浦島ラッシー太郎
1
むかしむかしあるところに浦島太郎という青年がいました。
青年は大学卒業後、地銀に勤めていましたが、タピオカブームにのって昨年脱サラしタピオカ屋を始めました。
太郎のタピオカ屋では定番のタピオカミルクティーはもちろん、タピオカラッシーが評判ではじめはそこそこ儲かりましたが、熱狂的なブームが過ぎると客足は遠のいていきました。
流行とは潮のように流れていくものなのでした。
2
事業に失敗した太郎はフリーターとしてバイトを転々としていました。
ある夏、海の家のバイトをしていた太郎は子どもにいじめられている亀を見つけました。
「なんだよこのたいやき!!」
「生焼けじゃねーか!!お客様にこんなもん売りやがって!!」
「なめた商売してんじゃねーぞ、このタコ!!」
子どもたちは亀に罵声をあびせながら殴る蹴るの暴行を加えていました。
どうやら亀がたいやきを子どもに売ったところ、それが生焼けだったようでクレームに発展してしまったようです。
「ひえぇ~、ご勘弁を~。そのたいやきはそういうものなのでございます……」
亀は殴られながら命乞いをしています。太郎は厄介ごとに巻き込まれまいと見て見ぬふりをし立ち去ろうとしました。
「はあ?何言ってんだ!!さくさくふわふわがたいやきってもんだろうが!!」
「こんなねちねちした白いのはたいやきじゃねーよ」
(白いの?まさか……)
太郎は立ち止まりました。太郎は恐る恐る振り返り、亀の周囲に散らばったたい焼きを見ました。それは白いたい焼きでした。
「やめたまえ君たち!!」
太郎は亀が売っていたのが白いたい焼きであることに気付くと居ても立っても居られなくなっていました。
太郎は亀に駆け寄り庇うように覆いかぶさりました。
「な、なんだよこのおっさん」
太郎の必死の介入でしらけたのか子どもたちは去っていきました。
3
「ありがとうございました。助かりました」
太郎は白いたいやき屋の亀を助けました。
「最近白いたいやきが流行っていると聞き、はるばるやってきたのですが、この辺りではまだ白いたいやきは広まっていないのですね……。何度子どもに説明してもわかってもらえず、生焼けのたいやきを売ったと因縁をつけられてしまいました……」
亀から事情を聞いて太郎はいたたまれなくなりました。
「そうじゃない……、そうじゃないんだ亀さん……」
白いたいやきと言えばモチモチした触感がうりの新感覚のたいやきとして流行った商品でした。
しかし流行したのは太郎が高校生のころ、とうの昔にブームは過ぎ去っていたのです。最近の子どもたちは白いたいやきを知らないのは当然です。
「ばかな……」
太郎から真実を知らされた亀は茫然自失としていました。太郎はそんな亀の姿にシンパシーを感じてしまい胸が締め付けられるようでした。
白いたいやきの皮にはタピオカが使われていました。
しばらくうなだれていた亀でしたが、やがて散らばったたいやきを片付け始めました。太郎も手伝いました。
「何から何までかたじけない」
「なに、タピオカに魅入られたもの同士、助け合うのは当然でしょう」
「え、まさかあなたも?」
太郎はたいやきを拾いながら脱サラしてタピオカ屋を始めたこと、今はフリーターとしてその日暮らしの人生を送っていることを語りました。
「タピオカミルクティー……。私が海を漂っているうちにそのように世の情勢が移り変わっているとは……」
「諸行無常というものです……」
太郎と亀は遠く水平線上に沈む夕日を眺めながら茫然としました。世の流れのなんと早いことか。世の栄枯盛衰を嚙みしめました。
「……やはり私のような亀には商売は厳しいのかもしれません」
日が沈んだころ、亀はぽつぽつと語り始めました。
「私は以前竜宮城で働いておりましたが、どうにもしっくりこないというか、私のすべき仕事ではないような気がしておりました。子亀のころから夢というものがなく、なんとなくそのまま大人になり就職しました。夢も目標もなく、繰り返される日常に耐えられなくなった私は、”ここではないどこか”を求めていました。そんなときに聞いたのが白いたいやきの噂です。商売などしたことがありませんでしたが、それでも何かが変わるのではないか、と。漠然とした思いに突き動かされ、竜宮城を辞めてしまいました。そして今日に至ります。悲しいやら、情けないやら……」
確固たるものがなく、逃避に逃避を重ねる。太郎の目に亀の姿は見覚えがあるものとして写りました。
太郎は思いました。この亀は俺だ。俺は俺を助けたくて、俺がいじめられているのを見ていられなくて、この亀を庇ったのだ。
「亀さん……」
太郎に亀に掛けられる言葉はありませんでした。慰めることも励ますことも太郎にはできません。
いまの太郎にはできるはずもないのです。できることは共にうなだれることだけでした。
傷心の亀は一度故郷に帰ることにすると太郎に伝えました。故郷に戻って一からやり直す、そう言う亀の言葉に力はありませんでした。
4
「太郎さん。この御恩は一生忘れません。そこでお礼をしたいのですが……」
「お礼だなんて、とんでもない」
太郎は断りました。しかし亀がどうしても礼をしないと気がおさまらないというので太郎は言いました。
「では俺を竜宮城に連れていってくれませんか?」
「竜宮城に?」
「亀さんは竜宮城で勤められていたという。私にそのときの上司を紹介してはくれませんか」
「それは……竜宮城で働きたいということですか?」
「はい……」
フリーター生活に疲れた太郎は、安定した職を求めていました。そのためなら異郷に旅立つことも厭わないつもりでした。
「それはできません。あなたは私と同じ過ちをおかそうとしている」
亀は短い首を左右に振りました。
「環境を変えたところで、自分が変わるわけではないのです。それはあなたもわかっているのではありませんか」
「それは……」
太郎は否定できませんでした。
職を転々としながらいつも感じていました。これは自分のすべきことではないと、どこかに自分の居場所があるはずだと。
しかしそれは違いました。環境を変えるのではなく、自分が変わるしか現状を打破することはできないのです。
「それに竜宮城は人間の来るところではありません。私のような亀や魚の場所です。あなたの場所でないことはあなたが行って確かめるまでもないことですよ」
亀は太郎に笑いかけました。
「あなたは私を助けてくれました。あなたには困難に立ち向かう勇気があります。そのことを忘れないでください」
水平線上に太陽が落ち、あたりは闇に包まれました。空には無数の星々が燦然と輝いていました。
5
亀は、海へと帰っていきました。
あとには亀がお礼として残していった箱が残っていました。太郎は箱を自宅へ持って帰り、中を見てみました。中にはたいやき器が入っていました。太郎はそれをタンスの奥にぶち込みました。
それからしばらく、太郎は相変わらず職を転々としていましたが、ある時第二次白いたいやきブームが起こり、太郎はタンスの奥からたいやき器を引っ張り出しました。
流行は流転するものなのです。
太郎は第二次白いたいやきブームで一発あてました。ブームが去る前に店をたたみ、儲けた金で不動産を取得しました。
安定した不労所得を得た太郎は投機にも手を出して成功し、一定の資産を蓄えました。
太郎は文筆活動も始め、処女作「脱サラしてタピオカ屋になった俺が亀を助けて白いたいやきでタワマンの最上階に住むまで」はベストセラーになりました。
めでたしめでたし。
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