ここで待ってる

のず

第1話

夕暮れの田舎道。

俺はスエと一緒に歩いていた。散歩に出たついでに、最近できたというお菓子屋さんを覗いてきたのだ。


今日はたくさん歩いて疲れた。

でももう小さい子どもじゃないから、スエにおんぶしてなんて言えない。春になったら、家を出て寄宿学校に行くことになっている。しっかりしないと。


よし。家までもうちょっとだ、頑張ろう。そう思ったところで、スエが足を止めた。


「ヨル様、申し訳ありません。さっきの店に忘れ物をしてしまいました」


スエの顔色が悪い。焦っているようだ。いつも無表情のスエだから、焦るなんてこと珍しすぎる。きっと大事なものを忘れたんだ。

父様に叱られるって、怯えてるのかもしれない。父様は怖くないってスエも知ってるはずなんだけどな。


「取りに戻らないといけないね」


俺がくるりと来た道に足を向けると、スエは首を横に振った。


「私がひとりで走って取りに戻ります。ヨル様はここで待っていてください」


俺は素直にうなずく。俺は疲れてた。それに、俺と歩いて戻るよりか、スエがひとりで走ったほうがよっぽど早い。

来た道を、走って戻るスエの後ろ姿。


ここで待ってなきゃ。


俺はそう思ったのだ。



アラームの音でハッと目が覚める。ぼんやりした頭で、さっきまで見てた夢のことを反芻。


「…結局あのあと、ヨルはどうなったんだろうな」


あくびをしながら、のそのそと身支度。夢の中の俺は、俺であって俺ではない。小さい頃は何とも思わなかったが、成長するにつれて俺の見る夢はオカシイことに気付いた。毎回同じ夢を見るわけじゃない。

でも、夢の中の俺は『ヨル』という人物。どうして夢の中の俺は、起きてるときと同じ姿じゃないんだろう。『ヨル』って誰なんだろう。

とまあ、いろいろ疑問はあったけど。空想だか妄想だか、そういう傾向が強いんだろう。俺はそういう性質なんだろう。そう思って、深くは考えてなかった。


大学の入学式までは。


夢で見る光景、夢の中の俺。

それは前世だったんだと理解したのは、突然だった。地方から出てきて一人暮らし。知り合いいなくて友達出来るかなって不安に思ってた入学式。


そこに『父様』と『母様』がいた。夢の中の姿とはもちろん違うけど、一目見て分かった。そして、思わず叫んでしまった。


「父様!母様!」


いきなりそんなこと叫んだ俺に、入学式始まる前の講堂の人ごみでギョッとした目を向けられた。

俺はただビックリしたから叫んだんだけど、『父様』と『母様』は別の反応だった。なんと、俺の姿を見てボロボロと泣き出したのだ。


「ヨル!どこに行ってたんだ!?」


そう言った『父様』に肩を揺さぶられた。どこって言われても困るんだけど。

周りは俺たちの異様な様子にざわついていたが、入学式の運営の学生さんが走ってきて俺たちに注意した。

「ちょっと!演劇サークルの人?部活の勧誘は入学式後ってルールですよ!」と。

どうやら勧誘のための即興芝居と間違えられたようだった。


ともあれ、こうなったら入学式どころではない。


講堂から移動し、俺たちは人のいない大学構内のベンチへ移動。その間、『母様』は俺の腕をぎゅっと握りしめてちょっと痛かった。


「ヨル、怖い目に遭ったかもしれないけど、教えてくれ。あの日、やっぱりスエに誘拐されたのか?どこかに連れて行かれたのか?」


あの日、というのは。あの日のことだろう。最後の記憶の日。


「ううん。違うと思う。スエと一緒に散歩に出かけて、新しくできたお菓子屋さんに行って…。その帰り、スエが店に忘れ物したって言うから、スエが一人で取りに戻ったんだ。俺は帰り道の途中でひとりで待ってた。…その後のことは、何にも覚えてないんだ。っていうか、スエも屋敷に戻らなかったの?」


スエが戻らなかったことに俺は驚きを隠せない。スエは真面目な使用人だった。仕事に手を抜いたり、子どもである俺を適当に扱ったことなんてなかった。


「夜になってもお前もスエも戻ってこなくて、捜しに出たんだ。お菓子屋を出たところまでは分かったんだが、その後の足取りが全く。スエに連れ去られたんだろうと思って、ほうぼう手を尽くして捜したけど見つからなくてな…」


『父様』はそこまで言うとまた泣き出した。『母様』も涙をぬぐう。


「ふたりとも泣かないで。『ヨル』がどうなったかは思い出せないけど…。今、またこうやって会えたからよかったじゃん?」


俺は12歳かそこらだったし、しかも最後どうなったか覚えてない。だからわりとあっけらかんとしてしまっている。だけど、ふたりは親の立場だったから、子どもがいなくなったこと、前世のことだとしても今も悲しんでる。

少し温度差があるけど、会えたことは嬉しい。それに変わりはない。


父様と母様と俺。何の因果かまた出会い、しかも同級生。

さらに言うと、母様は男になってた。そう、男なんだ。


父様改め伊藤くん。母様改め上原くん。ヨル改め、白井という名前の俺。


伊藤くんと上原くんも、小さい頃から前世の夢を見てたそうだ。んで、ふたりは高校で出会って一気に何もかも思い出したらしい。

前世の思い出話で驚いたり泣いたり笑ったり。そんな感じで怒涛の大学生活一日目は終わった。


だけど。


スエはどこに行ってしまったんだろう。

スエが屋敷に戻らなかったのなら、ヨルが行方不明になったことに何か関わってるのかな。

あれほどヨルの面倒を見てくれていたのに。

スエがヨルを怖い目に遭わせたり陥れるのは想像できない。何があったんだろうか。

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