第42話 ボトルオブダンジョン
「試験に参加する二年生はこれで全員かの?」
試験当日、俺たち二年生はあらかじめ三人一組のチームとなり、アルカミア魔法学校の中庭に集められていた。
俺の両サイドにはチームメイトのイザークとマーベラスがいて、近くにはアリシアとその従者ビスケッタ。それにクレアもいる。
どうやらクレアはアリシアたちとチームを組むことにしたらしいのだが、決して望んで組んだチームというわけではなさそうだ。仕方なく、そう顔に書いてある。
二人は俺の背後にそっと忍び寄ってきては、薄情者だの、婚約者として正式に抗議させてもらうだの、本当に好き勝手言っていた。
ヴィストラールの隣に立つブラン・ル・フェは未だ、納得いかないといった顔でこちらを見ていた。もはや彼女は猜疑心の塊である。
セドリックにニケ、テイラーの三人と目が合えば、マーベラスよろしくサムズアップが向けられる。息のあった三人に、俺は苦笑いを浮かべてしまう。
「……やっぱり来てないか」
「どうかしましたの?」
試験会場となった中庭にザッと視線を流す俺に、背後に立つアリシアが疑問を投げ掛けてきた。
「あの日以来アレスの姿がどこにも見えないだろ? だからひょっとしたら今日の試験には来るんじゃないかと思っていたんだが、どうやら試験にも参加しないらしいな」
「そう、ですわね」
婚約者の口からその名はあまり聞きたくなかったのか、アリシアは複雑そうな顔で相槌を打つ。
アレスの加護によって魅了されていたとはいえ、恋仲にあったと噂された人物の名を婚約者である俺が平然と口にすることに、多少の忌避感があるようだ。もっともアリシア本人はアレスに魅了されていた事にも気づいていないようだが。
「そいつならさっき城門の前で見かけたわよ?」
「見かけた? アレスをか!?」
マーベラスの何気ない一言に驚いてしまう。あの日以来、はじめての目撃情報だった。
「ええ、前に見かけた時とは随分雰囲気が変わっていたけど、あれは間違いなくアレス・ソルジャーだったわよ」
「彼なら僕も見たよ。怪我していたみたいだったけど」
「怪我?」
「ああ、左目を怪我していたみたいだ」
左目を怪我? 俺がアレスに放った一撃は後頭部への一発だけだったはず、片目を怪我することなんてないんだけどな。
「彼は彼で強そうなのとチームを組んでいたよ」
ということは、やはりアレスも試験には出るのか。
「でもあんな巨大な生徒、二年にいたかな?」
「そんなに大きいのか?」
「ああ、思わず僕が見上げてしまったくらいだからさ」
イザークの身長は160代後半。大抵の場合彼は見上げる立場になると思うのだけど、言わないでおくとしよう。
「何よりチームメイトにあの
「
「シャレット家の息女だよ」
「シャレット家?」
「……冗談だろ? 君、シャレット家を知らないのかい?」
「知らん」
聞いたこともなかった。
開いた口が塞がらないといったイザークは、やれやれと頭を振る。
「君たちグラップラー家と同じく、かつて戦争で武功をあげた一族さ。もちろんグラップラー家程ではないけど、シャレット家も武闘派と呼ばれる一族だよ」
武闘派の一族、シャレット家……ん?
前言撤回。俺はその名に心当たりがあった。
「それってロック・シャレットか!」
「ロック・シャレット? 誰だい、それ?」
「ニーヴ・シャレットの弟よ」
ロック・シャレットを知らないというイザークとは異なり、マーベラスは彼を知っていた。【恋と魔法とクライシスⅡ】における主人公、ロック・シャレットを。
「弟の方はまだアルカミアに入学できる歳じゃないんじゃない。ちなみにこのお坊ちゃマンが言ってるのは、その姉の方よ」
「誰がお坊ちゃマンだ!」
「ヘルメットの呪いに掛けられた哀れな商人の息子よりはマシでしょ」
「長いッ! というかもういっぺん言ってみろ!」
言い争う二人は無視して、俺は考える。
【恋と魔法とクライシスⅡ】は正直雰囲気が暗くてあまり好きではなかった。そのためほとんど覚えていなかったけれど、さすがに主人公のロックについてはいくつか覚えていることがある。
ロックは武闘派の一族に生まれながら、彼自身には才能がなかった。その上、過去にアルカミアで起きた事件によって天才と謳われた姉を亡くしている(ちなみにその事件というのは
そのことから、ロックはかなり暗い性格だったと記憶している。
【恋と魔法とクライシスⅡ】におけるテーマは、ズバリ成長。
って、そんなことはどうでもいい。
問題はなぜ、【恋と魔法とクライシスⅡ】の主人公の姉がアレスとチームを組んでいるのかだ。意味がわからない!
「アレスはリオニスに相当怨みを持っていたみたいなので、ひょっとしたらシャレット家の令嬢と意気投合したのかもしれませんわね」
とはアリシアだ。
「は? アレスが俺を怨むのは百歩譲って理解できるとして、なんでシャレット家の令嬢とかいうのまで俺に? 俺は何もしてないぞ?」
「呆れた。本当に覚えていませんのね」
「なにが?」
「シャレット家の令嬢は天才と謳われた貴方に憧れていたのですわよ」
「俺に?」
「あれは毎年開かれていた私の誕生パーティでのこと、シャレット家の令嬢は貴方と友誼を結びたくて、ずっと貴方の周囲をウロウロしていましたわ。けれど、貴方は彼女に話しかけることはなかった」
「話したいなら自分から話しかけてくればいいだろ?」
「無理に決まってますわよ。貴方は公爵家、彼女は子爵家なのですわよ。それに、その頃すでにリオニスは私の婚約者。パーティの主役である私がいるのに、彼女が進んで貴方に話しかけることなど無理ですわよ」
アリシアいわく、シャレット家の令嬢は俺が参加しなくなる10歳まで毎年のように、誕生パーティの際には俺にべったり張り付いていたのだという。
しかし、そんな健気な彼女を俺は無視していた。いや、無視していたのではなくて気づかなかった。アリシアの誕生パーティは人、人、人、だったのだから無理もない。
「それからですわ、彼女が天才と言われはじめたのは」
俺に相手にされなかったシャレット家の令嬢は、それから鍛錬に鍛錬を積み、自らが天才と云われるまでになった。ひょっとしたら、いつか俺を見返そうとしていたのかもしれない。
「噂をしたらなんとやらだな」
クレアの目線をたどった先には、アレス・ソルジャーが立っていた。彼の両隣には、身を隠すように外套を頭からかぶった二人組みの姿もあった。
一人はイザークが言っていた通りの大男で、布でグルグルに巻いた何かを背負っている。
もう一人は細身で長身の女子生徒なのだが、それ以外は特筆すべき点が見当たらない。何分相手は外套で覆われた身。それでも何か一つあげるとするならば、パッと見胸は大きそうだということくらいだろうか。クレアといい勝負だと思う。
「げっ!?」
アレスは睨み殺しでもしそうな眼つきで俺を見据える。それは、まるで燃える火の塊のように見えた。
それにしてもあの左目は……。
イザークの情報通りアレスは左目を怪我しているようで、海賊みたいな真っ黒な眼帯を装着していた。
「―――!?」
「……?」
あれほど睨んでいたアレスが唐突にうつむいてしまう。どうしたのだろうかと思ったのだけれど、すぐに理解した。
「アリシア?」
「………」
きっとアリシアが俺たちを壁に見立てて、身を潜めてしまったことが原因だったのだろう。
それを裏付けるように、アレスは再び鋭い視線を俺に向けてきた。
俺のせいではないのだが……。
言ったところで仕方がない。
「注目やッ!」
耳も破れんばかりに独特のイントネーションが響いた。ブランの声だ。
「今から試験のルールを説明するで! つってもルールは至極単純や。これからみんなには試験会場となるダンジョンに入ってもらう。ダンジョン最奥にたどり着けたチームは合格! たどり着かれへんかったチームは不合格とする。その際、チームメイトが怪我などでリタイアした場合も不合格。誰一人欠けることなくたどり着くことが合格の条件や」
分かったかと声を張り上げるブランだが、この場にいる生徒は異口同音にダンジョン? と首をかしげていた。
「今からダンジョンに向かうんですか?」
「試験は今日一日だけじゃないのか?」
「今からダンジョンに向かって試験をしていたら、日が暮れちまうぜ」
「つーか、ダンジョンに着いた時にはヘトヘトで試験どころじゃねぇよ」
「違いねぇ」
あちこちから不満気な声が聞こえはじめると、皆を静めるように一際大きな咳払いが鳴った。ヴィストラールである。
「ここに昨夜儂が作ったダンジョンがある」
「作った?」
ヴィストラールの意味不明な発言に、この場には失笑が広がる。
「これじゃ」
そう言って懐から取り出した透明なガラス瓶を、高らかに掲げる好々爺。
最高の魔法使いもボケには敵わなかったのかと思った俺たちに、彼は至って真剣に言った。
「これから皆には、このボトルダンジョンの中に入ってもらう」
「あんな小さな瓶の中にどうやって入るのよ?」
「いくらヴィストラールでも無茶苦茶だよ」
チームメイトからも不満の声が相次いだ。
ヴィストラールが手に持つ瓶の中には、小さな塔のような建物が無数に立っており、まっすぐ伸びた連絡橋によって中央の巨大な塔と繋がっている。まるで蜘蛛の巣のようだ。
「スタート地点はそれぞれのチームによって異なっておる。試験会場となるダンジョンは中央に建っておるダンジョンじゃ。ボトルダンジョンの中に入ったなら、一本道となっておる中央のダンジョンへ向かえば良い。あとはブラン先生が言った通りじゃ」
ヴィストラールは何かを思い出したように、そうじゃそうじゃと付け加える。
「念のためジャッジメントとなる試験官を各チームに一人ずつ用意してある。何か分からないことがあれば、そのモノに尋ねると良いじゃろう」
俺たちの混乱をよそ目に話を進めるヴィストラールは、中に入ったら合図があるまでその場で待機だと言い、近くにいたチームに声をかけた。
「では、お前さんたちから順に入るのじゃ」
言われた生徒は困惑の表情を浮かべ、申し訳無さそうに口を開く。
「お言葉ですがヴィストラール、いくら何でもその小さな瓶の中には……入れないというか」
男子生徒の勇気ある指摘に、この場の誰もが深くうなずいた。
ところが、指摘を受けたヴィストラール本人はふぉっふぉっふぉっと大笑い。
俺たちは顔を見合わせて、分からないという風に首をかしげる。
「お前さんの言っておることはもっともじゃよ。しかし、ここが何処で、儂が何者か、皆忘れたわけではあるまい?」
ヴィストラールの言葉を受けて、考えが混沌としてどんよりしていた俺たちの思考の空が、またたく間に晴れ渡っていく。
気付いた時には誰もが無意識のうちに笑顔を作っていた。
わくわくが止まらないという表情をしていた俺たちの顔を、鼻眼鏡越しに見据えたヴィストラールが優しげな笑顔で問いかける。
「では、一人ずつ瓶の口に触れるのじゃ。怖がらんで良い」
勇気ある男子生徒が生唾を飲み込んで手を伸ばす。
すると――
「うわああああああああああああ!?」
男子生徒がボトルダンジョンの中に吸い込まれていく。
俺たちは一瞬ギョッとして、それからすぐにヴィストラールへと駆け寄った。
みんなでボトルダンジョンの中を覗き込む。蜘蛛の巣状に散らばった塔の一つ、その屋上に、ピョンピョン跳ねる人影を発見する。
先程の男子生徒である。
彼は大興奮で何かを叫んでいる。
「良いかの?」
あっ!? と我に返った俺たちは、皆恥ずかしそうに頬を桜色に染めながら後ずさった。
それから各チーム毎に、ヴィストラールの指示に従って順にボトルダンジョンの中に入っていく。
「私と組まなかったこと、きっと後悔しますわよ」
「……ふんっ」
チームを組まなかったことを未だに根に持っているのか、ドリルヘアを手で振り払ったアリシアが瓶の中に吸い込まれていく。その後を、無口なビスケッタが続いた。
「リオニス! 離れていても私のことが分かるようにと、昨日夜なべをして作った。受け取ってくれるか!」
そう言ってクレアから渡された物は、手のひらサイズの人形だ。
しかも、見た目がクレアに瓜二つ。
「すごいな! 手作りか!」
「うむ。こっちはリオニス人形だ! といってもまだ完成していないのだがな」
「上手にできているように見えるけどな」
「これには本人の毛髪が必要なのだ。すまんが髪の毛を一本もらえるか?」
「………構わないけど、その、呪いの人形とかじゃないよな?」
チラリとイザークを見ながら問いかけると、クレアはなぜ私がリオニスを呪うのだ? 疑問符を瞳に宿していた。
「そうだよな!」
疑った自分が恥ずかしい。彼女はどこかの誰かと違って純粋なのだ。
「これでいいか?」
「ああ、助かる」
受け取った俺の毛髪を人形の中に収めていく。
「クレアちゃん人形にもリオニスの毛髪を入れておくのだぞ?」
「クレア人形の方にも入れるのか?」
「当然だ。互いの毛髪を入れることにより、二つが結び付くのだ」
要は人形はトランシーバーのようなもので、毛髪は二つの人形を結び付ける目印だと理解した。
「では、行ってくる」
「気をつけろよ」
満面の笑顔で手を振る彼女が、ボトルダンジョンへと消えていく。
俺たちのやり取りを、チームアレスが睨みつけるように見ていた。
「婚約者がいるのに最低だな」
「――!?」
捨て台詞を吐くアレスが、わざとらしく肩をぶつけて通り過ぎる。
俺はお前だけには言われたくないと言い返してやりたかったのだけれど、時すでに遅し。ボトルダンジョンの中に吸い込まれた後だった。
「いよいよ僕たちの番だな」
「名誉ある一番目はリオニス様に譲るわ。あんたはドベよ!」
「なっ、ふざけるなッ! 僕が二番目に決まっているだろ!」
また言い争いが始まったと、うんざりしてしまう。
「あんたバカぁ?」
「ぼ、僕に向かってバカだと! 取り消せッ!」
「いい! あんたは商人の息子であたしは侯爵家の娘。そしてリオニス様は公爵家。赤ん坊だって分かるルールよ」
「何度も言うけど、僕は男爵家だァッ!」
「同じよ」
一蹴するマーベラスに、悔しさのあまり地団駄を踏むイザーク。先が思いやられる。
アリシアの言う通り、俺はすでに後悔していた。
「じゃ、先行くからな」
「すぐに、二番目に行くから待っててよね」
「ぐぅッ……!」
試験が終わった頃には、イザークの奥歯がすべてへし折れているのではないかと、少し心配になる。
「良き結果になることを祈っておる」
「ありがとう」
ヴィストラールと言葉を交わし、俺は瓶の口に手を伸ばす。
「うぅッ!?」
一瞬内臓が浮き上がるような奇妙な感覚に包まれたのだが、それも極僅かな時。気が付くと俺は見知らぬ場所に立っていた。
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