04 政客、大久保一蔵

 山口。

 

 西郷と並んで、当時の薩摩の活動の軸となっているのが、大久保一蔵だった。

 大久保は、西郷が諜報活動等のの活動にいそしんでいるのとは逆に、の、公卿や大名、そして他の雄藩の志士らへの働きかけを担っていた。

 その流れで、大久保は長州に赴き、山口で桂小五郎との打ち合わせを行い、そこで赤松の話題となった。


長州ウチにも大村益次郎というのがいるがね、これがなかなかよ」


「……たしか、以前まえは村田蔵六さんとおっしゃったか」


「そうそう」


 その頃には二人は重要論点については話し終えており、雑談という雰囲気になっていた。

 桂は、大村と赤松、どちらがかとか、稚気を交えた冗談を述べた。

 大久保も多少は雑談に付き合うのも薩長の融和に繋がるかと思い、イヤ赤松先生は上田の人だから真田の兵法が、と根も葉もない冗談を言って、桂を笑わせた。


「真田かあ……徳川とくせん相手に、そりゃあ心強い」


 そこまで言って、桂は真顔に戻った。


「大久保君、その赤松先生、上田に戻されそうとか」


「……お聞き及びですか」


「大村が気にしてたよ」


薩摩ウチとしても、何とかしたいとは思うちょりますが……」


 薩摩弁が出てくるのは、大久保の真情が入っている証拠である。桂はそのわずかな大久保の癖を見抜いていた。


「大久保君」


「何ですか」


「さっきの大村だが、その赤松先生の話で、ひとつ気になることを言っていた」


 大久保の目が見開く。桂は、この視線に耐えられる数少ない一人だった。


「もし、赤松先生が上田に帰ると決まったとして、だ……」


 そのを聞いて、大久保は血相を変えてその場を辞し、急ぎ西郷へと書状をしたためるのであった。



「――やはり、斬るしかないか」


 小松は、田代から聞いた赤松の様子、そして西郷が集めた情報から総合するに、どうも赤松は上田藩へ――の藩へ、ほぼ強制的に帰藩させられるらしい。


 それも、今日明日中に。

 もはや、猶予はない。


 小松は半次郎を自室に呼んだ。


「お呼びですか」


 半次郎はすぐにやって来た。小松が目配せすると、廊下に田代がそっと座った。

 半次郎は田代をにらんだが、小松が無言でかぶりを振るので、正面に視線を戻した。


ないでごわんど?」


「単刀直入に言う。中村半次郎、赤松小三郎を斬れ――これは、主命である」


「……なっ」


 何故だ、と叫ぼうとするのを、半次郎はこらえた。

 小松の目に涙が浮かんでいたからである。


「中村君、よく聞け。赤松先生は上田に帰る」


「そいどん、説得して……」


「無駄だ!」


 その小松の憤りは、むしろこの場にいない小栗忠順おぐりただまさへ向けたものだった。


「無駄に決まっておろう……赤松先生は幕薩一和、わが薩摩は武力倒幕、相れないことは自明の理。であれば、まだ幕府の方についた方が、幕薩一和への道が残される……」


 小栗にそう思わされたのだろう、と小松はため息をついた。


「加えて、先日の福井藩邸を出た時の先生の様子。これはもう……」


 小松とて、赤松が薩摩に対して恩義を感じていることは知っている。知っているからこそ、その赤松の様子が尋常ではなかったことから、己の推論の正しさを知るのだった。

 小松は半次郎に寄る。


「いいか、中村君。いかに大恩ある赤松先生とて、薩摩を裏切ることは許さん」


 半次郎は首を振る。


「まだ、裏切ると決まったわけじゃ……」


「そう思えるだけでも駄目なんだ! 今のこの状況、分かるだろう!」


 薩摩と幕府の緊張は極限に達しており、少しでもその均衡を崩す行為は、まさに一触即発。


「小栗上野こうずけ、見事な策だ。武力倒幕の口実になろうを、その武力のもって……」


 そこまで言って、小松は、項垂うなだれる半次郎の肩を掴み、顔を上げろと言った。


「この上、中村君、君までその・赤松小三郎の手先と扱われるのは本意ではない」


「ば、幕奸……」


 半次郎は、小松のその言葉で、赤松が薩摩のとして見なされたことを知った。


「だから君が斬るんだ、中村君。君が斬れば、君は……」


 薩摩は一枚岩ではない。藩主の父・島津久光は、大久保一蔵が篭絡して、騙す形で倒幕へと傾けてきている。

 小松は今回の話を、久光にした。

 久光は、斬れと答えた。

 久光にとって、激賞した小三郎であっても、薩摩を裏切るのならば敵であり、斬るしかない。

 その久光に、赤松を先生と慕う半次郎のことが耳に入れば。


「……頼む、中村君、頼む。斬ってくれ……」


 小松は半次郎のその剽悍ひょうかんさと人柄を愛した。だから引き上げた。

 ……その小松に頼まれては、半次郎としては、もはや否やとは言えなかった。

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