第46話 黒いマリオネット

「くそっ! 今度はちゃんと魔長を合わせろよ!」


 とイザークが怒声を放てば、


「あんたこそしっかりしなさいよね! そこは水属性よ、バカァッ!」


 とマーベラスが癇癪を起こして辺り構わず怒鳴り散らす。


 俺はというと、


「二人とも冷静になるんだ!」


 そんな二人に板挟みとなっていた。

 (ちなみに魔長とは、魔力の性質を属性の波長に合わせることをいう)




 現在俺たちは二次試験の真っ最中。

 色鮮やかに変化するパネルの上で、苦渋をなめさせられている。まるで覚えたてのダンスを上手く踊れずに、足をもつれさせ派手に尻もちをつく幼子のように、俺たちは転んだ。


 そして、吹き飛ばされてまたスタート地点に戻される。これで三度目だ。


「もう嫌ッ! なんであんたはちゃんとできないのよ!」

「なっ!? お前だってさっき間違ったじゃないか!」


 起き上がるや否や、お決まりのように言い争いをはじめる二人。ヒトデはお気に入りの漫才コンビでも見るかのように二人を見てニヤニヤしている。悪趣味だ。


「ヒヒッ。俺さまは別に構わねぇぜ。試験終了時刻までここでお前たちが終わらねぇウインナーワルツを踊るのを、高みの見物と洒落込むのもまた一興だぜ! それに、夫婦漫才にも拍車が掛かってきたんじゃねぇか?」

「ふざけるなッ!」

「やめてよッ!」


 二次試験のテーマはおそらく瞬発力。

 というのも、現在俺たちが受けている試験はまさに瞬発力が試されている。

 スタート地点は三箇所あり、三人それぞれが別の場所に立つ。すると何処からか音がなり、それに併せてはめ込まれた透明な床が青・赤・橙・緑・と様々な色に変化する。


 これを分かりやすく何かに例えるなら、たぶんリズムゲームだ。


 たとえば立っている床のパネルが青なら、その者は魔力円環を行い水属性の魔長を全身にまとわなければならない。失敗すればパネルから風が吹き荒れ、足を取られて弾かれる。


 しかも、色が変化してから魔力円環を行い、魔長を合わせて全身にまとうまでに与えられた時間はわずか2秒。俺たちはたった2秒で魔力円環を行い、各属性に合わせた魔長をまとわなければならない。


 最悪なのはそれが連帯責任ということ。一人が間違えたり遅れると、全員が弾き飛ばされる。さらに、試験は全員で同時にゴールしなければクリア扱いにならないのだ。

 以上の点から、軋轢は生じるばかり。


 ちなみに俺はこの手の試験は得意だったりする。2秒もあれば楽勝だった。


「少しいいか?」


 今にも掴み掛かりそうな眼で睨み合う二人に、俺はできるだけ穏やかな口調で話しかけた。


「二人はひょっとして色が変化してから魔力円環を行っているんじゃないのか?」

「え……まぁ、そうだけど」

「パネルの色が分からないと、どの属性に魔長を合わせればいいか分からないもの」


 なるほどと、俺は大きく首を縦に振った。


「実戦だとさ、敵の動きを見てから魔力円環を行っていたら間に合わないんだよな。それこそ、魔力を練っている間に距離を詰められるし、なんなら先手を取られかねない」


 真剣な顔で俺の話を聞く二人は、やはり優秀だ。強くなろうとする意志が感じられる。


「だから戦闘では常に魔力円環を行った状態で戦うんだ。あるものは全身に魔力をまといながら、あるものは常に武器に魔力をまとわせる。もちろん大きな魔法を執行する際には、改めて魔法円環を行う必要があるけど、今回の試験内容だと、常に薄い魔力をまとっていればいい。あとは変化したパネルの色に合わせて、魔長を合わせればいいだけだ。これだと時間の短縮にもなる」


 殺伐としていた彼らの雰囲気が、少し柔らかなものに変わった。たぶん次で行ける。今の二人の顔は、俺にそんな期待を抱かせる。


「なんだよ?」


 煙草を吹かすヒトデとサングラス越しに目が合えば、


「悪かねぇ、そう思っただけだ」


 柄にもないことをヒトデが言うもんだから、何だか小っ恥ずかしくなった。少し顔が熱い。




 それからすぐに、俺たちは二次試験を突破した。


「リオニス! 君のアドバイスがあったお陰だよ!」

「本当にどっかの誰かさんとはえらい違いよ!」

「なんだと!」

「なによ!」


 この二人はどうしてこうもすぐに、言い争いを始めてしまうのだろう。

 今後もしも似たような形式の試験があったとしても、この二人とだけは組みたくない。

 なんてことを密かに思案しながら苦笑する俺を横目に、サングラスをずらしたヒトデが何かを探す素振りでキョロキョロと辺りを見渡している。


「どうかしたのか?」

「静かにしやがれッ!」


 尋ねた俺に、怒りっぽいヒトデが大音声を響かせる。

 その態度にムッと眉間にしわを寄せたのは、俺ではなくイザークとマーベラスだった。


「あんた何よその言い方!」

「リオニスはお前のことを気にかけただけだろ! 謝れよ!」

「ちょっと聞いてるの!」

「おい、聞いてるのかよ!」


 突っかかる二人を気にすることなく、今度はじっと俺を訝しむように睨みつけるヒトデ。

 そして、息を飲むように呟いた。


「何か……聞こえねぇか?」

「いや、別に……?」

「話を逸してんじゃないわよ!」

「都合が悪くなったらだんまりかい! たちの悪いヒトデだな」


 二人の罵声も何のその、試験官は手を口元に当ててシッ! 俺たちに口を閉ざすように鋭い視線を走らせる。


「静かにしろ!」

「……なんなんだよ」

「あんたって本当に自己中心的なヒトデね――うっ……分かったわよ。お口にチャック。黙ればいいんでしょ。黙れば」


 噛みつきそうな形相でヒトデに睨まれた二人は意気消沈。飼いならされた犬のように大人しくなった。


 ―――て……オ、ス………けて。


「――――!?」


 不気味なくらいに静まり返ったダンジョンで、消え入りそうな声が俺たちの耳をかすめる。


「なっ、なんだよ今の声は!?」

「まさか幽霊ってわけじゃないわよね!」


 奇妙な声にたじろぐイザークとマーベラスとは違い、ヒトデは声の主を探すように視線を走らせた。


『――けてくれ! リオニスッ!』


 耳をすませば微かに聞こえた。この凛とした声はクレアの声だ。


「クレア!?」


 しかし、一体どこから彼女の声が聞こえて来るのかが分からない。

 一人右往左往する俺に、


「リオニス、それだ!」


 ヒトデが指し示したものは、腰からぶら下げたクレアちゃん人形。試験がはじまる前に彼女から貰ったものだ。


「クレア!? 聞こえるかクレア! 一体どうしたんだ!」


 人形越しに声をあげるが、彼女からの応答はない。


「アリシア殿下たちの身に何かが起きていることは間違いないわよ」

「声の様子からして只事じゃなさそうだ。相手はこの国の第三王女たちのチームだろ? 念のため試験は中止すべきなんじゃないのか?」

「一理あるな。……仕方ねぇ」


 一瞬考える素振りを見せた試験官だったが、イザークの提案を受け入れるまでの判断は早い。さすがなにヴィストラールに試験官を任されることだけはある。


「一度ジジィと連絡を取るから待ってろ」


 早急に意思疎通の魔法で外部との連絡を試みるヒトデだったが、直後――彼は頭を抱えるように蹲った。


「おい、どうしたんだよ!?」

「ぐぅ……くそっ! 誰かがダンジョン全体に通信を妨害する結界を張り巡らせてやがる」

「ちょっとそれってどういうことよ!」

「詳しいことは分からねぇが、俺さまたちは何者かに閉じ込められたくせぇ」

「閉じ込められたって……シャレになってないわよ! どうすんのよ!」


 渋面を作るヒトデが、額の汗を拭いながら慌てることはないという。


「この事態にジジィが気づかねぇわけがねぇ。きっとすぐに――」


 彼はそういうけど、それではクレアたちの救助が間に合わない。先程の声の様子からして、事態は一刻を争う。

 なによりあれ以降、何度呼びかけてもクレアから応答がなかった。


「助けを待っていたら手遅れになるかもしれない。他のチームと合流する方法はないのか」


 ヒトデは力無げに首を横に振った。


「方法があるとすれば、スタート地点まで戻って他チームの連絡橋に移動するくらいだ」

「それでは間に合わない!」


 いかにも弱ったという風に腕を組む俺の隣で、「あ」とも「が」ともつかない、ひしゃげたようなイザークの声が聞こえた。


「―――!? なんだあれはッ!?」


 ど肝を抜かれて叫んだ彼の視線の先には、気味の悪い、真っ黒なマリオネットがこちらに向かって歩行してくる。それも一体や二体ではない。次から次にのそのそと暗闇から這い出てくる。


「……」

「………」

「…………」


 俺たちは見てはいけないものを見てしまったように、ハッと息を引き切る。


 マリオネットの頭上には魔法陣が展開しており、そこから生えた巨大な黒い悪魔の手が、魔力の糸によって繋がれた人形を操っていたのだ。


「なによ……あの禍々しい魔法は!?」

「あんなの見たことも聞いたこともないよ!」

「ありゃ……禁術に指定されてる悪魔召喚じゃねぇか!」

「悪魔召喚!? 何なのだそれは!?」


 ヒトデいわく、あれは悪魔の体の一部を召喚して従わせるものだという。


「じゃああれは悪魔ってわけ!? 冗談でしょ!」

「というか、生後8ヶ月なのになんでそんなに詳しいんだよ!?」

「細けぇことは気にせずビックにロックに生きることだぜ。イザーク・クルッシュベルグ」

「余計なお世話だ!」


 俺は迫りくるマリオネットを見据えながら、腰の杖剣を抜き放った。


「とにかく、今はあれを何とかして、一刻も早くクレアたちの元に駆けつけるぞ!」

「どうやら僕の実力を見せる時が来たようだね」

「丁度むしゃくしゃしてたところだし、ボッコボコにしてやるわよ!」

「仕方ねぇ。俺さまも全力で応援するぜ!」

「「「って戦わないのかよッ!」」」


 思わずズッコケそうになって総ツッコミを入れる俺たちに、ヒトデが戦えるわけないだろと、呆れるを通り越して、なんだかキレ気味のヒトデだった。


「さて、では何処からでもかかっ来るがいい」


 気を取り直し、俺たちは三人で漆黒のマリオネット軍勢を迎え撃った。

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