第18話 絶世の美少年

「出られないとはどういうことだ!?」


 誰彼構わず暴言を吐き散らしてしまう醜き口のままでは、多くの者を不快にしてしまう。

 そう判断した俺は、クレアの提案で一時的に屋敷に引きこもることにした。

 されど、学園の外に出ようとした俺たちの前に、生徒会が立ちはだかった。


寮生ではない俺の自宅はそとぉぉぉ俺様は貴様ら愚民とは異なる公爵家のぉぉぉ―――」


 またしても呪われた口が俺の意思に反して醜い言葉を紡ぎ出そうとする。

 俺は慌てて口元を塞ぎ、速やかにクレアの背後に身を潜めた。


「ん、そちらのフードの男は今なんと?」

「何でもない! 気にしないでくれ! 彼は体調が優れないだけだ!」


 自分で言うのも何だが、火傷跡の消えた俺は見違えるほどの美少年。

 今の俺を一言で言い表すなら、誰だお前はというレベルで別人。したがってこのように外套ローブで顔を隠している。


「それより、学園から出てはいけないとはどういうことだ?」

生徒会こちらとしても理由はわからないが、これはヴィストラールからの指示だとだけ伝えておこう!」

「ヴィストラールの!?」

生徒会我々は誰一人学園の敷地内から外に出すなとの御達しを受けている。学園に居るものは速やかに寮に集まるようにとのことだ」

「ちょっと待ってくれ! 彼は大貴族、元々寮生ではないのだぞ?」

「今回に至っては例外も特別も認めないとのことだ。あきらめろ」

「そんな……」


 それではヤドカリ作戦ができないではないか。

 この悪役然とした呪われた口のまま皆と過ごすなど、今以上に嫌われるに決まってる。

 否っ! 嫌われに行くようなものではないか!


 俺はクレアの外套ローブを引っ張り、他に手立てはないものかと意思表示を試みるも、ヴィストラールの指示ならばどうすることもできないとはっきり言われてしまった。


「とにかく、今はできるだけ人との接触を避け、口を閉ざし続けるしかない。口は災の元と言うからな」


 まさか二人して災いフラグをこんな形で回収することになるとは、誰が予想しただろうか。


「私の側を離れるなよ、リオニス」


 今は余計なことを考えず、俺はうんうんと何度もうなずいた。



「(すげぇ!)」


 クレアに付いていく形ではじめてアルカミア魔法学校の寮に足を踏み入れた俺は、その豪奢な作りに驚かされていた。


「(これ寮のレベル超えてるだろ!)」


 建物内部には職人が手作業で彫ったのだろう意匠が随所に見え隠れしており、さりげなく壁に掛けられた絵画も、廊下に飾られた骨董品もすべて業物と見受けられる。


 とてもじゃないが学生が暮らす寮内だとは思えぬ作りに、俺は終始圧倒されていた。

 下手したら俺の屋敷より豪華だ。


「ここは平民から侯爵の位を持つ者までが共に暮らす寮だからな。そもそもリオニスのような公爵家や、王族がここで暮らすことを想定して作られたらしい。しかし知っての通り、過去に色々とあったせいで、今では王族と公爵家は別宅で暮らすのが習わしだ」


 過去に色々? とは何のことかと聞きたかったのだが、力一杯歯を食いしばっていなければ暴言を吐いてしまいそうで、結局口を開くことはできなかった。


「どうやら皆大広間に集まっているらしい。私たちも行ってみよう」


 巨人でも住んでいるのかとツッコミを入れたくなるほど巨大な両扉をくぐり抜けると、そこは長テーブルが幾つも設置された大広間だった。

 クレアの説明によると、寮生は休日などはここで食事をするのだという。早い話がここは寮の食堂である。


「いつものように学年ごとに右のテーブルから順に座ってくれ。席には特に決まりはない。普段別宅に住まれている者たちもそのように頼む」


 奥の席にはすでにヴィストラールや教員たちも着いており、どうやら場内を仕切っているのは生徒会のようだ。


「リオニス、あそこが空いている」


 同学年が集まっているテーブル、その真ん中の席がなぜか不自然なくらいに空いていた。

 しかも、平民出身の者たちはすでに席についているのだが、貴族出身者はなぜかよそよそしい態度で一向に座ろうとしない。


「(この嫌な感じは)」


 この空気感には覚えがある。

 貴族特有無言の牽制で間違いない。互いに何か出方を窺っている者たちの間に流れる不穏な空気。


 何かあると察知した俺はクレアに別の席を提案したかったのだけれど、残念なことに俺の口は塞がっている。よって彼女に引っ張られる形でその席に着いてしまった。

 そんな俺たちに、痛いくらいの視線が突き刺さる。


 やはり座ってはならなかったのでは? と一抹の不安がよぎる。


「おや? 君は今朝の褐色美少女じゃないか!」


 この声……まさか!?


「貴様は今朝の馴れ馴れしいやつ!」


 俺の対面にはアレスが座っており、その両脇にはアリシアと彼女の従者、それに例の痴漢少女も座っていた。


 不自然な形でこの席が空いていたのは、アリシアの側に誰が座るかを牽制し合っていたからなのだろう。そこにダークエルフと謎のフード男が突として現れ、勝手に座ってしまえばこのように睨まれもするというわけだ。


「身の程知らずの穢れたダークエルフがアリシア殿下のお側にッ!」

「殿下に災いが降り注いだらどう責任を取るつもりだ!」

「ましてや殿下の斜迎えに座るなど無礼ですわ!」

「殿下の対面に座ったあの汚らしいフード野郎も何なんだ!」

「対面だぞ! あり得ない! 礼儀を知らんのか!」

「やはりここはそこに座るに相応しい御方が注意なさるのがよろしいかと? マーベラス侯爵」

「ええ、そうね。殿下に不快な思いをさせるくらいだったら、あたしが行って席を変わるように言わなきゃいけないわよね!」


 なぜ俺の耳はこうも拾いたくない情報を逐一拾ってしまうのだ!

 世の中には知りたくないこと、知らない方が幸せなことだってあるだろう!


 ブーツが鳴らす足音がコツコツと近づいてくる度、胃が痛む。頼むからこれ以上めんどう事を増やさないでくれと祈ろうとも、決して祈りが神に届くことはない。


 ドンッ!


 不幸の扉を叩くように、床を踏み抜いた少女のブーツが大広間の空気を一変させる。

 クレアを睨みつける女子生徒の尊大な態度に気がついたすべての者が、一体全体何が起こるのだとざわつきはじめる。


「ちょっとそこのあんた!」

「ん、私か?」

「あんた以外に誰がいるってのよ?」


 白いカチューシャがトレードマークなゆるふわパーマな女子生徒は、傲然と腕を組んでは貴族然とした威圧的な態度でクレアを睨みつけた。


「そこはあんたのような穢れた血を持つ亜人種が腰を落ち着かせても良い席ではないの! 今すぐ退きなさいよね!」


 少女の大音声がプラズマのように大広間を駆け抜ければ、この場は水を打ったように静まり返る。生徒も教師たちも、ヴィストラールまでもが固唾を飲んでいた。


 毅然たる態度で立ち上がったクレアは、臆すことなく口にする。


「なぜだ? 生徒会の方々は空いている席に自由に座ればいいと言っていたぞ? それに、たしかに私は亜人種ではあるが、自分の血を穢れているなどと思ったことは一度もない!」

「なっ、生意気なのよ、あんたっ! あたしをマーベラス侯爵家の人間と知っての無礼なの!」

「悪いが知らん。それにここは由緒正しきアルカミア魔法学校なのだろ? ここでは大貴族だろうが、王族だろうが身分は関係ないと私は聞いている。違ったか?」

「全然違うわね! それはあくまで心得の話! 学園内であろうと平民が王族に、下位の者が上位の者に楯突くなど許されるはずないじゃない! 例え偉大なる魔法使いヴィストラールであっても、国王陛下が決めたルールを害するなど以ての外。ヴィストラールはアルカミア魔法学校の校長であって、この国の王でないってことよ!」


 正論だな。

 マーベラス侯爵令嬢の言っていることは正しい。

 アルカミア魔法学校には国外からも優秀な者たちが学びにやって来る。


 その中には俺のような公爵家の人間はもちろん、アリシアのような王族もいる。

 学園内だから他国の王族に無礼を働いても許されるのかと問われれば、そんなものは許されるはずがない。最悪戦争になりかねない事案だ。


 しかし、今回の件とは話が別だ。


 クレアは何も無礼など働いていないのだから。彼女はただ空いている席に座っただけ。只それだけのこと。

 そのことに対し、勝手に嫉妬して怒り狂っているのはマーベラス侯爵令嬢の方であり、彼ら意気地のない貴族諸君なのだ。


 なにより、ここに座るのに身分や地位が必要だと申すなら、やはりマーベラス侯爵令嬢よりも俺の方が相応しい。


「退けっつてんのよ! そこはあたしが座るって言ってんのがわかんないわけぇ?」

「……ぐぅっ」


 拳を握りしめ、悔しさを押し殺すクレアが足を一歩踏み出そうとしたその時――


「へ?」


 俺は立ち上がり、移動する必要などないとクレアの肩を力強く掴んだ。

 彼女は驚いた顔で俺を見て、「リオニス」俺にだけ聞こえる声で囁いた。

 ここは任せろと、俺は小さくうなずく。


 大切な友人がここまで言われているのに、呪が怖くて黙っているほど俺は愚かでも臆病者でもないのだ。


「何なのよあんた! つーか聞こえてたわよね? さっさとそこを退きなさいよね!」

断る黙れ女ッ! この席に座るのに身分が必要とは思えん身の程を知らぬのは貴様の方だろお前が他の席に座ればいいだけのことこのアバズレがァッ!」


 ああ、くそっ!

 なんで喉の奥で全然違う言葉に変換されて飛び出してくるんだよ!


「アッ、アアアアバズレッ!? このあたしに向かってあんたよくもそんな言葉を! 今更泣いて謝ったって許さないんだから! ニケ、セドリック、テイラー!」

頼むから一旦落ち着け平伏せ小娘がッ!」


 マーベラス侯爵令嬢がヒステリックに声を荒げれば、彼女の腰巾着と思しき者たちがすかさず前に躍り出る。

 そして彼らが腰の杖剣を引き抜いたと同時、「不殺の剣パドリーナ!」遠く離れた席に座る師範ガーブルが素早く呪文を唱える。


 そうじゃなくて止めてくれよと思いながら、俺はフードの下で師範ガーブルを一瞥。

 どうして先生たちはみんな見守る態勢に入っているのだろう。


 こうして俺たちを取り囲むように、大広間には一瞬にしてそこかしこから汚い言葉が飛び交いはじめる。

 この場に居るものは皆、マーベラス侯爵令嬢が俺やクレアをボコボコにする場面を御所望のようだ。


「全校生徒の前で恥をかきやがれフード野郎ッ!」


 セドリックと呼ばれた腰巾着の一人が猪突猛進と突っ込んでくれば、大広間のボルテージは最高潮となる。


よせ愚か者がッ!」


 俺はできるだけ相手を傷つけてしまわぬようにと、頭上に闇魔法黒鎖呪縛チェーン・レストリクシオンを発動させた。幸い呪文はまともに唱えられるらしい。


「なんだよこれ!?」


 闇魔法黒鎖呪縛チェーン・レストリクシオンは魔法陣から闇の鎖を召喚し、対象の手足を拘束して宙に磔るというもの。

 宙に磔になったセドリックがジタバタするが、その程度で外れはしない。


「嘘だろ!」

「あいつ二年じゃねぇのか?」

「ありゃ四年でようやく習う闇魔法だぞ!?」

「つーか、この魔力量はなんだよ!?」

「しかもありゃ強度も完成度も桁違いじゃねぇかよ!?」


 上級生が何か騒いでいるが、今はそれどころではない。仲間がやられたことで残りの腰巾着とマーベラス侯爵令嬢が憤怒している。


「なっ、生意気よっ!」

「セドリックの仇です!」

「後ろがガラ空きだぜっと!」


 マーベラス侯爵令嬢にテイラーという女子生徒が正面から突っ込んでくれば、不意をつく形でニケという男子生徒が長テーブルに飛び乗った。そこから一気にこちらへ攻め込むつもりらしい。


落ち着けって言ってるだろ身の程知らずの雑魚共がッ!」


 こうなったら一度に無力化する方が手っ取り早いと判断し、俺は魔力円環によって足下に闇の魔法陣を形成する。そこから矢継ぎ早に闇の精霊シャドウを喚び集め、闇魔法絶望叫喚デスペレイション・プルレを発動。


 漆黒の魔法陣から絶望のオーラをまとった嘆きの亡霊たちが飛び出し、大広間を縦横無尽に飛び回る。

 亡霊たちに体をすり抜けられた生徒たちはメンタルを食い散らかされ、やがて恐怖に泣き叫びながら失神者が相次ぐ。


 マーベラス侯爵令嬢もその腰巾着たちも、寸前のところで恐怖に崩れ落ちた。


「喝ッ――――!!」


 騒然とする大広間だったが、ヴィストラールの気合によって亡霊は消滅。気を失っていた者たちも目を覚ました。


「侯爵家の令嬢たるこのあたしにこんな事をして、あんたただで済むと思ってんのっ!」


 けれど、同時にマーベラス侯爵令嬢の勢いも戻ってしまう。

 しかし、こちらとしても今更引くわけにはいかない。友人を侮辱されたのだ。


身分や爵位はたしかに大切だがたかが侯爵家如きがほざくな俺の友人を侮辱することは許さん実力の伴わぬ地位などに意味わない友人を侮辱したことを謝ってもらおうマーベラス家とやらがゴミ屑一族であることを晒しただけではないか!」

「ぐっ……マーベラス家を侮辱するなんて、あんたは不敬罪確定よ!」


 俺もこんなことを言うつもりは毛頭ないのだが、何分この口は俺の意思を汲んではくれない。

 災いの口によってマーベラス侯爵令嬢をさらに激怒させてしまった俺は、彼女に胸ぐらを掴み取られた。


「え?」


 掴みかかって来られた拍子にフードが取れてしまった。

 マーベラス侯爵令嬢と至近距離で目が合えば、彼女の大きな瞳が倍ほどに見開かれる。


「き……きれい」

「………」


 俺を見つめるマーベラス侯爵令嬢の頬が紅色に染まり、胸ぐらを掴んだ手から力がスッと抜け落ちていく。


 大広間はオーケストラの演奏が終わったあと、会場が静まり返り、一呼吸置いてから一斉に拍手が鳴る。まさにそれと同じように、周囲はしんとして、それから悲鳴のような黄色い歓声に包まれる。


「ちょっと誰よあのイケメン!?」

「うちの学年にあんな美少年いたなんて聞いてないわよ!?」

「あたしずっと年上派だったけど、今日から年下派を公言するわ!」

「どなたかあの美しい殿方のお名前を教えてくださらない!」

「彼はアルカミア魔法学校に舞い降りた美しき金髪の妖精だわ!」


 色めき立つ女子生徒たちの声を遮り、


「リオニスッ――――!?」


 第三王女の叫声が響き渡る。

 それによって騒ぎ立つ女子生徒たちの声が一瞬にして止んだ。


「ちょっと貴方その顔、火傷跡はどうしましたの!?」


 思わず席を立っては驚愕に喉を震わせるアリシア。その隣で団栗眼を向けて固まっているアレスをよそ目に、大広間は本日何度目かの絶叫に包まれた。


「「「「えええええええええええええええええええええええええ!?!?」」」」


 生徒のみならず、教師にヴィストラールまでもが驚きで目が点になっている。


「リオニスッて……ひょっとしてグラップラー公爵?」

「え? それってあのゾンビ公爵よね?」

「先日アリシア殿下に婚約破棄を言い渡された? あの醜い化け物?」

「嘘でしょ? ねぇ誰か嘘だって言ってよ! あたし絶対に信じないからっ!」


 騒然とする場内で立ち尽くす俺に、クレアは私のせいですまないと頭を下げる。

 俺は大きく首を横に振り、気にせず座るよう手を差し出した。

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