序幕~開幕は光から4
天使とは遥か昔、この世界にいたとされるもう一つの種族だった。
人間は彼らと対立し、その長い争いの末、勝利する。
しかし、天使は己の肉体を灰にしてでも人間を呪い、滅ぼそうとした。
人間たちは呪いと化した天使と最後まで戦い抜き、やがて国の将たちによって灰ごと封印された。
人間たちはようやく天使に打ち勝ち、平和に暮らすことが出来たのだ―――。
と、そんな伝承に出てくる存在だった。
似たような御伽噺はいくつかあるが、どれも必ず天使は凶悪な存在として書かれている。
「しかし…天使とは御伽噺だけの存在では…?」
少女を抱えている兵士も彼女の言葉に困惑を隠せない様子。
だが、一人その場で誰よりも顔を青ざめている男がいた。
その男は静かに口を開いた。
思わず漏れ出た、と言っても良い。
「天使……じゃと…?」
初老の男性は激しく動揺し、力なくその場に座り込んだ。
腰が抜けたようで、兵士二人の支えをもってしても彼は立ち上がれそうになかった。
と、突然少女が再び苦しみ出した。
何に対して苦しんでいるのか、周囲の者たちには皆目検討がつかない。
だが、目の前の少女は確実に苦しんでおり、今まさに生を奪われようとしている。
「…が…っ…は……十年後、東…鈍色の町が………天使の産声…を………」
もがき苦しみながらも預言だろう言葉を告げる少女。
顔を顰め、咳き込むと口からは何故か鮮血が溢れ出た。
「そこ、がら…百年…後…虹の町から…天使が、終えん、を……」
助けを求めるかの如く、彷徨うか細い掌。
先ほど自らの首を絞めていたその手は、近くにあったベルフュングの腕を掴んだ。
そのか弱い力は先ほどの馬鹿力とは打って変わり、まさに普通の少女そのもので。
「もう話してはいけないっ!!」
少女を抱える兵士が、突如声を荒げ、彼女を揺すった。
その理由はベルフュングも直ぐに理解できた。
少女の手は異常なほど冷たかった。
「でも…まだ、預言は……かん、ぺき……じゃな、い…」
しかし、兵士の忠告も聞かず彼女は声が出せない状態になっても口を動かし続ける。
必死に、預言を伝え遺そうとするか弱き命。
何も出来ないベルフュングは一抹の憤りを感じながらも、せめて少女の言葉を全て聞こうという一心で耳を傾け続けた。
「…天使が…きえるには……………」
彼女は大きな咳を何度もし、その瞼からは涙が零れた。
何も見えていないだろうその双眸であるが、少女はまるで周りが見えているかのように兵士の顔、それからベルフュングを一瞥した。
「これ、が……死……こわい……こわいよ……おばあ、ちゃ――――」
直後。
少女の指先が、ベルフュングの腕から離れた。
力なく落ちた掌は、地面へと叩きつけられる。
真っ白な顔と、唇から零れ落ちる鮮血。
それ以降、彼女が動くことはなかった。
その事件は、そのまま公になることはなかった。
それを知っている者たちだけが、後にこの出来事を『落日の預言』と呼んだ。
『落日の預言』。
それは、世界終焉の始まりを告げるものだった。
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