第31話 教室までの珍道中
「やはりユニが淹れてくれるお茶は世界一だな」
なんてことをしみじみ思いながら、淹れたてのハーブティーのフレッシュな薫りを楽しむ優雅な一時。
硝子のティーカップ越しに夕陽が透け、ミントティーの香りが爽やかに包み込んで癒してくれる。
「進級祝のパーティ以来、リオニス様はすっかり頭がおかしくなってしまったの」
「それはいくらなんでも言い過ぎではないか? 心を入れ替えて優しくなったと言うべきだ。俺だって傷つく心があるのだぞ?」
「全然そんなことないの。むしろ傷つくなんて言葉を口にすること自体、リオニス様らしくないの! 仮にチェンジスライムがリオニス様に化けていたと教えられても、今ならやはりそうだったの! ってくらいに納得してしまうユニなの!」
「いやいやそこはさすがに驚くべきポイントだろ!?」
せっかく気分良くお茶を味わっているというのに、疑り深い侍女がジト目を向けてくるので居心地が悪い。
「最近は学園でもご友人たちと昼食を摂ったり、談笑したりしてるのをユニは知っているの」
どうせお喋りなティティスにでも聞いたのだろう。迷惑な後輩だ。
「それが何だよ? 学生なんだから普通のことだろ?」
「たしかに学生にとっては普通のことなの。問題は普通ではなかったリオニス様が普通のことをしていることなの!」
無茶苦茶な言い分だな。
それではまるで俺が普通をしてはイケないみたいではないか。
「なら聞くが、ユニは少し前のいつも不機嫌だった俺と今の俺、率直にどっちが良いのだ?」
「セクハラなの!」
「なんでだよ! どこがセクハラなのだ! っておい! どこ行くんだよ!」
「一人でお屋敷のことをしないといけないユニは忙しいの!」
毛先にいくにつれて黒から桃色に変わるハーフツインを揺らしながら、彼女は真っ赤な顔して家の中に入っていってしまった。
「変なやつだな」
にしても、これは酷いな。
俺はカップをソーサーに置き、近くに置いてあった手鏡を手にする。首の辺りまで広がった火傷跡に盛大に嘆息してしまう。
――貴方の呪いはあと数年で心臓に達し、何れ貴方を灰に変えてしまいます。
首の火傷跡に触れると、あの日のモルガン・ル・フェの言葉を思い出してしまう。
「モルガンはこの呪いについて、何か知っていたのか?」
茶会で彼女を逃してしまったことが悔やまれる。
「アレスのやつも一体何処に消えたのだ?」
石化事件から数日が経過したけれど、俺は未だに校内でアレス・ソルジャーの姿を見ていない。あれから気になって一度寮の方にも顔を出したのだが、やはりエロゲな主人公の姿はなかった。
アリシアもあれ以来見てないと言うし、本当に何処に消えてしまったのだろう。
「もう完全に俺の知っている【恋と魔法とクライシス】じゃないんだよな」
サシャール先生とバジリスクの一件もそうだけど、炎の呪いなどという設定も聞いたことがなかった。
「俺が知らなかっただけで、公式では発表されていたのだろうか?」
今となっては知り得るすべがない。
◆◆◆
「今日はついに新しい魔法学の先生が来るらしいぞ」
いつものように侍女が御者を務める馬車でアルカミアに登校すると、陽光をキラキラ反射させる銀髪美少女が出迎えてくれる。
健康的な小麦色の肌とキュートな耳が印象的なハーフ美少女、クレア・ラングリーである。
普段はストレートなロングヘアなのだが、気分転換だろうか。
今日の彼女は珍しく三編みスタイルだった。
とても似合っている。
「もう来るのか。随分と早いんだな」
「寮内では朝からその話題で持ちきりですよ!」
クレアの背後からひょっこり姿を現したのは、小動物を連想させる華奢な体格の後輩、ティティス・メイヤー。
相変わらず毛先を遊ばせたボブヘアは、天真爛漫な彼女のイメージにぴったりだと思った。
ちなみに彼女たちが話している先生とは、石化事件で停職処分中のサシャール先生に代わって教鞭をとる教師のことだ。
言い方は悪くなってしまうが、要は停職処分中のサシャール先生が復帰するまでの繋を担当する教師のことである。
石化事件に関してはサシャール先生も被害者のような立場なのだが、そもそもバジリスクを飼っていたことがまずかった。一応ヴィストラールには黒幕の存在を伝えているのだけれど、停職処分は免れなかったらしい。
ま、クビにならなかっただけマシだと思う。
「昨夜アルカミアの敷地内で、見知らぬ女性を見たという証言があるのだが――」
「女です! ティティスの情報網によるとやって来るのは女教師ですよ! それもボン・キュッ・ボン! のボンレスハムみたいな女教師と噂です!」
ボンレスハムって……もっと違う言い方を知らないのか。
苦笑する俺とは対照的に、話題を掻っ攫われたクレアが苦虫を噛み潰したよう顔をしていた。
「この盗っ人め!」
「何も取ってないじゃないですか! 意味ぷ~なんですよ」
「私から話を盗むなと言っているのだ!」
「トンガリ耳先輩は話が長いんです。つまりそのお胸同様に無駄が多いということですよ」
「面白味のないスカスカなぺったんよりは余程マシだと思うがなッ」
「おっ、面白味がないっ!? 言いましたね!」
「ああ、言ったさ。話しても揉んでもつまらんのは事実だろ。結論ばかりを急ぐユーモラスのない話は、夢のひとつも詰まっていないぺったんと同じではないか!」
「ぺったんにだって夢のひとつやふたつ詰まっていますよ! というかぺったん言うなです!」
俺はユニに「行ってくる」と声をかけ、言い争う二人を置いて歩き出す。
「相変わらず朝から賑やかですわね」
従者を引き連れ俺の隣を歩くのは、お姫様然とした檸檬色の縦ロールが神々しく光を放つアリシア・アーメント。
アメント国の第三王女にして、俺ことリオニス・グラップラーの婚約者である。
「それだけみんな、新しくやって来る教師に興味津々ということ何じゃないのか?」
「教師が変わろうとも、
手厳しい婚約者に、俺はやれやれ、というふうに力なく笑った。
ふと彼女の斜め後ろをピタリと歩く従者と目が合ったのだけど、煩わしそうにすぐに目をそらされてしまう。
「………?」
彼女はビスケッタ・ダーブラ。
伯爵家の令嬢であるビスケッタは、アリシアの幼馴染みであり従者でもある。
鮮やかな空色の髪をサイドテールに結んだ長身の彼女は、クール系のいわゆるかっこいい系女子というやつだ。
当然、【恋と魔法とクライシス】においても攻略可能なキャラであり、その人気はかなり高かったと記憶している。
ちなみに俺とも幼馴染みなのだが、もう随分と長いこと口を聞いていない。
ひょっとして……俺ってビスケッタに避けられてたりする?
普段は然程気にならないことでも、一度気になりだすとビスケッタを意識してしまう。
ところが、これほど見ているのに不自然なほどビスケッタと目が合わない。意図してこちらを見ないように努めているとしか思えない。
「先程から落ち着きなくキョロキョロと、どうかしましたの?」
「いや、そのだな……」
一人で考えていても仕方ないことなので、俺は思いきってアリシアに耳打ちしてみた。
「ビスケッタって昔からあんな感じだったか?」
「どういう意味ですの?」
「なんか俺に冷たいと言うか、怖くないか?」
そうかしら? と首を傾けるアリシアは、そのまま首を後方に回してビスケッタに声をかけた。
「ビスケはリオニスが嫌いですの?」
「おいッ!?」
いくらなんでも直球過ぎるだろうと、つい声を荒らげてしまう。
あら、なんですの? と不思議そうにこちらを見つめるアリシアに、俺はガクッと首が折れる。
「いや、なんでもない」
彼女に聞いた俺が愚かだった。
「アリーの婚約者。それ以上でもそれ以下でもない。私にとってはそういう存在でしかない」
「ですって」
「あぁ、そうかい。聞いてくれてありがとう。助かったよ」
「これくらい大したことではありませんわ」
「はぁ……」
アリシアが前に向き直ると、ため息を落とす俺の後頭部にズキズキと視線が突き刺さる。
慌てて振り返れば、ビスケッタがサッと反対側に顔を振る。矢継ぎ早に短い舌打ちが聞こえてきた。
「………」
明らかに嫌われているが、これまでの自分の行動を考えれば、いくら幼馴染みとはいえ仕方ないのかもしれない。
「行くなら一声くらいかけてくれ!」
「置いていくなんてひどいです!」
「取り込み中みたいだったからな」
「教室までの珍道中ですわね」
言い争いを終えた二人が追いかけてきたのだが、すぐにティティスが離脱することになる。
「お前は一年なのだから別だろ?」
「パイセンにお別れを言いに来ただけですよ」
「そうか。しっかり勉強するのだぞ」
「はいです!」
元気よく手を振るティティスと別れ、俺たちは魔法座学の教室へと移動した。
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