二章 試験編

第30話 新章プロローグ 波乱の予感

「ここはどこだ?」


 気がついたとき、アレス・ソルジャーは見覚えのないベッドで横になっていた。

 起き上がり窓から見渡した町並みにも覚えはない。


「あらあら、まぁまぁまぁ。お目覚めになられましたのね。うふふ」


 鈴を鳴らしたような声音に振り返れば、顔をベールで覆った黒ずくめの女が立っていた。


「君は? ……たぶんすごく美人だな! 僕クラスになると顔を見なくても分かるようになるんだ! ひょっとして僕と付き合いたいのか?」

「まぁまぁまぁ、貴方はアルカミアのベンチで眠っていたのですよ? 覚えていませんか?」

「あっ!?」


 言われて後頭部に右手を伸ばしたアレスが、何かを思い出したように短い叫びを上げた。


「あいつは何処だ!」


 怒りに眉毛をつり上げた少年は、今すぐに仕返しに行くのだと部屋を飛び出そうとして、その場でツルッと足を滑らせ一回転してしまう。


「うわぁっ!? って、なんだこれ!?」


 少年の足下に輝く魔法陣が、彼のいる空間から重力を奪い去っていた。


「あらあら、重力魔法ははじめてですか? それでは彼に勝つことなど到底不可能ではないかしら?」

「なんだと!? お前も僕をバカにするのかッ!」


 言葉を遮るようにとんでもないと追従する年上の女は、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたまま殊更優雅に挨拶をする


「わたくしモルガン・ル・フェと申します。ええ、ええ。貴方の協力者……そうですわね。天の使いといったところでしょうか?」

「天の使い?」

「まぁまぁまぁ、もう一度外をご覧ください」

「外?」


 空中でクルッと器用に体制を変えた少年は、見覚えのない黒一色の町並みに眉根を寄せた。


「どこもかしこも黒一色じゃないか。ここってパネステアじゃないのか? ん〜、こんなに黒い町見たことがない」


 改めて窓から外を見渡した少年は、ここがアルカミア魔法学校のあるパネステアではないことを知る。同時にここが何処なのだろうと首をかしげた。


 窓の外には漆黒の建物が延々と続いており、行き交う人々、異形のモノたちも皆、年上の女同様黒ずくめの衣服に身を包んでいる。

 なんだか気味が悪い、そう思うアレスだった。


「あらあら、黒の旅団――その言葉に覚えはありませんか?」

「黒の旅団だと!?」


 黒の旅団という言葉を聞いた瞬間、少年の顔色はまたたく間に険しいものへと変化する。


 アレスの黒い瞳の奥には、燃えさかるアルカミア魔法学校と、横たわるアリシア・アーメントの労しい姿があった。

 轟々と燃えるその先には、憎きリオニス・グラップラーの姿もある。


 遠い記憶。

 きっと彼しか知らない過去――未来に想いを馳せる少年は、悔しさで奥歯を噛みしめた。

 何を隠そう、宿敵リオニス・グラップラーが率いていた悪の組織こそが、眼前の彼女が口にした黒の旅団なのだ。


「ええ、ええ。わたくし黒の旅団頭領、モルガン・ル・フェと申します」

「お前が黒の旅団の頭領だと!?」


 そんなバカなッ!

 黒の旅団の頭領はゾンビ公爵のはずだ。


 理解が追いつかずにいる少年に、年上の女は芝居がかった口調で口上と述べる。


「ええ、ええ。わたくし折り入って貴方にお願いがございますの」

「黒の旅団の頭領が僕にお願いだと!」


 遠い記憶のなかで黒の旅団との激闘を思い出した少年は、気に食わないと顔に力を込めるも、すぐに考えを改め直すことにする。

 これは上手くいけば黒の旅団を味方にできるチャンスなんじゃないのか?

 そうすれば僕の願いも……。

 そんな考えを抱いていた。


「で、お願いってなんだよ? 話くらいは聞いてやるよ」

「あらあら、まぁまぁまぁ。お優しいのですわね」

「君が美人で大きいから特別だ。僕の懐の大きさと自分の胸の大きさに感謝するんだな」

「うふふ。では、わたくしたちと共にリオニス・グラップラーを殺しませんか?」

「ゾンビ公爵を、殺す!?」


 さすがの僕もそこまでは考えていなかったけど。でもたしかに、すべての元凶であるあいつさえ居なくなれば、誰も不幸にならずに済む。

 なにより、これから僕が築き上げるハーレムを壊される心配もなくなるというものだ。


「あらあら、汚れ仕事はお気に召さないかしら?」


 思案する少年に、年上の女は言う。

 少年はすかさずそんなことはないと首を横に振った。


「守るためには覚悟を決めることも必要だということを、僕だって十分過ぎるほど知っているつもりだ」

「まぁまぁまぁ、さすがですわ!」


 わざとらしく胸の前で手を組んだ女が黄色い声を張り上げると、


「但し!」


 少年はまだ話は終わっていないと、手のひらを女に突き出した。


「あらあら、何かしら?」

「君がどうしてリオニス・グラップラーを殺したいのか、その理由を聞かせてもらえないか? 君たちと手を組むかはそれから決める」


 なるほどと頷いた黒ずくめの女は、ベールの内側で不敵に微笑みを浮かべる。

 そして、彼女は静かに語り出す。

 なぜ自分がリオニス・グラップラーの殺害を望むに至ったのか。なぜ自分が黒の旅団の頭領となったのかを。

 その途方もない経緯を語った。


「――――!?」


 黙って彼女の話に耳を傾けていた少年は、思わず拳を固く握り締めて指の肉に爪を立てた。


「殺そう!」


 少年は声を荒らげた。


「君と僕とで、あの悪魔を殺すんだ!」

「あらあら、まぁまぁまぁ。とても頼もしいですわ! うふふ」



 リオニス・グラップラーの預かり知らぬ場所で、彼の殺害に向けての話し合いが行われていく。


 一方その頃――パネステアの貴族街、一際立派な屋敷の庭先には、お茶を楽しむリオニスの姿があった。

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