第21話 リノの道程 2
辺境を守るこの辺境伯という立場の者は強くなくてはならない。心身共に。
ここに連れてこられてから7年の月日が経った。それは自分を『僕』から『私』と自称を変える程の年月だ。
辺境伯令息として徹底された教育を施され、私は強くなったのだと思う。いや、そうならないとここでは生きていけなかった。そうならざるをえなかった。
孤児院を出てから、笑うことはなくなった。
私が笑えたのは、サラサと共にあったあの時だけだった。決して楽な生活をしていた訳じゃない。だけど、慎ましやかながらも、あそこには暖かな何かがあったのだ。心安らげる何かがあったのだ。
その時は分からなかった。でも今なら、それはサラサがいたからだと分かる。サラサの持つ優しい空気が私を癒してくれていたのだ。
会えなくなってからも、私はサラサを忘れた事は一日もなかった。いつか必ずサラサを迎えに行く。私がこの地位を揺るがないものにして、誰にも口出し出来ない程の力を身につけて、あの時のプロポーズの答えを聞きに行く。
例え断られても、簡単に引き下がってなんかやらない。私が私らしくあれたのは、サラサの前でだけだったのだから。
鞭で打たれて動けなくなった時、罰だと食事を何日も与えられなかった時、寒い日の大雨の中、木にくくりつけられて何時間も放置された時、挫けそうな私の心を暖めてくれたのは思い出の中のサラサの笑顔だけだった。
心がサラサを求めている。それだけが私の希望。唯一の救い。
こんなふうに勝手に自分の心の中でサラサにすがる私を、君は嫌がるだろうか。気味悪く思うだろうか。だけど今の私にはそれしかなかった。サラサと再び会える日だけが、今の自分を維持する事ができたのだ。
そんな日々を過ごしていた頃、隣国シェリトス王国との関係は次第に悪化していき、各地で小競り合いが勃発し始めた。
この地を守る我が辺境伯領にも、敵軍は進行をしているとの情報を得る。各地で戦闘が起こる時、真っ先に私は戦闘に駆り出されるようになった。
辺境伯のジョルジュ家には、独自に多くの兵士を抱えている。これは我が王国軍にも引けを取らないと言われる程だ。
父上のジュリアーノ・ジョルジュは策士であり、戦況を思うように誘導し、勝利へと導くのに長けた能力を持っていた。私はそれをここに来た頃より叩き込まれていた。父上は私と共に、慣らすように戦闘に少しずつ参加させようと考えていたようだったが、エスメラルダ様がそれを許さなかった。
父上はエスメラルダ様に頭が上がらなかった。それはそうだろう。婚約している時に不義で使用人である母さんに手を出し妊娠させたのだから。
エスメラルダ様は侯爵家の令嬢だった。婚約は家同士の約束事だ。簡単に破棄等できる訳もない。そこには政治的な事が関わっているからだ。
だから母さんが追い出された。だけど、エスメラルダ様には子供が出来なかった。それは女性にとって、貴族の女として一番屈辱的な事だったのだろう。だから仕方なく私を養子として迎えた。でも、それは更にエスメラルダ様のプライドをズタズタにした。一時期エスメラルダ様は精神を病んだようだった。
その事もあって、父上はエスメラルダ様の言うことに反対できないでいたのだ。
だから私は結成された小隊の、未経験であるにも関わらず隊長に任命され、各地の小競り合いに助っ人として送り込まれるようになったのだ。
小隊であったとしても、ベテラン騎士もいる中で新米の若造が隊長となるのに、皆がすぐに納得する訳がなかった。だがそれも、日々戦闘を共にしていくことで少しずつ認めて貰えたようだった。
どうやら思ったよりも強くなれていたようで、私が参加した戦闘では敗北する事はなかった。そうして実力が認められていき、いつしか大軍を任せられる迄に成長していた。
巷では英雄とまで囁かれるようになって、私は少し慢心していたのだと思う。それは父上と初めて戦闘に参加した時だった。
策略が読まれていたのか、戦況は思わしくなくウェルス国軍が追い込まれる事態となっていた。策士作に溺れるとは正にこの事だったのではないか、と思う程の数々の失態。練った策は悉く破られていった。
今回は戦略を私が請け負った。少しでも父上に自分の実力を目の前で見せ付けたかった、と言うのが本音だった。
私は実力を身に付けたのだと。だから自分のしたいように出来る立場になれたのだと、そう胸を張りたかったのだ。
その思いが仇となった。
敵に良いように、弄ばれるように蹂躙されていき、敵の攻撃から私を庇って前に出た父上は、騎乗した状態で炎に包まれてその命を落としたのだ。
親子とは言え、私たちの間には馴れ合い等一つも無かった。父上は私に歩み寄ろうとしていたようだったが、エスメラルダ様がそれを許さなかったし、私も敢えてそうしなかった。だから何処か他人のように思っていて、親子の情とか愛とか、そんなものは自分達には存在しないと思い込んでいた。
その筈だったのに、父上は私を庇ったのだ。身を呈して、誰よりも優秀な策略家として名高い父上が、私の練った戦略のせいで呆気なく命を落としてしまったのだ。
この戦はウェルス国の敗北となった。私は捕虜となってしまった。
自分のしてしまった罪に、私は呆然となっていた。数多の兵士達、騎士達、そして父上を死に追いやったのは自分の手腕の無さだった。
そんな自分が何故殺されずに捕虜となっているのか。生き長らえさせられているのか。情けなさや虚無感に苛まれ、私は送り込まれた地下にある牢獄での拷問を、受け入れるような気持ちでいたのだ。
拷問で受けた痛みは、自分がしてしまった罪への償いのようにも感じてしまった。だが、ここで捕虜として捕まったままでいると、またウェルス国に被害が及ぶかも知れない。自分が生かされているのは、交渉に使われる為なのだろうから。
国としては私を切り離したいと考えるだろう。だが、私は英雄と持て囃されつつあった。その人物を切り離したとしたら、国民が黙っていないのかも知れない。だから国は仕方なく交渉に応じるしかないのかも知れない。
そんな立場でいるのも情けなかった。
絶え間ない拷問によって意識も朦朧とし、考えも覚束なくなってきた頃、思いもよらない人物が私の目の前に現れたのだ。
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