【Session20】2015年12月24日(Thu)クリスマスイブ

 街中はクリスマス一色に染まり、学のカウンセリングルームのある新宿でもカップルや親子連れの行き交う姿を観ることが出来たのだ。学は普段と変わりなくカウンセリングルームでカウンセリングの準備をしながらテレビをつけていた。テレビからは、各地のアミューズメントパークのクリスマスのイベントやクリスマスツリーの映像が流れてくるのを観ることが出来たのである。


 学は自分の今までのクリスマスの日のことを振り返ってみた。学は小学校、中学校、高校とクリスマスらしいイベント行事を行ったことが一度も無い。そして友達の少なかった学には、この日のイベントの重要性をあまり認識していなかったのだ。午後から今日も、彩とのカウンセリングに備え何時ものように、学は彩が来るのを待っていた。そして普段と変わりなく彩とのカウンセリングが始まったのだ。


木下彩:「こんにちは倉田さん。今日はクリスマスイブですね」

倉田学:「こんにちは木下さん。そのようですね」


木下彩:「倉田さんは小さい頃、クリスマスをどのように過ごしたんですか?」

倉田学:「僕ですか、僕は両親といろいろと問題があってクリスマスを家族で過ごした記憶が無いんです。木下さんは?」


木下彩:「わたしは小学生の頃は両親の仲がよく、皆んなで楽しくケーキを食べたりプレゼントを貰ったりしてましたよ」

倉田学:「幸せって、普段何気なく過ごしていると見えないんだよね。後から失って、初めて気づくことのほうが多いから…」


木下彩:「倉田さんはそうだったんですか?」

倉田学:「僕は最初から失うものは無かったから。今ここにある物を大切にしたいかなぁ」


 こうして何時ものように、学と彩のカウンセリングが始まったのだ。学は何時ものように催眠療法で、彩からもうひとりの人格のひとみに出てきて貰い統合して行くのであった。そしてもうひとりの人格のひとみに瞑想を行うことで、彩とひとみが次第に少しずつ統合されて行くことが学には感じ取ることが出来たのだ。

 しかし、この催眠瞑想療法をどのくらい続ければ彩とひとみの人格が統合されるか、またこの方法で本当に統合できるのかは、学にもわからなかった。そしてこの日の彩とのカウンセリングを終えたのだ。カウンセリングが終わった後に、彩は学へこう言ったのだった。


木下彩:「倉田さん。確かこのあと、じゅん子ママのお店に行きますよねぇ?」

倉田学:「ええぇ、そうですが。19時にじゅん子さんのお店に行きますが…」


木下彩:「わかりました。こないだ猫になって貰いますって言いましたよねぇ」

倉田学:「あぁー、柏木公園の時の…」


木下彩:「そうです。今日、わたしもじゅん子ママのお店に行きます。一緒に行きましょう」

倉田学:「わかりました」


 こうして二人は新宿からじゅん子ママのいる銀座へと向かったのであった。そして彩は学へこう言った。


木下彩:「では、今から猫になって貰いますね」

倉田学:「猫になるって、どう言うことですか?」


木下彩:「『喫茶キャッツ♡あい』に行きましょう!」

倉田学:「わかりました」


 二人は銀座8丁目にある『喫茶キャッツ♡あい』のお店へと入っていった。お店にはクリスマスケーキを買い求めに来るお客さんやカップルでケーキを食べるお客さんで賑わっていたのだった。そして二人は窓際の奥の席に案内されたのであった。


店員さん:「ご注文は、お決まりでしょうか?」

木下彩:「わたしホットミルクティー」

倉田学:「僕はブレンドコーヒーで」


木下彩:「それと、ネットで予約しておいたケーキもお願いします」

店員さん:「あい、かしこまりました」


木下彩:「このお店、ネットでクリスマスケーキの予約出来たから」

倉田学:「そんなサービスしてるんですね」


 間もなくして、二人の飲み物とケーキがテーブルの中央へ置かれた。そのケーキはトトロの『猫バス』に似た形で、ロウソク二本に火が灯されており、残りの一本のロウソクとマッチをその若い店員さんから渡されたのであった。


木下彩:「このお店のクリスマス限定で、『猫バス』のケーキが食べられるんですよ」

倉田学:「面白いですね。子供が喜びそうですね」


木下彩:「渡された残り一本のロウソクは倉田さん、お願いします」

倉田学:「僕が三本目の最後の一本に、火をつけるんですか?」


木下彩:「そうです倉田さん。今日は猫ですよ。そしてこのクリスマスケーキは、倉田さんからわたしへのプレゼントです」

倉田学:「わかりました」


 こうして学は最後のロウソクに火を灯したのだ。その時、学はこう思った。今まで生きてきた中で、クリスマスらしいイベントやこうして一緒にクリスマスを祝うことなど無かった自分が、今日初めて一緒に時間を共にしてくれるひとがいることのありがたさや嬉しさと言うものを感じることが出来たことに…。

 そしてそれに気づかせてくれた彩に感謝の気持ちでいっぱいであった。周りのひと達からは、二人はまるで恋人のように見えたことだろう。ケーキを食べ終わり、そして二人はお店を出てじゅん子ママのお店へと向かったのだ。


倉田学:「こんばんは倉田です。じゅん子さんいますか?」

若いホステス:「こんばんは倉田さん。ひとみちゃんと同伴だったんですか?」


倉田学:「ええぇ、まあぁ」

若いホステス:「この間は、ビー玉ありがとう御座いました」


倉田学:「そう言えば、あなたの大切なものは見つかりましたか?」

若いホステス:「ええぇ、わたしが置き忘れてきた物は家族かな」


倉田学:「そうですか」

若いホステス:「わたし昔、悪さばかりして、家族に迷惑掛けたから」


倉田学:「でも今は、大切なものが見つかったんですよね」

若いホステス:「ええぇ。いま、お付き合いしているひとがいるんです。そして、このクリスマスイブにプロポーズされて…」


倉田学:「それは、おめでとう御座います」

若いホステス:「ありがとう御座います。そのひとと一緒に幸せになることかな。平凡だけど…」


倉田学:「僕は思うんです。ひとの幸せって、他のひとが決めるんじゃない。自分が決めるんだと…」

若いホステス:「そう言って貰えると嬉しいです。じゅん子ママ呼んできますね」


 そう言うと、その若いホステスは嬉しそうに呼びに行ったのだった。そして間もなくして、じゅん子ママが現れた。


じゅん子ママ:「こんばんは倉田さん。わざわざクリスマスイブの日にお呼びして大丈夫だったかしら?」

倉田学:「僕は特に予定が入っていなかったので大丈夫ですよ」


じゅん子ママ:「今日は何時ものお礼だから楽しんでいってちょうだい」

倉田学:「ありがとう御座います」


 こう言って学はカウンターの席の奥の方に案内されたのだ。そして飲み物を何時ものようにウイスキーの水割りでもと思い頼もうとした時、じゅん子ママからいいジャパニーズ・ウイスキーがあるからと言ってイチローズモルトを薦められたのだ。


 学はウイスキーに詳しく無かったが、このウイスキーは埼玉県 秩父市で作られたウイスキーとのことで、学の住んでいる同じ埼玉県の秩父市に蒸留所があり、またウイスキーの本場スコットランドから設備を整え製造していることなどをバーテンダーから聴くことが出来た。そしてウイスキーの飲み方をそのバーテンダーから教わったのだ。


バーテンダー:「お客さん。イチローズモルトを出すお店はなかなか無いと思うよ」

倉田 学:「はあ、そうなんですか」


バーテンダー:「そしてウイスキーを楽しむのに大きく分けるとストレート・ロック・水割り・ソーダ割り(ハイボール)の4種類があるんだよ」

倉田 学:「そうなんですか」


バーテンダー:「それで、いいお酒はできればまずストレートで飲んで貰いたい。そして次にロックで味わって貰い。最後に水割りで締める」

倉田学:「そんな飲み方をするんですか」


バーテンダー:「これはある意味、僕なりの哲学かな。ただ、氷も水もウイスキーに合った物を選ばないといけない。秩父市で作られたウイスキーなら、秩父市の氷や水を使うべきだと僕は思うんだよねぇ」

倉田学:「ウイスキーって奥が深いんですねぇ」


バーテンダー:「僕はこの飲み方を『三本締め飲み』って呼んでるんだけどねぇ」

倉田学:「それでは僕も『三本締め飲み』でお願いします」


 こうして学はバーテンダーから教わったこの飲み方で、まずストレート、次にロック、最後に水割りでウイスキーを楽しんだのだ。琥珀色をしたウイスキーを口に含むとウッディーな香りが鼻から抜け、爽やかな柑橘系の果実がトップノートで感じることが出来たのだ。そして口の中にはピート感が広がって行ったのであった。


 学がこうしてひとりでウイスキーを楽しんでいる頃、新宿歌舞伎町にある透のお店『新宿歌舞伎町ホストクラブ ACE』でも、クリスマスイブの夜をホストと過ごそうと言う女性のお客さんで賑わっていた。


 透はこの日も忙しそうに接客の対応に追われ、またNo1ホストでもあるのでお客からの指名も一番多く、分刻みの対応を行なっていたのだ。しかし透にとっては普段と変わらず慣れたもので、僅かな時間でお客を満足させ、次のお客の席へと移動して行くのであった。


 この忙しい中、探偵の今日子が透の店に訪れたのだ。それは透が探偵の今日子に依頼していた放火犯に関する情報を透に伝えるためであった。今日子はお店に入ると若いホストに透を呼ぶようお願いしたのだ。その若いホストが透に今日子が店に来ていることを話すと、透の表情が一変し、その場にいたお客から抜け出すかのように透は今日子の元へとやって来た。


樋尻透:「こんな日にどうしたんだ?」

今日子:「新しい情報が入ったのよ」


樋尻透:「来る前に、電話とかしてくれれば」

今日子:「わたし、電話とかメール信頼してないの。いちおう、これでも探偵なので、情報が漏れるのが一番怖いのよ」


樋尻透:「それで、何か新し情報でも入ったのか?」

今日子:「あなたにはクリスマスプレゼントかもよ」


樋尻透:「それはいいから、早く教えろよ!」

今日子:「そうね、まず犯人の居場所だけど…。神戸市内にいるようね。それとその放火犯、どうやらゲイ(男性同性愛者)の可能性があるわ」


樋尻透:「ゲイだと!! それで、神戸市内のどこにいるんだ!?」

今日子:「来年の1月、わたしが直接神戸市内にいる放火犯を探しに潜入するわ」


樋尻透:「じゃあ、その報告を早く頼む」

今日子:「わかったわ」


 今日子はこうして透の店を後にしたのだった。透は来年早々にも放火犯が見つかるかもしれないと言う期待と興奮が沸き起こったのだ。この時ばかりは、普段冷静な透も周りから観ても少し興奮しているかのように見えたのだった。そしてこの透の興奮は、周りのひと達にはクリスマスイブだからだろうと映っていたのかも知れないが、実は透自身はクリスマスイブなど所詮イベントのひとつに過ぎず、透にとっては放火犯の方がよっぽど重要なことであった。


 クリスマスイブの夜を大切なイベントと考えるひともいれば、逆に自分には全く関係ないと思っているひともいる。そんな世の中の二面性をこの夜過ごした誰もが経験し、そして翌日のクリスマスへと突入して行くのであった。

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