが視えた。
また、だ。
僕は、この前と同じものを視たのである。
「……
「んー?」
身体ごと振り返れば、
「寝てました?」
「寝てない、が眠い」
「この部屋は昔、誰か使っていたとか分かりますか?」
「……昔って、どれくらいだ?」
「いや、その……どのくらい?」
着物のことは分からない。
振袖を着る女性は、未婚だと聞いた覚えがあるくらいである。
「若い女性が、この部屋を使っていたりします?」
「俺の母親も若い頃、自室として使ってたな。その前にも誰か使っているだろう」
「古い写真とか無いんですか?」
「それはそうと……?」
「いや、まあ……もう、今日は」
「ふうん?」
仰向けに寝転んだまま、顔の上から本を顎の下までずらすと僕の方を向いた
「……
「なんだよ、それ」
「破壊力が強すぎるんですよ……っていえ、何でも無いです……」
「ははあ、そうか成る程。遂に
「い、いえ……この噛み跡だけで結構です」
「馬鹿だな」
ふっと優しく笑う
「古い写真なら、そのライティングビューローの中にあるんじゃないか」
「見ても良いですか?」
「ああ、勿論。二番目の
指定された抽斗に手を掛けた時、
取り出して、手に馴染む皮の表紙のアルバムを開く僕の手元を、背後から覗き込む。
ふわりと、
「……それだな」
「随分と……古くないですか?」
「うん? ああ、これは
モノクロの写真は、夕陽を詰めたようなセピア色に染まり見覚えのある青銅の悪魔のあるこの建物は、間違いなく『
扉の前に立つのは、
そして僕は、この人を知っている。
初めて『
「
「なんだ?
僕はその
直ぐその下には、同じく扉の前に立つ二人の男女の姿。
その顔は、
「
「そうであって、そうでは無い……かな。
「え? じゃあ、
「ハハハッ。それが、どうも実子らしい。おそらくこの女が、産んだんだろ。戸籍では兄夫婦の子供を養子としていることになっているが、実際にはこの女との子供なんだよ。公然の秘密と云うやつだな」
小さなモノクロの写真の為、淡い髪の色までは分からないが、日本人離れした綺麗な人だった。
更にアルバムの頁を捲ると、その女性が大写しになった一枚を見つけて手が止まる。
最初に眼にした写真よりも若い頃の、一枚。
『
顔こそ無表情にカメラを見ているが、良く見ればその瞳の奥は愛しいものに向けられた、艶を含む柔らかなものだと分かる。
「……この女の人」
もう、間違えようもなかった。
あの夜、ソファで寝ていた
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