孤独担当相
@saya_works
孤独担当相
エヌ厚生相は、責任感の強い男だった。正体不明の新型ウィルスの蔓延によって、国は混乱状態にあったが、エヌ厚生相は果敢に国民の健康危機に立ち向かい、国会答弁でも、野党からの鋭い質問に対し、的確に答えていた。
ある日の国会で、野党議員であるアール議員が発言した。
「新型ウィルスにより、病院は逼迫状態。自宅療養を余儀なくされる患者も多くいます。一人暮らしの患者は、強い孤独を感じます。また、会食や通勤制限、帰省の取り辞めにより、孤独を感じる国民が増えています。こうした孤独問題について、政府はどのようにご対応されるおつもりでしょうか。担当の組織を編成するべきではないですか」
エス総理は答えた。
「孤独問題については、今の組織内に担当閣僚がおります」
「誰ですそれは」
「エヌ大臣です」
「え?」
エヌ厚生相は、急に自分の名前が出てきたことに、寝耳に水を垂らされた心地だった。
「つまり、エヌ厚生相が、孤独担当相であると」
「そうなりますな」
エス総理は答えた。
「そうなんですか、エヌ厚生相?」
アール議員の質問に、エヌ厚生相は戸惑いながらも、責任感の強さから、胸を張って答えた。
「私が、孤独担当相です」
国家答弁が終わり、執務室に戻ったエヌ厚生相は、頭を抱えた。ああ言ってしまったものの、孤独担当相とはなんなのか。総理からの任命に応えようと、引き受けた形になってしまったが、内容が分からないような役職が、自分に務まるだろうか。
ノックの音がした。
エヌ厚生相が「入りたまえ」と言うと、秘書が「失礼します」と入ってきた。
「エヌ大臣、執務室へご移動をお願いします」
「何を言うか、ここが私の執務室じゃないか」
「いえ、孤独担当相の執務室へのご移動でございます。先程の国会における決定に基づき、執務室へご案内致します」
「厚生相と兼務となるわけだな。しかし、ここから離れていて大丈夫かな。それに、随分と手続きが性急じゃないかい」
「それだけ急を要する事態なのです。こうしている間にも、多くの国民が孤独に苦しんでいますから」
責任感の強いエヌ厚生相は、「それもそうだ。私が、孤独担当相として問題を解決してみせるぞ」と意気込んだ。
エヌ厚生相兼孤独担当相が通されたのは、厚生労働省も入っている中央合同庁舎の、地下4階だった。
「この建物は地下4階まであったかな。それに執務室が地下なのかい?」
エヌ厚生相兼孤独担当相は、不信感から、訝しげな声で言った。
「急場で新設された役職ですので。こちらの部屋です」
そう言って秘書が促したのは、せいぜい8畳くらいの空間に、机と椅子が一組があるだけの、簡素な部屋だった。
「では早速、執務にあたって頂きます。机の上には、要確認の書類が既に積まれております」
エヌ厚生相兼孤独担当相は、キツネにつままれたような顔をしていたが、目の前に未処理の仕事が積まれていると見るや、椅子に座って書類の確認を始めた。
秘書は、静かに退出した。
それから暫くして、書類から顔を上げたエヌ厚生相兼孤独担当相は、秘書を呼ぼうとしたが、机の上には内線が無かった。仕方なく立ち上がってドアに手をかけると、鍵がかかっていた。
「おおい、どうなってるんだ。誰か」
エヌ厚生相兼孤独担当相の声は、がらんとした部屋に、孤独に響いていた。ドアを叩いたり、床に這って部屋の隅々まで目を凝らしてみりしたが、外から完全に遮断されているようだった。途方にくれていると、やがて天井から秘書の声がした。
「食事と着替えは定期的に運ばれます。トイレとシャワーとベッドは壁に内蔵されており、パネル操作で迫り出してくる仕組みです。事態収束まで、この部屋で執務して頂きます。尚、そちらから外部への連絡はとれませんが、緊急時には対応できるようモニタリングしておりますのでご心配なく」
「一人でこんなところに閉じ込める気が。孤独でどうにかなってしまうよ」
「まさに、孤独の弊害を体験し、国民の皆様が直面する問題への理解を伴って、国会でそのリスクをご説明して頂く為のポストでございます。次のアナウンスは1週間後となります。それでは、孤独担当相、ご健闘を祈ります」
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