桃カレー太郎

菅沼九民

桃カレー太郎

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。


 ある日、おじいさんは山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に出かけました。


 おばあさんは川で洗濯をしながら、今晩の夕飯をどうするか考えました。


 今日は金曜日なのでカレーを作ることは決まっていましたが、なにカレーにするか、おばあさんは悩みました。


 おじいさんは元海軍軍人だったので現役のころからの習慣で必ず金曜日はカレーをださないと怒ります。 


 海の上では曜日感覚を保つために金曜日はカレーを食べることになっていました。


 引退した今もそれを続けているのはいいのですが、おじいさんはカレーにこだわりがあり、毎週違ったカレーをださないと不機嫌になるのでおばあさんは迷惑していました。


 おじいさんは現役のころ水雷戦隊の隊長を務めていたことがあり、夜戦で多大な戦果を挙げて勲章をもらったこともある勇猛な軍人でした。


 そしてあっちの方の夜戦も盛んであり、数々の武勇伝を持っています。


 今日も柴刈りと称してなにをかりにいったのか分かったものではありませんが、おばあさんはそんなおじいさんを海よりも深い愛でうけいれていたのでした。


 おばあさんがポークビンダルーにするかサグキーマにするかの二択にまで絞ったとき、川上からどんぶらこどんぶらこと巨大な桃が流れてきました。


 おばあさんは桃を引き揚げ持って帰ることにしました。桃カレーというのは新しいのではないか、リンゴを入れることもあるし桃もワンチャンスある、と思ったからです。


 おじいさんは町で若い柴をいました。しかしおじいさんは満足できませんでした。

 

 若い柴を抱きながら、常に若いころのおばあさんのことを考えていました。今はしぼんでしまいましたが、おばあさんの桃におじいさんは惹かれて結婚したのです。

 

 おじいさんはしょっちゅう柴刈りに来ますが、結局毎回おばあさんが一番だったと思い出すのでした。おじいさんは未だ現役の魚雷発射管(単装)を作動させることなく家に帰りました。


 おじいさんは柴をほとんど集められなかった言い訳を考えながら家の戸を開けました。するととてもいいカレーのにおいが漂ってきました。おばあさんの料理の腕もおじいさんの心を射止めるのに大きな役割を果たしました。


 おじいさんが罪悪感を覚えつつ台所に入ると、そこにはエプロンをつけた美女が立っていました。若いころのおばあさんに勝るとも劣らない美人でした。


 歴戦の猛者であるおじいさんが夜戦突入の判断を下すまでにコンマ一秒もかかりませんでした。


 おじいさんの魚雷発射管は現役でした。しかし次発装填装置についてはさすがにガタがきていたので、一発きめると一息つくことにしました。 


 おじいさんは戦いのなかで確信していました。この女性はおばあさんです。なぜ若返っているのかはわかりませんが、おじいさんがおばあさんを間違えるはずもありませんでした。


 おじいさんは起き上がると事情を聴くことにしました。女性はやはりおばあさんでした。


 なんと川で拾ってきた桃を入れたカレーを食べたら若返ったと言うのです。


 にわかには信じられない話でしたが、おじいさんはまさに身をもってその事実を体感していたので信じざるを得ません。


 おばあさんに促されるまま、おじいさんも桃カレーを食べました。おじいさんはかすかに桃の風味のするカレーをためらいつつ食べていましたが、次第に体に活力が湧いてくるのを感じました。


 かつて鍛えぬいた筋肉が蘇り、肌につやが戻りました。頭髪は黒くなりましたが、毛量は大して変わりませんでした。おじいさんは若ハゲだったからです。そして2回戦が始まりました。

 

4

 桃カレーの力で若返ったおじいさんとおばあさんはより一層仲睦まじく暮らしました。


 結婚当初は叶わなかった子宝にも恵まれました。子どもは桃カレー太郎と名付けられました。  

 

 市役所に届け出るとき窓口の人にふざけた名前をつけるなと説教されましたがラブラブの二人は聞く耳を持ちませんでした。


 それから二人はカレー屋さんを開業しました。


 フルーツベースのカレーは老若男女を問わず人気で、大変繁盛しました。おじいさんはBMWを乗り回すようになり、おばあさんは海外旅行が趣味になりました。


 桃カレー太郎は二人から愛情とカレーを注がれてすくすくと育ちました。名前を馬鹿にされていじめられた時期もありましたが、おじいさんゆずりの腕っぷしでいじめっ子を黙らせて回っていたら次第に誰もからかってこなくなりました。


 三人の幸せな生活に影が差した事件がありました。桃カレー太郎が高校を卒業したころのことです。突然お客さんの入りが悪くなりました。近所にチェーンのカレー屋「鬼のカレー屋さん」がオープンしたからです。


 鬼のカレー屋は早い安い旨いが売りでした。この地域の所得水準は低かったのであっという間に客をうばわれてしまいました。


 おばあさんはショックで寝込んでしまいました。これまで自分の料理の腕によって地域の人々の胃袋をつかんでいるという自負があったのですが、そうではなかったとわからされてしまったからです。所詮地域で唯一カレーをだす店だから繁盛していたにすぎなかったのです。


 おじいさんは怒りました。


 チェーン店による理不尽な価格破壊を許してはおけない。そう考えたおじいさんは桃カレー太郎に命じて鬼のカレー屋の本店を偵察させることにしました。


 おじいさんは桃カレー太郎に言いました。


「あんなふうにポンポン店を出して、しかも格安でカレーを売るなんて何かあくどいことをしているに違いない。あいつら鬼だし。桃カレー太郎よ、鬼どものカレー屋に潜入して不正の証拠をつかんでこい」 


 おじいさんは桃カレー太郎にカメラと道中の弁当として特製カレーパンを与え送り出しました。こうして桃カレー太郎の鬼を社会的に抹殺するための旅が始まりました。


 桃カレー太郎が「鬼のカレー屋さん 神保町本店」を目指すべく金券ショップで新幹線の切符を買おうとしていると、犬が話しかけてきました。


「桃カレー太郎さん、桃カレー太郎さん。お腰につけたカレーパン、一つ私にくださいな」


 桃カレー太郎は答えました。


「あげても構わないが、このカレーパンには玉葱が入っているよ。犬の君には毒だろう」


 犬は玉葱に含まれている有機チオ硫酸化合物を消化する酵素を持ちません。そのため中毒症状を起こしてしまうことがあります。


「私は特殊な訓練を受けた犬ですから心配には及びません。ぜひ桃カレー太郎印のカレーパンを食べてみたいのです」


「そうか、君は特殊な訓練を受けて有機チオ硫酸化合物を克服した犬なのか。では一つあげよう」


 桃カレー太郎は特殊な訓練を受けて有機チオ硫酸化合物を克服したらしい犬にカレーパンをあげました。


「ありがとうございます。ところで桃カレー太郎さんは東京行の切符が入用のご様子。私が用意しましょう」


 なんと犬はカレーパンのお礼として新幹線の切符をかわりに買ってくれました。桃カレー太郎は犬に見送られて改札を通りました。犬が脂汗をかいていたような気がしましたが気付かなかったことにしました。


 東京の神保町にやってきた桃カレー太郎でしたが、いかにして鬼のカレー屋に潜入するか困りました。


 そこで犬に切符をもらったおかげで浮いた交通費を使い鶏肉をたくさん買いました。業者を装って潜入することにしたのです。


 ひとりでは持ち切れなかったのでその辺にいた猿をカレーパンでテキトーに釣って荷物を持たせました。


 桃カレー太郎は仲間の助けもあってついに「鬼のカレー屋さん 神保町本店」へとたどり着きました。


 長く厳しい旅でしたが、ここからが本番です。必ずや鬼たちの悪事を暴き、おじいさんおばあさんを安心させなければなりません。桃カレー太郎は材料の配達を装って店内へと入りました。


「いらっしゃいませ!ようこそ鬼のカレー屋さんへ!」


 桃カレー太郎が店内に入ると凶悪な鬼たちが出迎えました。店内は侵入者を警戒するように照明が煌々と輝いています。桃カレー太郎が聞いたこともないような不快な音楽がながれていました。そして店内は奇妙なほど気温が低く、桃カレー太郎は鬼の邪気が漂っているのを察知しました。


「おや、お肉屋さんでしたか!暑いなかいつもご苦労様です!」


 店長と思われる鬼が桃カレー太郎を厨房へ通しました。


「サインいりますよね!ちょっとペンとってきますね!」


 桃カレー太郎を残し鬼は厨房を出ていきました。幸い他の鬼もこちらを気にしていません。桃カレー太郎はチャンスと思い厨房内を物色しました。


 裏帳簿、破棄した伝票、不審なタイムカード、産地の怪しい食材など、そういった不正の証拠を探しました。おじいさんは必ずそういったモノがあるはずだと桃カレー太郎に言い含めていました。


 しかし、桃カレー太郎はそういったものは一切見つけられませんでした。


 すぐに鬼は戻ってくるでしょう。追い詰められた桃カレー太郎は奥の手を使うことにしました。


 あらかじめ用意してあった鬼のカレー屋の制服のレプリカを猿に着せました。


 そして業務用冷蔵庫の中で逆立ちさせたのです。桃カレー太郎はその様子をカメラで撮影しました。


 そう、バイトテロです。桃カレー太郎はこの写真をSNSに投稿し、バイトテロを装うことで鬼のカレー屋を炎上させることにしたのです。


 なんという知略。世が世であれば桃カレー太郎は間違いなく一国一城の主となっていたことでしょう。


 目的を達したと判断した桃カレー太郎は大量の鶏肉を残し、鬼のカレー屋を脱出しました。


 鬼の悪事の決定的な証拠を入手して悠々と帰還した桃カレー太郎を出迎えてくれたのはおじいさん、おばあさん、そして税務署の人でした。


 おじいさんは経理を担当していましたが、ここ数年まともに税金を払っていませんでした。


 売上を記載した伝票の一部を破棄し、真の売上と偽りの売上を記載した二つの帳簿をつけていました。


 さらに実在しないアルバイトを雇っているようにみせかけるため、自分でタイムカードをきっていました。


 おまけに仕入の金額を水増ししてほとんど儲けがないかのように装っていたのです。


 おじいさんの不正が発覚した理由は少ない所得で申告しているにも関わらず、高級外車に乗ったりしょっちゅう海外旅行に行っていることを税務署の人が不審に思ったからでした。


 おじいさんは税務署の指導のもと修正申告に応じ、すみやかに追徴分の税金を納付しました。今後は適正な申告を心掛けるとのことです。


 めでたしめでたし。

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