第13話

 城下町を抜け、平原の道を進み、いつの間にか馬車は、森の中へと入って行くようでした。

 私は考え込むのに夢中で、周りの景色をあまり見ていなかった自分に気付きます。


 フィルの話が私にもたらしたのは、深い、深い混乱でした。

 王国の始祖が『獣人と聖女』であるならば、その番はどうなったのでしょうか?


 尋ねましたが、フィルは「まだ確証はない」と言って、そこで話を打ち切ってしまいました。

 知らないというよりは、話したくない、といった様子に見えました。


 彼の目的も、まだ分かりません。


『共犯者』と、初めて会ったそのときに、フィルが言っていたのはぼんやりと覚えておりますが……彼は私に、いったい何をさせるつもりなのでしょうか……?


「……もう着くぞ」


 やがてフィルは、窓の外へ目を向けて、ぼそりと呟くように言いました。

 黒い尻尾が、ゆらりと一度、緩やかに動きます。


「えっ? っと……」


 声に釣られて、私も窓の外へ視線を向けます。

 背の高い木々の生い茂る森の中、尖った塔と、お城の屋根が見えました。

 なんだか、お化けでも出そうな雰囲気でした。


「……あのお城に、向かうのですか?」


「そうだ」


 なんと言っていいのか分からず、当たり前の事を質問してしまいました。

 ですが、正直な感想を述べるわけにもいきませんし、素敵なお城ですね。とでも言おうものなら、皮肉か? とでも言い返されそうな気がします。


 どのみち、ずっと離宮で軟禁されていた私です。

 考えてみれば、その場所が別のお城に変更されたとて、部屋から出してもらえない事に変わりはないだろうと想像できます。ベッドが埃っぽくさえなければ、それでいいです。


「……嘆くか、文句を言うかと思ったが、何も言わないのだな」


「? 何がですか?」


「いや……」


 ふいっと、興味を失い窓から視線を外した私を、フィルが意外そうな顔で眺めました。


 たしかに、窓の外にコウモリがぶら下がっていそうなお城ですが、それぐらいで文句は言いません。

 それにコウモリならば、喋らないので気が楽です。


 森の中にあるお城なので、虫が出たらちょっと嫌ですが……。

 どうせ一日中、やる事もあまりないのです。離宮にいたときと同じで、部屋の掃除をして過ごすと思います。


 侍女たちや王様、大臣様、騎士様……リカルド様。そして……ミーシャ・フェリーネ。

 これまで出会ってきた、獣人の方々との交流の影響でしょうか。

 私はいつの間にかずいぶんと、引きこもり体質になってしまっているようでした。


「……到着したら、一度ゆっくり眠るといい。寝不足で練習をするのは、危険だからな」


「はい。……はい? その、今なんと?」


 フィルがぶっきらぼうにそう言って、私は頷いてから、問い返しました。

 練習……と聞こえた気がしますが、何を練習するのでしょうか?


『聖女』つまり『浄化装置』としてのお役目については、この世界に生きているだけで、効果があると聞いています。


「寝不足での運動は、危険だと言った」


「運動……?」


 返答を聞き、やはり私は首を捻りました。

 森の中ですし、彼らは獣人です。もしかして、自給自足のために、狩りなどしたりするのでしょうか?


 それは少し……楽しそうですが、しんどそうです。

 いえ、楽しくもないかもしれません。私に生き物は、殺せないと思います。


「……食事については、お肉は、我慢しますので、」


「何を言っている?」


「いえ……」


 どうやら、違ったようです。……寝不足のせいか、頭が上手く働いていない気がします。

 フィルは片目を細め、口元に手を添えて私を見ました。


「……減量は、必要ないように思えるが」


「っ、そういう意味じゃ」


 思わずお腹を隠します。コルセットは、着けておりません。

 今朝は、離宮の侍女たちに追い出されるように出てきたわけですから、身支度など、ほとんどしていないに等しい状態でした。


 フィルは再び、窓のほうへと目を向けました。……逸らしたとも、いいます。


「それに、宮廷でのダンスは簡単なステップのものでも、意外と体力を使う。肉は、食っておくといい」

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