第19話 存在するはずのない組織

「そこまでじゃ!」


 これ以上騒ぎが大きくなってしまうことを懸念したヴィストラールによって、この場は収められた。


「学園生活において、時に友との間に軋轢が生じることもあるじゃろう。そんな折には互いに気が済むまでやり合うのが一番ではある。じゃが、時と場所を見極めることもまた必要」


 そこで一旦言葉を区切ったヴィストラールは、穏やかに微笑みながら顔の横で手をパンパンっと二度打った。

 すると目の前のテーブルには、淹れたての紅茶とクッキーがパッと出現。


「「「「おおっー」」」」


 あちこちから感嘆の声が上がるも、「静粛に」ヴィストラールはそれを静める。


「飲んで食べて、すべてを胃に流し込んだら仲直りじゃ!」


 そう言って満足気に首を縦に一つ振ると、「さて」切り替えるように穏やかな表情から厳然たる面持ちへと変わりゆく。


「午後の授業を取り止め、こうして皆に集まってもらったのには理由がある」


 立派な白髭を蓄えた校長が冷静な声で問いかければ、その両隣にズラリと腰を下ろした教員たちの顔が一斉に曇りはじめた。


 ただならぬ雰囲気を感じ取った生徒たちは、互いに顔を見合わせては口を閉ざす。

 大広間に静寂が訪れたことを確認したヴィストラールは、そこでようやく全校生徒を寮内に集めた理由を語り出した。


「これは緊急の避難訓練じゃ!」

「「「「避難訓練!?」」」」


 避難訓練など去年は一度も行われなかったため、俺もクレアも相当びっくりした。チラッと正面のアリシアを見ると、ヴィストラールの話そっち退けで俺の顔をまじまじ見ていた。


 斜向いに座るアレスは、俺がフードを取ってからずっと大口を開けたままピクリとも動かない。余程俺の美少年バージョンがショックだったのだろう。


「先日国王陛下より一報がもたらされた。近頃黒の旅団と名乗る謎の組織が暗躍しておるとな。闇に潜む連中がいつ、ここアルカミア魔法学校に牙を剥くか分からぬ以上、儂らは対策を講じねばなるまい。したがって、今回のような大規模な避難訓練を行ったというわけじゃ」


 これは速やかに避難できるための訓練であり、俺やアリシアのように普段寮で暮らさない生徒がここでの生活に慣れておくための訓練なのだと、ヴィストラールは淡々と言う。


 だが、俺が驚愕に息を止めてしまったのはそこではない。


「(黒の……旅団だと!?)」


 あり得ない。

 そんなバカなことがあって堪るかッ!


 黒の旅団――それは【恋と魔法とクライシス】をプレイしたことのある者ならば知らぬ者がいないほどの存在。

 何を隠そう本来ラスボスであるリオニス・グラップラーが率いる組織こそが、黒の旅団と呼ばれる闇の魔法使いたちによって結成された組織なのだ。


 つまり、アルカミア魔法学校を追放された後の俺が築く組織――それが黒の旅団。


「(俺はまだ黒の旅団を立ち上げていないのに、なぜ黒の旅団が存在しているのだ!?)」


 長テーブルに突っ伏せとなり、俺は頭を抱えた。

 一体どれくらいの間そうしていたのだろう。


「リオニス? おいリオニス! しっかりしろ!」


 次に気がついた時には、あれほど人で埋め尽くされていたはずの大広間がガランとしていた。


「大丈夫か? やはり腹痛に見舞われてしまったか? 強烈な臭いだったからな」


 大広間には俺とクレアの二人だけだった。


「馴れ馴れしい彼奴も友人たちに担がれて部屋に戻ってしまったぞ?」


 状況をたしかめるように周囲を確認する俺に、クレアは続ける。


「リオニスの部屋は寮の八階だ。案内するように鍵を預かっている」

「ああ、すまない」

「と言っても、私も三階より上には行ったことがないのだがな」

「そう、なのか?」

「うむ」


 心ここにあらずといった俺の覇気のない返事にもクレアは大きく頷き、大まかに寮の階層について説明してくれた。

 一階には食堂や娯楽施設にサロン、その他にも大浴場などがあり、学年問わずにここで親交を深めるための施設が多数設置されているという。


 二階から三階は一般寮となり、主に平民出身者が二人一組で部屋を貸し与えられている。

 四階から七階は貴族寮。

 それより上はかつて大貴族や王族が使用していた特別フロアになる。許可のないものは足を踏み入れることさえ許されないらしい。


「各階のステーションには図書室の床などに刻まれていたものと同様の転移魔法陣が刻まれている。基本はこれで階層を移動することになる。魔力円環がうまく扱えない平民出身の一年は、めんどうだが非常階段での移動になるだろう」


 クレアには申し訳ないが、彼女の話は大半が右から左へと流れていた。


「着いたぞ。ここが非常時、リオニスに貸し与えられる部屋のようだ」


 一見ここが寮であることを忘れてしまうほど豪華な観音扉を開けた先には、一瞬にして俺の憂鬱を吹き飛ばすほどの豪華絢爛な部屋が広がっていた。


「(どこの一流ホテルのスイートルームだよ!)」

「さすが公爵家だな。私の部屋とは比べものにならん広さだ!」


 俺以上に胸を躍らせているのはクレアだった。


「すごいぞリオニス! 特大サイズのベッドに浴槽まで完備してある! こちらのウォークインクローゼットにはリオニスのサイズに合わせたあらゆる衣装まで取り揃えてあるじゃないか!」


 中でも特にクレアが瞳を輝かせたものは、部屋の片隅にぽつねんと置かれた背丈ほどある観葉植物。


「――これは!? 悪戯植物トリック・オア・トリートではないか!」

「(悪戯植物トリック・オア・トリート? なんだそれ?)」

「リオニスは悪戯植物トリック・オア・トリートを知らないのか?」


 素直に初耳だと頷いた。

 というか、もはや口に出さずとも俺の表情から俺が何を言っているのか読み取るクレアに感服するばかり。


悪戯植物トリック・オア・トリートとは別名お菓子の木とも呼ばれている非常に珍しい植物だ」

「(お菓子の木?)」

「夜、寝る前にこうして食べたいお菓子を書いた紙を枝に括りつけておくと、朝にはそれが実っているのだ」


 まんま七夕の短冊ではないか。


「しかも! そのお菓子には悪戯トリートが付与されていると聞く」

「(悪戯トリート?)」

「木の精による悪戯のことだ」

「(どんな悪戯トリートなんだ?)」

「それは食べてみないことには分からない。あっ! つい私の食べたいお菓子を書いてしまった。気にせず処分してくれッ!」

「(そんな顔で言われたら処分しづらいわっ!)」


 ちなみに何が書かれているのかと見てみると、虹色マカロンと女の子らしいものが書かれていた。

 散々迷惑をかけている手前、実ったらクレアにプレゼントするとしよう。


 そんなことを思案していると、ノックの音が飛び込んできた。

 出ても構わないかとのクレアの問いかけに、俺は頼むと小さくうなずいた。


 ドアを開けた先に立っていたのは真っ白な鷹だった。


「一体誰の使い魔だ?」


 扉が開くと鷹は大きく羽ばたき、首をかたむけるクレアを避けるように飛び立つ。そのまま俺の肩にスッと留まると、咥えていた手紙を差し出してくる。


「(ん、俺に?)」


 差出人を確認した俺は少し困惑してしまう。

 なぜなら手紙の主はヴィストラールだったのだ。

 内容は簡潔に一言、


 ――至急校長室まで来たれ。


 そう綴られていた。

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