第2話 霊視
「おはよう」
母さんは今日もソファで寝ている。母さんは昼間はスーパーで深夜はコンビニで働いている。
母さんができる仕事で、給与の良い仕事はどうしても夜勤が多くなる。
朝5時に帰ってきて、また朝10時から仕事をするそんな毎日を繰り返している。
もうずっとろくに休んでいない。
早く母さんに楽させてあげたいと大人になるまでの時間が嫌に長く感じている。
朝ご飯は自分で作り、母さんの分はラップをかけて置いておく。
いつものルーティンだが、今日は何かいつもと違う。理由は一つしかない。
まだ、現実とは思えない昨日の出来事のせいだ。
僕の右眼は視えるようになった。眼帯を外してみる。やはり視界は広い。試しに左手で左目を隠す。右眼だけの視界が見える。
いつも左半分の世界だったので、不思議な気持ちだ。
母さんが寝返りを打つ。僕は慌てて眼帯をつけた。
朝食はいつも通りのトーストと目玉焼きだ。いわゆるパズー定食である。僕の朝食はこれで十分だ。
ソファで寝る母さんに毛布をかけ直し、
「行ってきます。」
母さんは寝ぼけたまま
「行ってらっしゃい」
とむにゃむにゃした返事をする。
母さんの大きなあくびが聞こえてくる。
「そろそろ靴も買い替えないとな。」側面が破れかかったボロボロのスニーカーを履いて家を出た。
だが、今日は学校へ行く足取りも軽い。
理由は考えるまでもない。
外見は昨日の僕と何も変わらない。僕はいつも通りの眼帯をはめている。
僕は強く生きるんだ。そう心の中で呟く。
「いてっ」
急に後頭部に痛みが走る。
「おい、片目野郎」
「妖怪に行く学校はねーぞ。」
隣のクラスの敦夫(あつお)と正美(まさみ)である。正美は女みたいな名前だが、男である。
小学校の頃から飽きずに僕を虐めてくる。人生の暇を持て余した二人だ。
この二人はわざと視界に入りずらい右側から声をかけてくる。
よくこんなに人が不快に感じる事を自然にできるなと感心するほどだ。
いつもの僕なら、この不快な状況をやり過ごすため、黙って俯いて早歩きに学校へ向かっただろう。
だけど、今日はこの二人の発言も聞き流せている。強く生きると意識しただけで、こんなにも心に余裕ができるのかと自分でも驚いた程だ。
無視して歩き続けると向こうも飽きたのか。徐々に、距離が開いていった。
僕をいじめるよりも、馬なのか女の子なのかを育てて走らせるスマホゲームの話に興味が移っていったようだ。
学校に着いた。始業10分前だ。教室はそれぞれ友達グループで賑わっていた。僕はいつも通り1人で誰にも挨拶無しに自分の席に着席する。
グループの島が点在するが、僕の席だけは一つだけいつも孤立していた。始業する前のこの10分はなんとなく居心地の悪い時間だ。
だが、今日は何かが違う。僕の後ろに机が増えている。
始業のチャイムが鳴った。先生が入ってくる。
先生はいかにも体育会系の元気な先生だ。サッカー部顧問で高身長イケメン。生徒からも男女共に人気がある。
「はい!静かにしろー!今日はみんなにサプライズがある。」
ガヤガヤは一気に静まり、みんなの注目が先生に集まる。僕もなぜかこのサプライズに反応した。僕の中で何かが変わる、そんな予感がしたからだ。
「今日から新しくクラスに仲間が増える。入ってきなさい。」
「失礼します!」
どこか関西訛りの男の子が入ってきた。
「京都から引っ越してきました。西園寺 慈照(さいおんじ じしょう)と言います。宜しくお願いします。」
明るい雰囲気を持った男だった。
短髪で爽やかなツーブロック、小麦色に焼けた肌からは、スポーツマンが持つ元気良さを感じさせた。
先生は僕の後ろの席を指差して、あそこに座りなさいと促した。
「じゃあ、ホームルームをはじめよう!」
今日の連絡事項を確認していくが、みんなの興味は僕の後ろの席にいる転校生に釘付けである。
休み時間ごとにクラスの男子女子グループが入れ替わり僕の後ろの席の転校生を囲う。
まるで、グループで転校生を引き抜きしているみたいだ。
野球のドラフト会議みたいな感じ。
だけで、転校生はみんなと仲良く話しつつも深入りしすぎないような絶妙な距離感で話していた。
みんなの質問攻めから彼の素性が何となく分かった。
彼は京都の出身。祖父はお坊さんだが、父はいくつか会社を持った経営者である。父の仕事の都合で東京に引っ越してきた。以前の部活は、ラグビーをしていたようだ。彼女はいないようだ。童貞かどうかの質問には、「何聞いてねん!」「初対面やで!」とツッコミを入れていた。
生の関西ツッコミが聞けたと思いながら、後ろから明るい雰囲気が伝わってきた。
すぐにクラスに溶け込んでいく彼と違って、僕は未だにクラスに居心地の悪さを感じていた。
彼と1番席が近いにも関わらず、今日1日僕は彼と話す事はなかった。他の生徒があれやこれや彼に学校の事も教えていたので、僕の出る幕は無かったのだ。
そして、ドタドタした1日がすぎ、下校の時間だ。僕は部活をしていないのでそのまま帰宅する。今日も誰とも話さなかったなと思い、一人歩いていた。
転校生と友達になれるような予感がした。今日は転校初日もあり、みんなに囲まれていたので、そこを分け合って話しかける勇気はなかった。落ち着いたら話かけよう。
少しずつ変わる努力をしたいと思った。
今まで他人に興味のなかった僕が、不思議とあの転校生には仲良くなれそうな、そんな直感を感じていた。
コツン
今朝と同じくまた後頭部に痛みが走る。
「おっしゃ!当たった!片目妖怪にダメージを与えたぞ!」敦夫と正美である。
僕をゲームの的にしているようだ。昭和みたいなイジメしやがって、今は令和やぞ。
なんて暇な奴らだと思いつつ、抵抗するのも面倒なので、早歩きで帰ろうとした、その時
「やめろや!」
怒り混じりの勢いの良い声が響く。
転校生の慈照君だった。
「お前ら人に石投げて何様やねん!」
慈照君はものすごい勢いで突っかかる。
「お前に関係ねえよ。部外者は黙っとけ。」
敦夫は言い返す。
「部外者ちゃうわ!俺の友達やぞ!」
「は?」
敦夫と正美は一瞬驚いて目を合わせる。そのまま爆笑する。
僕自身、目を丸くして驚いたのが分かった。売り言葉に買い言葉で言ってくれたんだろうが、僕は嬉しかった。
「へえ片目野郎の友達ねぇ。じゃあお前も退治しないとなっ!」
敦夫の大ぶりの右ストレートが慈照君に向かう。その一瞬何が起きたか分からなかった。
気づいたら敦夫は宙を舞っている。慈照君が敦夫を背負い投げしているような形だ。
どすん!
鈍い音が響く。敦夫がコンクリートに叩きつけられたのだ。ものすごく息苦しそうに悶えている。
慈照君はそのまま正美を睨みつけるが、正美はビビって動けないようであった。
正美は戦闘タイプでないらしい。
慈照君は敦夫を起こし後ろに回る。そして背中に膝を当て敦夫の両手を後ろからぐっと引っ張る。敦夫は咳き込んだ後、浅い呼吸は元のリズムを取り戻していった。
「ハァハァ、覚えとけよ!」
敦夫と正美はいかにも雑魚キャラが言いそうなセリフを、吐いて去っていった。
「雑魚キャラやん!」
慈照君も笑っていた。
慈照君はこちらに向かって歩いてくる。
「大丈夫か?いつも石投げられてるんか?」
「あ、うん。」
いじめられている事を告白するのは居心地が悪かった。
「あ。それよりも、助けてくれてありがとう。」
「何言うてんねん。友達やろ。当たり前や。」
「俺ああいう奴見ると虫唾が走んねん!」
たまたま席が近くで、話してもいない僕を既に友達扱いしてくれた事が素直に嬉しかった。
慈照君はヒーローみたいな人だ。明るくて優しくて強い。僕が理想とする人物像のように感じた。
帰り道が同じ方向のようなので、そのまま一緒に帰る事とする。
慈照君には助けてもらった事もあるので、今まで右眼の事でいじめられていた事を話した。
慈照君は「そうか。」と相槌を打って静かに聞いてくれた。
そして、慈照君は「もう、大丈夫やで!俺がいるから、あいつらにもう石なんて投げさせへんからな!」
「ところで、自分名前なんやったけ?」
ああ、そうだ。まだお互い自己紹介をちゃんとしていなかった。
名前を知らないまま、こんな色々な話をした事が面白く笑いが込み上げてきた。
「そうだったね。ごめん。自己紹介もせずに助けてもらったり話を聞いてもらったり。」
「僕の名前は佐藤聖護(しょうご)。」
「ええ名前やな!聖護って呼んでええか。」
「もちろん!」
下の名前で呼ばれる事に嬉しさを感じた。
僕はまだ相手を呼びすてするのに抵抗を感じるので君付けで呼ぶ事にする。
「慈照君もええ名前やで。」
彼の関西訛りをマネしてしまう。
「ありがとな!」
慈照君が右手を、差し出した。
無意識に僕も右手を出して握手をする。慈照君の握手には力強さを感じた。僕も精一杯手に力を入れた。
そして話ながら、歩いていると昨日の河原についた。
何となく慈照君なら昨日の事も話せるかな。と思った。
「実は、昨日不思議な事があったんだ。」
自然と話し始めていた。
河原で出会った仙人のようなお爺さんに目を治してもらった事。その目が紅い目をしている事だ。
慈照君に見てもらいたいと思って、眼帯を外した。そう言えば、右眼で人を見るのは初めてだなと思った。
初めて見る人が初めての友達の慈照君ならこんなに良い事はないなとふと思った。
慈照君を視る。
右眼で視た彼は、赤いオーラをまとっていた。そして、彼の隣には犬?みたいなのがいた。
犬というよりかは狐?稲荷神社にいそうなあの狐だ。
。。。うん?
幻を視ているような気持ちになったので急いで眼帯を戻す。
すると視界は日常に戻った。
そして、もう一度眼帯を外して慈照君を視る。
やはり隣に狐みたいなのがいる。
困惑している僕を見て慈照君は言った。
「聖護。もしかして視えてんの?」
慈照君は僕を真剣に見ていた。
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