一匹狼と一途な恋

ゆーのん

00.プロローグ



 たらり、冷や汗が米神を伝う。

 冷たく光を反射する鉄の塊に目眩がした。


「やめて……」


 喉の奥から絞り出した声は酷く掠れていて、この場が沈黙に包まれていなかったら掻き消されていたかもしれない。けれど私の言葉は正しく届いていたらしい。視界の端で、悲痛な瞳が何かを訴えるように私を見つめていたが私は敢えてそちらを見なかった。


「やめるさ、君が素直にこちらに来てくれればね」


 昏い瞳が諭すように私を見下ろす。

 わかってる。私がただ、ひとつ頷けばいいこと。

 私一人の犠牲で、全て丸く収まる。それで皆幸せになる。良い事じゃないか。他にどんな選択肢がある?


「さあ、ルーナ」


 伸ばされた手を掴めばいい。それだけだ。

 なのに。


 ──なのにどうして、足が動かない? 一歩が踏み出せない!

 何を躊躇っているの。動かなきゃ。皆を守るために、この島を救うために!


 その時、視界が漆黒に染まった。


 上質な布が翻り、逆光の中でよく知った柔らかい瞳が、苛烈さを押し込めながら私を振り向く。


 信じられないものを見るかのように固まっているあの人たちには、彼が身に纏うそれが悪魔の羽のように見えているのだろうか。


 けれど私にとっては……。神にも祈るような想いで、彼の薄い唇が開かれるのを待っていた──……。





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